第7話 霊界へ
「そうですか……そんなことが……」
眠るムジナを見ながらヘラはため息をついた。
ここは医務室……だが、魔王城の前にあるマンションのような場所にある医務室だ。白が強調され、清潔さを感じられる。ちなみに城の方の医務室はテケテケによって破壊された。
「それにしても、どうしてこんなに人口密度が高いんですか?」
「それは……」
ライルがヘラの質問に尻込みしていると、スグリが彼女に耳打ちした。
「ライル様。もう言っていいんじゃないですか?」
ライルは眉をひそめ、苦しそうな顔をした。……しばらくすると、口を開いた。
「……実は、魔界の悪魔たちが消えていってるのよ。ここには消滅を逃れた悪魔たちが集まってるの」
「消滅……やはり、ここもですか」
「やはり、とは?」
「大都市、エメスからも悪魔たちが消えた」
「なっ……!」
ヘラの言葉にライルとスグリはあんぐりと口を開けた。
エメスとは、魔界で一、二を争う大都市だ。シフが毎日のように通っている学校もそこにある。
「ここにいるのはハーピーとサキュバス、インプにヴァンパイアばかり……逃げ足が速い奴らばかりだな」
「あなた、一体……」
「ただのムジナの友達ですよ」
ヘラは妖しく笑った。
「まぁいいわ。私にとってあなたはただの住人。保護対象だからここにいなさい。で、スグリ。あなたは食料調達に行きなさい」
「かしこまりました」
ペコリとお辞儀した瞬間、スグリは目にも留まらぬ速さでどこかに行ってしまった。それを見届けたあと、ヘラはライルに向き合った。
「何かお手伝いしますよ」
「いいの?」
「えぇ。料理には自信があります」
一番物がある場所は魔王城なので、魔王城に戻った一行。ヘラが連れ込まれたのは食堂や台所ではなく、たくさんの収納箱がある場所だった。
「ここが……調理場ですか?」
「えぇ。この下に……あった。かまどよ」
「か、かまどぉ?!」
ヘラは目を丸くした。料理人にとって、かまどはやはり外せないものなのだろう。
「そうよ。魔界ではかまどは珍しいけど、特別に置いてるの。何たって、魔王城だからね」
「そうですか。えっと、かまどでできるのは……」
ヘラはかまどの前で唸り始めた。
そして二分後に顔を上げた。
「よし、炊き込みご飯を作ろう。そして焼き芋だ!芋は沢山採れる上に腹持ちがいい。さつま芋を使った炊き込みご飯を作るには……調味料はどこに?」
「えぇ……あそこの棚よ」
ヘラの早口に面食らったライルは少し驚きつつも棚を指差した。
「塩、砂糖、醤油……まぁなんとかなるか。今避難している悪魔はどれくらいですか?」
「えっ……!」
引き続きイキイキとするヘラを見て狼狽えるライル。しかし表には出さず、あくまでも冷静に答えた。
「ざ、ざっと三百匹くらいかしら」
「こりゃまた多いですね……わかりました。作りましょう。スグリさんが買ってきたものも少し入れてみますか」
「感謝するわ」
しばらくするとスグリが帰ってきた。
地下にちょっとした畑があるが、すでに全て掘り出してしまい、食べ物と言えるものが無かった。
今ヘラが料理している部屋にある棚も同様である。
「さぁ、食べたらここから離れなさい。流れ作業なんだから」
「私が洗いましょう」
「助かります」
ヘラが作り、魔物たちが食べ、スグリが洗い、ヘラが作り……。
そうこうしているうちに、二日が過ぎた。ムジナが目を覚ますまで、残り二時間。
ライルとスグリが疲れて眠っている間、ヘラは本を読んでいた。
『上手な成仏の仕方』という題名だ。
出来ないことはわかっている。しかし、こんなことになっている以上、何かしないといけないという気持ちに追われていたのだ。
妖怪や幽霊を統べる霊王、ハレティ。
彼自身も幽霊なんだから成仏したらどうだと思っているが、なぜか成仏させてはいけないという思いもあった。
最初にハレティに会った包帯男事件の時だった。ハレティの周りには聖なる力を秘めた蒼い光が見えた。それは天から存在を認められている証拠だ。「彼に手を出すな」という天界からの遠回しの脅し。
恐らく、ハレティを倒させてから魔界に侵攻する。そんなことを考えているのであろう。
──実につまらないことだ。
彼らには彼らの住みかがあるというのに。どうして拡げようとするのだろうか。
いや、今はそんなことを考えている暇はない。現実に目を向けなければいけないのだから。
……数分が経ち、ヘラの名を呼ぶ者により、思考の世界に入っていた彼は現実に戻った。
「……ヘラ」
「ムジナ……もう体は大丈夫なのか?」
「……うん」
ムジナが起きてきた。
いつの間にか、窓から見えていた太陽は見えなくなっていた。
午前十時。
ムジナの瞳に光が戻る頃、時計の針は動き出した。
「霊界の場所はわかっている。行こう!」
「いいのか?」
「何が?」
「あの魔王に一言も言わずに行っても」
ムジナは一瞬、脳内にライルの姿を思い浮かべた。だが、すぐに横に首を振り、ヘラに笑顔を見せた。
「……ライルは何も言わずに見送る。そういう奴だ」
「そっか。じゃあ……この戦いに、終止符を打ちに行こう!そして、平穏な日々を送ろう!」
張り切っているヘラから笑顔が消えるまで、あと三日。あの最後を予測できたものは誰もいない。
そして、人知れず戦う二人の物語はもうすぐ終わる……!
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