第十一話


 「愛、地球外家族物語」

       (第十一話)


          堀川士朗



風呂が近所のガス工事で使えなくなった。

夏だから水シャワーでも構わないよと僕が言ったら、父のハルキは、


「家族のふれあいだ。よし!みんなで銭湯に行くぞっ!」


となぜか敵陣に一番乗りしたかのように意気込んでいて、銭湯に行く僕ら四人。

たかが風呂に行くだけなのに男気をアピールしていて滑稽な父さん。

桶に入れたお風呂セットを家族一人一人に嬉しそうに配り、この銭湯ツアーのイニシアチブを取ろうとしている。

なんなの?この人。


入浴料は一人1500円だった。

まあたまには良いか。

てか銭湯なんて人生初めてクラスかもしれない。

浴場にはこの世の出がらし老人がいっぱいいて、風呂に浸かると若さを奪われそうで不快だった。


「ハルト、ちゃんと肩まで浸かって300数えるんだぞ」

「やだよ、そんなに長いのは。僕もう出る」


父が風呂から上がってこない。

僕はもう脱衣場でタオルで身体を拭いていた。

汗が引いていてクーラーで冷やされて少し寒くなってきた。

銭湯はあまり好きじゃない。

風呂場に様子を見に行った。

そしたら父はタイルの床に仰向けになって、白目をむいて失禁していた。

何人かの老人がそれを囲んでいる。

ピルルルと黄色いおしっこをたらしながら父の身体は真っ赤だった。

老人の客たちが、


「早く番台に言って救急車回してー!」


と言っていた。

こういう事はよくある事なんだろう。


風呂でのぼせて救急車を呼ばれる父親。

この夏の夜空の中、救急車に乗って生死をさ迷う命ひとつありけり。

そのまま脳梗塞で帰らぬ人となる。

我が家は、間断なく葬式が続く。

葬式は憂鬱だ。

我が家は、死が充満している。

死が渋滞している。

死が蔓延している。

僕も、このまま寝たら二度と起きないんじゃないかという死の感覚が既にこの歳である。

喉の奥に嗚咽を抱えたまま、朝起きる時間になったら冷たくなっている感覚。

僕らアシッド星人は寿命が短い。


ろくでなしの父親。

僕はあまりお父さんの事好きじゃなかった。

けど、その死は悲しくて虚無だった。

死ぬと分かってたけど、死ぬと悲しい。

父と僕の間にあった、歪んだ形。

まるで歪んだ灰皿の形だ。

妹ハルコが寂しそうな顔をしていたので僕は優しく肩を抱いて慰めた。

ハルコはお父さん子だったもんな。



葬式。

ぽつねん。

読経が流れている。

雨がしとしと降っている。

みんな傘は用意してこなかった。

みんな肩が濡れていた。

一人また一人。

アシッド星人の天国シャラクに住まう神ユピーが、僕ら家族の命を奪っていく。

滅んだ星の神様のくせに、それで今さら偉そうな神の顔をしているのかよ。

返せ!一人一人の命を返せ!

僕は人生を諦めたりしないからなユピー!

それとも、あれなのか?

僕らが地球に住んで命を長らえさせている事が罪なのか?

ふざけるな!

僕は、形式ばかりは仏教のこの退屈な葬式に飽き飽きして、雨で濡れた肩を手でバッバッってやった。



            続く


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