第4話 隠れ里防衛戦 貴族視点

■帝国歴 345年 ヴィンヘルト帝国辺境 ヴルス村


 ——数時間前

 

 村長の家にいた貴族の男が差し出された茶の入った器を手で跳ねのける。

 中身をぶちまけながら床に転がり、地面に淹れられたお茶が吸い込まれていった。

 

 「やれやれ、これだから田舎は……僕の舌を満足させる茶もないとは……」


 机に脚をかけて、つまらなそうに貴族の男——ラインハルト・ヴァイスホルン子爵——は鼻を鳴らす。

 権力を得るために、父親の不正を内部告発して辺境伯に認められ、さらなる覚えを良くするために今回の獣人の隠れ里襲撃の任を得た。

 だが、ラインハルトの目的はただの出世ではない。

 辺境伯の地位もそして、皇帝をも目指す心持ちだ。


「ヴィンセント辺境伯が普通に美人の獣人を妾にするとは思えない、何かタマモには力があるはずだ。間違って死んでしまったとか、そういうことにして僕のものにしたいな」


 ニィと邪悪な笑みを浮かべたラインハルトは部下に指示を出す。


「先遣隊はどうした? 報告はまだか?」

「それが……連絡が途絶えております……どういたしましょうか?」

 

 午後のティータイムを嗜むのが貴族の務めとしていたが、そうもいかない状況だとラインハルトは立ち上がり、煌びやかな服のすそを払った。

 平民上りの兵士のもごもごとした報告に彼のこめかみが震えはじめる。


「偵察の馬を出すなどやれることはあるだろう? 僕にいちいち聞かなくても頭を回してほしいね。君、死にたいの?」

「い、いえっ! 申し訳ございません! すぐに動きます」

「いや……いい、今から偵察に時間を駆けていたら逃げられる。すぐに部隊を率いて隠れ里を包囲するように動かすんだ!」


 変わっていく命令に翻弄されながら兵士は村長の家から部隊がいる野営地へと駆けていった。


「村長、帰った時はもっとおいしい茶を用意しておくことだ」

「かしこまり、ました……」


 村長は頭を下げながら、恨みがましい目をラインハルトに向けていたが、当人はついぞ気づかなかった。


■帝国歴 345年 ヴィンヘルト帝国辺境 白狐族の隠れ里


 隠れ里を包囲し、周辺に逃げている獣人がいないことを確認したラインハルトは満足げにうなずく。

 夕日が沈み、夜が訪れた。


「夜襲というのは上品ではないが、翌朝などと悠長なことは言ってられないからな」


 兵士たちが松明を持っているので村の周りを火の輪が包んでいる状態だ。

 拡声をする魔導具を使い、ラインハルトは隠れ里に向けて声をだす。


「僕はヴィンセント辺境伯より名を受けたラインハルト・ヴァイスホルン子爵だ。おとなしくタマモを差し出せ。そうすれば村を亡ぼすことはやめてやろう。慈悲だ」


 村の方からの反応はなかった。

 すでに無人という訳ではないのは偵察に出した兵士から聞いている。

 ひゅんと村の中から何かがとんできて、ラインハルトが乗ってきていた馬の頭に当たった。

 馬が暴れ、ラインハルトが馬上から転げ落ちる。


「な、なんだ!? なんで僕がこんなことに……」

 

 ぶつぶつと文句を言いながらラインハルトは立ち上がり、馬に当たったものをみる。

 地面に転がっているそれは苦悶の表情を浮かべた人の頭だった。

 血濡れた髪から覗く青い瞳と目が合う。

 

「ひぃぃぃ!?」

 

 驚いたラインハルトがしりもちをついた。

 周りの兵士たちも動揺を隠せない。

 明確な死が転がっているのだ。

 ”獣人は脅威ではない”と聞かされていた中での出来事である。


「ええいっ! 村を焼け! これは領主様への……ひいては皇帝陛下への反逆だ!」


 ラインハルトが指示をだすと、兵士たちは火矢を構えて、一斉に発射した。

 戦いの火ぶたが文字通りきって落とされたのだ。

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