第18話
雛は言うと、己影さんは一瞬、呆気に取られるも、すぐに僕に視線を向ける。
「歩夢くん、そうなの?」
「・・・・・・まぁ、はい」
すると己影さんは続けて、
「それで色んな事に挑戦したいって言ってたんだ」
と、合点がいったみたいだ。
「でもお父さんには上京する事は反対されてたんですけどね」
「雛、あんまりペラペラ喋らないで」
「いいじゃん別にー。お姉さん、なにも聞いてないんですか?」
「うん。あぁでも、家族と喧嘩してるとは、聞いた事あるけど」
「それがこれなんですよ。うちのお父さん、地元で有名な酒造の社長なんですけどね」
「そうなのっ? すごいじゃない!」
「千里っていう苗字を重ねて『重』しげるっていう名前のお酒が看板商品なんですけど」
「なるほど、上手い言葉遊びだね」
「それで。お父さんはいずれ長男であるお兄にお店を継ぎたかったんですよ。お酒だけに」
「美味い!」
「ふふ。で、お兄を継がせたかった訳ですけど、でもお兄はそれに反対したんですね。『自分のやりたい事を仕事にしたい』って言って。で、そのやりたい事ってなんなのかって話なんですけど、お兄はそれに答えられなかったんです。つまり、別にやりたい仕事があった訳じゃなかったんです」
「今はね」と付け足すけど雛は反応しない。
「そしたらお父さん怒っちゃって。やりたい仕事がある訳でもないのに後を継ぐのがイヤとは何事かー、って。で、二人とも譲らないまま、最終的にお兄は高校を卒業すると親の了承も得ないままに実家を飛び出し上京した訳ですよ」
「へぇ・・・・・・結構、行動力あるんだね歩夢くん」
と言う己影さんは呆れ気味だった。「やりたい事がないなら、継いであげればよかったのに」
「僕はやり甲斐のある仕事がしたいんだよ。でもそれがなにかは分からないから、探してるの」
「夢を叶える為に上京するのは聞いた事あるけど、夢を見つけに上京する人とか聞いた事ないよ。自分がなにをやりたいかって住む場所変わって見つけられるものでもないでしょ」
「そうでもないよ。東京は人やモノで溢れ返ってる。それは裏を返せば機会や経験に恵まれてるって事だから、地元にいるよりよっぽど沢山の刺激がある筈だよ」
「で、その成果は出たの?」
「・・・・・・・・・・・・」
「出てないんだね」
「うるさいな・・・・・・」
「お兄、ここ来る時、スマホのアプリ見ながら電車乗ってきたよね?」
「それがなに?」
「上京してから数ヶ月経つけど、まだ電車乗り慣れてないんだ、と思って」
「・・・・・・っ」
「機会や経験を求めるなら、色んなところに出掛けると思うんだけど、そういう事したの?」
「・・・・・・これからするけど」
「これからっていつ?」
「もうすぐだよ」
「つまり考えてないんだね」
・・・・・・雛の奴、妙に鋭いところがあるから油断ならない。
「歩夢くん・・・・・・」
妹に言いくるめられる僕を見て、なんとも言い難き表情を浮かべる己影さん。いや、僕の言い逃れを見苦しいと感じたのかもしれない。
「・・・・・・今は仕事で手一杯なんだよ。一人暮らしも、仕事をするのも、新しい土地もまだ慣れてないんだからしょうがないだろ」
「ふーん。まぁ、それもあるだろうけどさ。お兄って一度出来た習慣を曲げるの苦手だから、日常のルーティンから脱却出来ないのもあるんじゃないの? こだわりっていうか意地っていうか、くだらない事でもずっとやり続けるよね」
「仕事はくだらなくないでしょ」
「あくまでそういう底辺の事ですら固執しちゃうって話ね。お兄のそういうとこ、お父さんによく似てるよ。お父さんもそういう、ルールに縛られる人だから」
「一緒にしないでもらえる?」
「そもそもお兄はさ、反発したかっただけじゃないの? お父さんの仕事自体がイヤなんじゃなくて、やらされる事に反発したかったんじゃないの?」
僕の言葉を無視して雛は話を戻す。「確かに自分の人生を他人に決められる事に反発する気持ちは分かるけどさ、かと言ってやりたい事がある訳でもないんでしょ?」
「だからそれを探してるんだって」「せめて考えてあげるくらいの事は言ってあげてもよかったんじゃないの? 最初から継がないって否定する事なかったと思うよ」
「雛は父さんの味方か」
「勝手に味方とか敵とかにしないでくれる? 喧嘩に巻きこまないで欲しい」
「ごめん・・・・・・」
「そういうとこ素直だよね。聞き分けが悪い訳じゃないもんねお兄。理解する事は出来るけど、納得させる事が難しいっていうかさ。そういうところ、お父さんそっくりだなー」
「わざわざ父さんを引き合いにしないでくれる? それで似たもの同士だから分かり合える、みたいな流れに持ってこられるのイヤなんだけど」
「そうやってお互いにいがみ合うのやめよーよ。内心では憎み切れてないくせに。お父さんもさ、口ではお兄の事、全然許してない感じだけど、裏では心配してるんだよ? 今日、私が来たのも東京観光が目的ではあるけど、お兄の様子を見に来る為でもあるんだよ?」
「母さんに言われたんでしょ?」
「言ったのはね。でもお父さんもそれを容認したし。それに私がお兄の家に泊まる事を前提にした旅行だって話してもお父さんなにも言わなかったから」
「僕の許可なしに勝手に泊まる事を前提に話しないでくれるかな・・・・・・」
「ともかくさ。お父さんがお兄の家に泊まる事見過ごしたって事は、お兄の事、嫌ってないんだよ」
「どうだか」
「子供の心配をしない親はいないと思うよ?」
と、そこへ己影さんが口を挟んだ。 ここまで無言を貫いていたので、突然の己影さんの声に少し虚を突かれるも、僕は返事を返さない。すると己影さんは二の句を継ぐ。
「月並みな言葉かもしれないけど、でもそれはそれだけ人から支持を得てるからだろうし。やっぱり親にとって子供は特別だと思うんだ。・・・・・・って、結婚してすらない私が言うのもなんだけど」
言ってすぐにお姉さんは怖じ気付く。
まぁ、お姉さんの言う事を頭ごなしに否定するつもりもない。確かに親が子供を想う気持ちは人それぞれ持ち合わせているものだろう。
でもそれは、子供の人生が自分と無関係でないと感じられるからという側面は少なからずある筈だ。
僕はそうした親の干渉が煩わしかったし、僕の人生は僕のものである筈なのに親が子を育てたという恩を傘に着せて自分の人生を一部のようにしてしまう親の傲慢さにも腹が立った。
だから僕は実家を飛び出してきたのだ。
「家族だからって、全ての価値観が噛み合う訳はないよね。言っても半分は他人なんだし」
と、僕の意見にある程度の共感を示す己影さん。
「結構シビアな事言いますね」
「・・・・・・私も、お父さんと一悶着あったから。今もそうだし」
「そうなんですか?」
「私が漫画家になりたいって言った時、反対されたの」
「え、お姉さん漫画家なんですかっ? だからこんな家に住んでるのっ?」
「まぁ、ありがたい事に」
「お兄玉の輿じゃん! もうビッグドリーム掴んでんじゃん! お姉さんに巻かれてれば理想のヒモ生活じゃん!」
「だから雛、本人の前で失礼な事言わない」
「別に私は君をヒモにしても構わないけどね」
と、己影さんは意味深な視線を向ける。
いや、あくまで僕ら偽装の恋人だから、余計なセリフはいらないんだけども。
「僕は楽して生きたい訳じゃないの。やり甲斐のある仕事をして生きていきたいの」
「どんな仕事だって自分の気の持ちようでやり甲斐のある仕事になるんじゃないの? お兄は理想に逃げてるだけなんじゃないの?」
「いちいち口の減らない妹だな」
「それはこっちのセリフだっつぅの。夢を探しに東京行くとか恥ずかし過ぎて友達に『なんで雛ちゃんのお兄ちゃんは急に家を出たの?』って聞かれてもまともに答えられなかったんだからね」
「なんで雛の友達が僕が家を出た事をわざわざ気に掛けるんだよ」
「同じ高校にいたらこっちにお兄の噂は流れてくるんだよ」
「まぁ、なんでもいいけど」
「お兄、夢を語れるのは夢を持ってる人だけなんだよ? お兄はなにも持ってないのに語ってるの、それはただの自分語りだよ」
「だから夢を語る為に夢を持ちたいんだよ」
「なんでそこまでして夢を持ちたいと思うのかなぁ。別に普通の人生も楽しいと思うよ?」
雛は諦めたように一般論を語る。
でも一般論はあくまで色んな人の意見の平均を取ったに過ぎず、全ての個人に当てはまる訳じゃない。
「夢や目標のある人は目的意識がハッキリしてるから自分の考えに筋が通ってて独自の哲学を持ってて、そういうブレない姿勢とか生き様に僕は憧れてるんだ。確かに僕に具体的な夢はないけど、理想の自分はいるんだ。だから僕は夢を見つけて理想の自分を叶えたいんだよ」
と、そこまで言い切ってハッとした。なにを真剣に自分語りをしてるんだろう、しかも妹の前で。
一瞬、この場がシンと静まり返る。僕のバカな語りに呆気に取られているのかもしれない。
「・・・・・・まぁ、他人から聞いたらバカらしいって事は分かるけど」
と、結局自分を卑下する事で二人に歩み寄ろうとする僕は中途半端だ。 するとおもむろに己影さんが言う。「君のそれは、全然バカらしくなんてないよ。人それぞれ、なりたい自分はいるものだよ。それを叶えようと行動する君はすごいよ」
「己影さん・・・・・・」
「ただ、両親に心配を掛ける形で叶えようとするのはダメだと思うけどね」
「そうだよお兄。それに家族に心配掛けてまで叶える夢は夢じゃなくて野望って言うんだよ」
「どういう事さ・・・・・・」
「身の程を弁えないほど大きな夢を叶えようと思ったら、犠牲はつきものでしょ? でもお兄の夢は野望と言えるほど大層なものでもないし、叶えるんだったら皆に迷惑を掛けない形で叶えないと」
「反対されたらどうしようもないじゃん」
「あれはお兄の言い方がマズかったんだよ。今みたいにちゃんと話せばお父さんだって一定の理解は示した筈だよ」
「あそ、悪かったよ」
「悪かったと言う人の態度じゃない!」
「まぁまぁ、歩夢くんもそんなすぐには割り切れないよ。ね?」
そう言って僕に歩み寄る己影さんに雛は声を上げた。
「お姉さん、お兄にちょっと甘過ぎですよ! そんな事言うとつけ上がりますよっ?」
「え、えぇ? ご、ごめんなさい・・・・・・」
「雛、あんまり偉そうな事言わない。己影さんも妹の言葉にあんまり真に受けないで下さい」
「ごめんなさい・・・・・・」
とか言って僕の言葉に真に受けるっていう矛盾。
あんまり己影さんに迷惑を掛けちゃいけない・・・・・・。
僕は話題を変えて話を逸らすと雛は不満げな顔をするもやがて落ち着いて軌道修正。で、僕は一つ気になって明日の予定について訊ねる。
「旅行の計画はもう立ててるの?」 すると雛はう頷く。
「明日は浅草行ってもんじゃ食べて雷門見て、それからスカイツリー登る予定だよ」
観光スポットはちゃんと絞り込んでいるようだ。
「浅草寺には行かないの? すぐ近くにあるよ。食べ歩きも出来るし」
「そうなんですね。じゃあそこも行きます。ちなみにお兄、明日休みじゃないの?」
「じゃないよ。だから付き添いには行けない。不安だけどさ・・・・・・本当に大丈夫?」
「大丈夫だって。私、高二だよ? 子供じゃないんだから」
「でも雛みたいな子が一人で歩いてたら、悪い男が寄ってくるかもしれない・・・・・・」
「お兄、心配してくれるのは嬉しいけど、そんな事滅多にないからさ。そんな人混みの多いところで悪さする人なんていないって」
「万が一って事もあるし。雛、護身用に今からでも防犯ブザーと催涙スプレーを買っておこう。それと護身術も覚えておいた方がいい」
「こいつ、バカなのか・・・・・・」
「そんなに心配なら、私が一緒に付いて行こうか?」
「「えっ?」」
己影さんの思いがけない提案に、兄妹で声がハモる。
「お姉さん、付いて来てくれるんですかっ?」
「うん、全然いいよ」
「でも己影さん、仕事は・・・・・・」
「融通利くし、全然大丈夫だよ」
「やったー! じゃあ一緒に行きましょう!」
「ちょっと雛、少しは遠慮しろよ・・・・・・」
「いいんだよ歩夢くん。むしろ私も雛ちゃんと一緒に行けるなら嬉しい。折角の機会だし、仲良くなりたいし」
「流石お姉さん! じゃあ決まり! お兄は仕事頑張って!」
変わり身の早さ・・・・・・。
言うが早いか、取りつけた約束が反故される前に雛はそれ以上、僕と取り合うのを止めてすっかり己影さんとの観光を決定事項に持っていく。 まぁ、一人で行くより己影さんがいてくれた方が安心だ。ここは素直に任せよう。
「己影さん、すみませんが妹を頼みます」
「任せて!」
そう言って己影さんは右手で胸をポンと叩いた。
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