最終話 vs霊王

 霊界の奥にある洞窟の奥の奥。

 そこでは戦えなくなってしまった二人の悪魔が霊王の前に連行されていた。


「「ハレティ様、連れてきました」」

「ご苦労様。さすが仲良し、同時ですね」

「おい、ハレティ!」


 ムジナが吠える。


「何でしょう?」

「シフを返せ!」

「えぇ、返しますよ。戦ったあとで、ね」

「くそっ……」

「ちょっと、ムジナ」


 ヘラが耳打ちしてきた。

 ヘラ曰く、戦ってる間に送り返せばいいということだ。


「ふふ、シフくんを送り返そうとしても無駄です。今のあなたにはそんな力は無い」

「なぜだ?」

「いずれわかりますよ。さぁ、決戦です。せいぜい頑張ってください」


 ハレティは両手を広げ、集中し始めた。

 この魔力の波動は水系だ。ヘラと相性はよくない。

 ムジナは鎌を取り出した。ヘラは魔剣ヨジャメーヌ……いつも使っている、刃がギザギザの大剣を取り出した。

 三人は同時に動き、魔法の詠唱を始めた。


「「「───!!」」」


 そして三人同時に魔法を放った!


 ハレティは水、ヘラは炎、ムジナは闇を生み出した。

 追尾式のドロドロとした闇はハレティをロックオンし、どこまでも追いかける。ハレティは足が無いので縺れることなくヒラリヒラリとかわし続けている。案の定、ヘラの炎はハレティの水にかき消されていた。


「くそっ……」

「どうしたのですか?もうへばってしまったのですか?」

「はぁ、はぁ……そんなわけ……」


 ヘラは舌打ちをした。

 一方ムジナは肩で息をし、奥歯を噛み締めた。


「じゃあ立ち上がってください。それとも降参しますか?」

「「誰が!」」


 シフは三人が戦っているところを遠くから見ていた。

 ハレティによって安全地帯に案内してもらい、更に保護魔法までかけてもらったのだ。


 ──ヘラさんのあんな表情見たことない……なんだか怖い。


 すると突然ハレティがシフの脳内に語りかけた。


(大丈夫ですよ。ちゃんとあなたたちを傷付けずに帰しますから)

「どういうことですか?」

(見ていればわかりますよ)


 そして通信は切れた。

 意味はわからなかったが、ハレティの言う通り三人を見守ることにした。


 ──────────


「……そこまで。二人ともそれ以上やったら魔力が無くなりますよ」

「ふん……ナメられたものだな」

「はい、ナメてますよ。しかし、見てごらんなさい。ムジナはもうフラフラです」


 ハレティがムジナの方を向かずに戦闘不能とわかったのは、さっきから追いかけていた闇が消えたからである。

 ムジナは倒れたあと動かない。


「ムジナ!」

「彼は動きませんよ。私が先日使ったネクロの魔法で操り、彼を死なない程度まで回復させるために寝かせましたからね」

「……何がしたいんだ?仲間割れでもさせようとしてるのか?」

「ふふ、そんなことはしません。何せ私は元人間でしたから。ね、シフくん?」

「え?!」


 シフはいきなり指名されて慌てて答えた。確かにハレティは人間だと言っていた。恐らく嘘ではないだろう。

 しかし……。


「……確かに、ハレティは人間だったみたいだよ。でも……」

「よく言えました。それ以上はいいですよ」


 とても霊王だなんて言われているような者の顔じゃないという言葉はハレティの微笑みで消えてしまった。

 ハレティはそっとヘラに近づくと長い袖に隠れていた手を出し、ヘラの頭上にかざした。


「ぐっ……!?な、んだ!これは……!」


 ヘラはとんでもない圧力に負けて動けなかった。ハレティの目はスッと細くなり、ヘラの目線に合わせて浮遊する高さを変えた。


「これからあなたの表情を奪わせていただきます。これはここに来てしまったことについての罰です」

「……罰?」

「えぇ。あなたの方が軽いので大丈夫ですよ。これからあなたは泣いたり笑ったりできません。わかりましたね?」

「……表情を、奪う……」


 ヘラは初めて目に涙を浮かべてその言葉を噛み締めながら言った。

 しかしすぐに目の光は消え、倒れてしまった。


「ねぇ……ムジナ!起きてよ!ねぇ!!」


 ヘラの様子を見ていたシフは、倒れたままのムジナを起こして何とかしてもらおうと声をかけ続けていた。しかし一向に起きる気配はない。


「シフくん。安心してください、ムジナは起きます」

「やだ……今じゃなきゃやだ……」

「しょうがないですね……ほら」


 何かしらの呪文を唱えるとムジナの目がゆっくりと開いた。その目は強い光を湛えていた。いわば完全復活だ。


「シフ……」

「……っ!」

「わっ」


 シフは嬉しさのあまりムジナに抱きついた。重さでムジナの体が倒れそうになる。そこをハレティは優しく受け止めた。


「ハレティ……」

「……こほん。ムジナの罰を言い渡しますよ」

「逃げた!」

「……あなたはここに残ってもらいます」

「は?!」


予想外の言葉を投げかけられ、ムジナの目はもっと丸くなる。


「私の代わりにこの霊界の存在を保っていてほしいのです」

「そんな、どうやって?!」

「この槍に貫かれるだけでいいのです」


 ハレティの言葉にシフは立ち上がった。


「ちょっと待って!誰も傷付けずに帰すって……」


 シフは途中で言葉を切った。ハレティからおぞましいものを感じたからだ。地雷を踏んでしまったと思った。


「……えぇ、言いました。貫かれると言っても『霊体が』ということです。血も流れません。ですが……もう魔界に帰れないのです」

「え……」

「これから神託があります。全てが終わればあなたは帰れるでしょう。そう、全てが……」


 ハレティは少し悲しそうに言った。

 二人にはその真意はわからなかった。




 しばらくしてヘラが目を覚ますと、そこは魔王城の中だった。どこを探してもムジナは見つからない。そしてライルを見つけたので問い詰めてみると、ハレティが来たとしか言われなかった。


「……ムジナ……どこに行ったんだ……?」


 あの霊界での出来事はまるで夢だったかのように体に何の異常もない。

 ムジナとシフがいないこと以外は。

 するとどこからかハレティの声が聞こえた。


『ヘラ。聞こえますか?』

「ハレティ!どこにいる?!」

『私はまだ霊界にいますよ。直接脳内に語りかけているのです。まず伝えることが二つあります。一つ目は私がシフくんを人間界に送り返したこと。もう一つは……ムジナは帰って来ないこと』

「お前……何をした?!」


 ヘラは虚空を睨み付けた。


『罰です』

「ぐ……」

『そういえば呪いはどうですか?笑おうとしても笑えない。その苦しみは味わいましたか?』

「俺は……」

『無理しなくても大丈夫です。自然に表情を表に出さなくなりますからね……ふふっ』

「それってどういうことだ?!」


 ヘラは叫んだが、返事が返ってくることはなかった。

 そして、これからどうしようと考え込みながら歩き出した……。



 魔界某所。

 そこではハレティと髪の長い女性が話をしていた。


「ハレティ。ヘラはどう?」

「……呪いはかけてきました。それでどうするつもりなんですか?」

「あなたは休んでていいわ。ヘラは私が殺すの……ふふふっ……あははははっ!!!」


 怪奇討伐部Ⅰ END


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