第7話 儀式

 神の御子が生まれる儀式は、一週間に一度行われる。

 儀式用の白い正装姿で、新しく入った守衛の後ろをついていく。

──名はサイラスだ。いきなり予備生になって悩みや心配事も増え、戸惑っていると思う。遠慮なく我々守衛や寮長へ相談に来なさい。お茶でも飲みながら、話を聞こう。

 そう言いながら彼にウィンクされた。リチャードのような表情筋の変わらない者もいれば、彼のようによく笑う者もいる。クリスも彼の笑顔に緊張が解れた。

 予備生としてもサイラスが寮長になってくれた方が楽しい日常を送れそうだが、リチャードの顔が頭から離れなかった。

 大聖堂の奥は厳重に施錠されていて、守衛が三人ついたところで解錠された。獄舎の鍵の音よりも重苦しい。

「俺……奥に来るの初めて」

 予備生の一人が呟くと、守衛のが睨みをきかせる。

 黴臭さと蝋燭の焦げる音が鼻につくが、歴史ある建物のわりには手入れはされている。

 長く続くカーペットは地下まで続き、ドアが見えた。

 中には数人の守衛と監督官のリチャードが待ち構えていた。

「リチャード様……」

「予備生たちよ、そこに座れ」

 リチャードは儀式用の金色の縁で彩色された白い正装着姿だった。

 普段は監督官の黒い服装を見慣れているため、緊張の糸が強く張る。

「酷く耐え難い苦渋を味わうことになるだろう。他言無用の儀式であるが故に、悩み、屈しそうなときは、守衛をいつでも頼るが良い」

 リチャードは神の像に向かい祈りを捧げた。それに合わせてクリスたちも指を絡ませ、目を閉じた。

 祈りの後は契約書を出され、名前を書かされた。

 内容は先ほどリチャードが話した通りで、たとえ生徒であろうと儀式について口外してはならないというものだ。

 大聖堂から地下へ降り、祈りの間へ来て、さらに奥へと進む。

 三つの部屋に分かれていた。クリスは真ん中の部屋へ入るよう促され、重い足取りを動かす。

 部屋へ入った瞬間、鼻に違和感を感じた。今まで嗅いだことのないような香りが充満し、目がかすんで見える。しばらく棒立ちになっていると、目がおかしくなったのではなくお香の焚きすぎで部屋が白く歪んでいると気づいた。

 部屋はまだ続いている。正面に一つ、右にも一つ。湯船に浸かるよう言われ、右のドアを開けた。

 湯船には彩りの花びらが落ち、湯気に混じって硫黄の匂いがする。

 全身洗った後は湯船に浸かり、しばらく花びらを弄っていた。

 逃げようにも後ろも前も斜めもすべてが塞がれ、突破口が何もない。リチャードは壊れた水道管のように「儀式までおとなしくしていろ」としか言わなくなった。地獄を待てというのは、悪魔にでもなったつもりかと言いたくなった。

 下着を身につけてはいけないらしく、白い大きなポンチョのような肌着を羽織るだけだ。

 元の部屋へ戻ると、目の前にはリチャードが立っていた。

 リチャードは棚に鍵を置いた。逃げたきゃ逃げろと言われている気がして、クリスは拳を握る。

「奥の部屋だ」

「どうしてここに? 他にも部屋があったはずだ」

「お前は一番物分かりがよくて頭も冴えている。だからこそ、俺が直接儀式の説明をしなければならないと判断した。それに、他の祭司では骨が折れそうなんでな。ついてこい」

 いよいよ正面の部屋だ。恐れ知らずのリチャードの後ろをついていく。

 リチャードが扉を開けた。

「なんだ……これ」

 部屋の中心には台座があり、枕が二つ。部屋の片面には蝋燭がいくつも備わり、すべてに火が灯っている。

 反対側の壁は真っ白で曇りもなく、揺らめく火が影を作っていた。

「動く絵画みたい……」

「これからもっと絶望的なものを見る羽目になる可能性がある。台座へ」

 リチャードは段差に上ると手を差し出した。

 クリスは白い手に重ねると、強く握られる。

 台座の上に並んで座ると、壁にふたりの影が揺動した。

「儀式についてだが、予備生たちに説明義務がある。お前は英明かつ才学非凡だ。計算高く狡獪とも言える」

「けなしてる? それともけなしてる?」

「褒めている。包み隠さず説明する前に、質問をしたい。お前は神を信じるか?」

「……………………」

「ここでは俺しか聞いていない。なんと答えようが、罰は与えないし秘密裏にすると約束する」

「宗教にどっぷり浸かるような生活を送っていて、信じるかと言われれば信じてるよ。小さな頃から不思議体験をいくつかしてきたし」

「例えば?」

「寝ているところに現れて、お前は特別な存在だと言われるんだ。あとはスポーツ大会のときに結構危ない目にあったんだけど、すんでのところで助けられたり。偶然といえば偶然だけど、けっこうそういう場面に合う。ダニエルに呼び出されて集団リンチに合いそうになっても、僕が怪我を負う前に助けられたりもした」

「それは偶然ではない。お前は生まれる前から守られてきた存在なんだ」

「……………………は?」

 何を言っているんだ、という目を向けると、リチャードは二度同じことを繰り返した。

「どういうことだよ。生まれる前って」

「シンヴォーレ学園は宗教団体が経営する学園というのは知っているな。神を崇拝する宗教団体だと」

「それは知ってるけど……」

「後者がそもそも偽りだ。地に落ちた悪魔を崇拝する宗教団で、神など最初からいない」

「……………………は?」

「古文書に書かれている内容だが、神がこの世界を創造するため、すべての物質をものにしようとした。空も地も海も何もかも。そこで地に潜む悪魔と戦争になり、地より上は神のもの、地下は悪魔が支配するという結論に至った。ところが、納得できなかった神は地下の生物たちも自分のものにしようと動き出してしまった。契約は破棄され、再び戦争が起こった」

「…………あの、」

「最期の契約では、神の娘を悪魔に差し出し、二度と戦争が起こらないよう交わされた。ところが、さらに裏切りを見せたのは神だった。差し出したのは娘ではなく息子で、激怒した悪魔は神を殺した。二度の契約破棄、生贄の件と裏切られ続けた悪魔は、神が作り出した人間に生贄を差し出せと言うようになった」

 意味は判る。内容は頭に入る。なぜそうなってクリス自身がここにいるのか判らないのだ。

「儀式についてだが、交合により悪魔を身体に宿し、悪魔の望むものを差し出す。これが儀式の内容だ」

「…………もう一度、言ってくれ」

 喉がからからで、潰れた声しか出なかった。

「交接は男同士でなければならん。過去に女で試したが、両方とも雷に打たれて命を落とした。……クリス、息をしろ」

 心臓の鐘が狂いだし、心が息の根を止めようとする。

 交合。授業で幾度か習ったが、子供を作る行為のはずだ。

 男同士ならば当然子供はできない。習わなくとも、どの器官を使うのか想像はできる。痛みも含めて。

 リチャードは棚に置かれた瓶に入った水をグラスに注ぎ、クリスの唇へ当てた。

「嫌だっ…………!」

「ただの水だ。変なもの入っていない」

「う、うう……んっ…………」

 押し返すと、リチャードはグラスの水を口に含んだ。

 何をされるのか判っていても、抵抗なんてできなかった。

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