転生令嬢人生は、ヤンデレ騎士の監視付き

サモト

1話 平凡な転生者・ニナ

 前世を思い出したのは、六歳のとき。

 わたしはクライス教の日曜礼拝で、司祭様のお話を聞いていた。


「人は死ぬと、魂が神のもとへ帰ります」


 壇上で話す司祭様は、天窓からの光に縁取られていた。

 その声に――聞き覚えのない、別の人の声が重なった。


『人は死ぬと、魂が輪廻転生のサイクルに入ります』


 司祭様と同じように、穏やかでやさしい声音。

 丸めた頭、黒い着物に、袈裟。

 周りにはお線香の細いけむりが漂っている。


『人は亡くなっても、その魂は新しい命に宿り、また違う人生を歩むのです。

 輪廻の中で、少しずつ魂が成長していくんですね』

 

 見たこともないはずなのに、わたしはその人が誰なのか分かった。

 

(修学旅行のときの……お寺の住職さんだ)

 

 一つ思い出したら、堰を切ったように記憶が押し寄せた。

 コンクリートの校舎。紺色のブレザーを着た同級生たち。授業開始を告げるチャイムの音。夏の汗の匂い、スマホの画面の光。

 見たことも、聞いたことも、触れたことも、嗅いだこともないはずのもの――

 でも、分かる。全部、分かる。


(わたしは前世、日本の女子高生だった)


 呆けているわたしの耳に、現実の司祭様の声が入ってくる。


「魂が他のものに生まれ変わることは、決してありません。

 ですので――別の世界から生まれ変わってきたという転生者は、異端の存在。この世界に存在を許されて良い者ではありません」


 ひやりと背筋が冷えた。

 わたしはもう、ただの六歳の女の子じゃない。

 前世の記憶と知識を抱えた、実質十六歳の子供だ。

 だから、司祭様の言葉がよく理解できた。


「転生者は、悪魔と同じです」


 ――最悪だ。

 よりによって、この世界で転生者だなんて。

 

(絶対、バレないようにしなくちゃ!)


 一般人として、普通に生きる。

 それがわたしの人生の目標になった。


*****


 教会まわりの草をむしって、窓を拭く。

 他の信者と一緒に奉仕活動に勤しんでいると、中にいる司祭様とガラス越しに目が合った。

 にこっとほほ笑まれる。


「今日もご苦労さま、ニナ。あなたはいつも仕事が丁寧で助かっていますよ」


 わざわざ外に出てきて、司祭様がねぎらいの言葉をかけてくれた。

 わたしが悪魔だなんて、つゆほども思ってない態度だ。


 前世を思い出してから早十年。

 転生者だと隠すために参加している奉仕活動は、期待通りの成果を上げている。


 ――もっとも、そんなことをする必要がないくらい、わたしは一般人と変わりないけど。


「すみませんが、これに火をお願いできますか」


 司祭様はろうそくが三本刺さった燭台を差し出してきた。


「祭壇用の火なので、魔法でないといけなくて」

「分かりました――がんばります」


 目を閉じ、全集中して呪文を唱える。

 ぽっ、とろうそくに小さな火が灯った。

 頼みに応えられて、ほっとする。


「すみません。助司祭さまみたいに、三本一気に火をつけられなくて」

「わたしのように、まったく使えないよりマシでしょう」


 司祭様はわたしの灯した火を、手際よく他のろうそくに移していく。


 マシ、という言葉に苦笑する。

 転生者というと、転生の際に膨大な魔力を授かったり、特殊な能力に目覚めたりするらしいけど――わたしはそういうのは無い。

 魔法の才能はあるけど、この世界なら十人に一人は持ってる才能だ。めずらしいものじゃあない。


 おまけに、種火程度の火を起こせるだけの魔力量。

 本当に一般人と変わらない。


「ニナさんは、読み書きだけでなく計算もできましたよね」

「はい。教会で教えていただいたおかげで」


 本当は前世の知識のおかげが大きいけど、殊勝にそう答える。


「どちらもあっという間に覚えて。お姉さんよりも賢かったですよね」

「教えてくださった方の、教え方が良かったんです」


 褒められるけど、これにもわたしは内心、苦笑いする。

 この世界で、読み書き計算ができるのはちょっとした自慢になる。


 でも、転生者という枠組みで見たら、そんな知識は本当に大したことがない。

 過去に現れてきた転生者の中には、前世の知識や経験を活かして、この世に大変革をもたらした人もいるのだから。


「今度の日曜学校、もしよければニナさんが子どもたちの勉強をみてもらえませんか? いつもの方が、都合がつかないらしくて」

「分かりました。わたしでよければお引き受けします」


 引き受けながら、思う。

 わたしって、英雄にも悪党にもなれない、なれようがない。ただの便利屋だよなー、と。


「むしろ転生者っていっても信じてもらえなさそ……」


 雑巾を洗いながら、わたしはひとりごちた。

 平凡すぎて、なんだかちょっと情けないくらいだ。

 まあ、意識しなくても普通というのはありがたい。気を張ってなくて済む。


「よしっと。おしまい!」


 雑巾を干したところで、教会の鐘が鳴った。

 午後五時。奉仕活動の終了時間だ。

 今日も良く働いた。

 満足感に浸りながら、夕暮れの町を見渡す。


 のどかな光景に、前世を思い出した。

 家はレンガ造りで、乗り物は自動車でなく馬車や荷車だけど、穏やかな雰囲気が似通っている。


「平和だなあ……」


 地平線まで続く畑のように、きっとこの平穏な日々が続いていくのだろう。


 ぼうっとしていたら、その景色に一つ変化が加わった。

 白い馬が教会のある丘を上ってくる。


「ニナ。今日も疲れさまです」


 馬上の人物が、私にほほ笑みかけた。


 美しい男性だ――まるで絵画から抜け出してきたみたいに。

 風になびく金髪はサラサラで、青い瞳は南国の透き通った海のようにきれいな色をしている。まつ毛なんて、わたしより長い。

 腰に剣を下げ、純白の馬にまたがっている姿は、まさに物語に出てくる騎士様だ。


「こんにちは、グラン様」


 思わず見惚れて、返事がちょっと遅れてしまった。

 ミシェル=グラン様。わたしの家に、療養のために居候している騎士様だ。


「進んで奉仕活動に参加するなんて、ニナは本当に偉いですね」

「そんなことないですよ。……ほとんど自分のためですから」


 謙遜でなく本気でそういうと、またほほ笑まれた。


「何ごとにも真摯で誠実で――あなたのその姿勢、本当に美しいです」


 一気に頬が熱くなった。

 美しい、なんて。

 そんなの、前世でもいわれたことないよ!


「もう帰りですよね。どうぞ」


 ごく自然に、馬上から手を差し伸べられた。

 一緒に馬に乗って帰ろう、というお誘いだ。

 私は真っ赤になって、ぶんぶんと左右に顔を振る。


「お気遣いなく! 歩きますから!」


 全力で断った――はずなのに。

 気づくと、わたしの身体はお馬さんの上にあった。


「どうせ同じ場所に帰るのですし、遠慮しないでください」


 落ちないようにと、腰に腕を回される。


 ぎゃーっ! 心臓が爆散しそうなんですけど!?

 まわりから視線浴びまくって痛いんですけど!?


「……ありがとうございます」


 蚊の鳴くような声で、なんとかお礼をいう。


 わたしの日常は、平凡だ。

 平凡なんだけど――最近、この騎士様のせいで、ちょっとだけ非凡だ。

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