第6章: 京都への旅路

1. 旅立ちの朝


5月下旬、修学旅行の朝が訪れた。僕は早くに目を覚まし、窓の外を見やった。まだ薄暗い空に、期待と不安が入り混じる。


「修学旅行か...」


僕は静かに呟いた。この日を心待ちにしていたはずなのに、どこか複雑な思いが胸の中でぐるぐると渦を巻いていた。


準備を整え、家を出る。両親には簡単に挨拶をし、「行ってきます」と告げた。


学校に向かう道すがら、僕は量子力学の本を開いていた。修学旅行中も勉強の時間を作るつもりだった。しかし、頭の中はどこか上の空で、文字が目に入ってこない。


(千紗さんは今頃、どんな気持ちで準備をしているんだろう)


そんなことを考えていると、学校が見えてきた。すでに多くの生徒たちが集まっており、興奮した様子で話し合っている。


「おはよう、将人くん!」


振り返ると、佳奈が笑顔で手を振っていた。


「おはよう、佳奈さん」


僕は静かに答えた。佳奈の後ろには千紗の姿もあった。彼女は少し緊張した様子で、でも目は期待に輝いている。


「おはよう、将人くん」


千紗が僕に向かって微笑んだ。その笑顔に、僕は一瞬言葉を失った。


「お、おはよう、千紗さん」


僕は慌てて返事をした。千紗の隣には浩介もいて、みんなで集まっているのを見ると、少し安心した気がした。


「はい、みなさん!整列してください!」


引率の先生の声が響く。生徒たちは班ごとに並び始めた。僕たち4人は違う班だったので、ここで別れることになる。


「じゃあ、バスの中でね」


浩介が千紗たちに声をかけた。


僕は頷いた。「うん、また後で」


バスに乗り込む前、僕は深呼吸をした。これから始まる修学旅行。きっと何か大切なものが生まれるような気がしていた。


バスの中で席に着くと、窓の外を見つめた。朝日が昇り始め、新しい一日の始まりを告げている。僕の心の中も、何か新しいものが芽生え始めているような気がした。


(千紗さん、浩介、佳奈さん...みんなと過ごすこの旅行が、きっと特別なものになるはず)


そう思いながら、僕は静かに目を閉じた。



2. 歴史の街へ


長時間のバス移動を経て、僕たちの修学旅行団は京都に到着した。バスから降りた瞬間、空気が違うことに気づいた。古都の雰囲気が、僕の肌に心地よく触れる。


「ここが京都か...」


僕は静かに呟いた。周りの生徒たちが興奮して騒いでいる中、僕はじっと町並みを観察していた。古い町家と現代的な建物が混在する景観に、歴史の重みを感じる。


「さあ、みなさん」引率の村上先生が声をかけた。「これから清水寺に向かいます。班ごとに整列してください」


僕は自分の班に合流した。千紗たちとは別の班だったが、それでも彼女たちの姿を探してしまう。


バスに乗り込み、清水寺に向かう道中、僕は窓の外の景色に見入っていた。次々と現れる京都らしい風景に、歴史書で読んだ知識が重なっていく。


清水寺に到着すると、生徒たちから歓声が上がった。僕も思わず息を呑んだ。有名な舞台造りの本堂が、僕たちの目の前に広がっている。


「すごいな...」


僕は小さく呟いた。そして、ふと千紗の姿を探した。彼女もきっと、この景色に感動しているだろう。


本堂を見学しながら、僕は静かに歴史的事実を思い出していた。


「ここは、西暦778年に...」


僕が独り言のように呟いていると、班の仲間たちが興味深そうに耳を傾けてきた。


「へえ、将人くん詳しいんだね」


僕は少し照れながらも、知っていることを説明した。歴史や文化について語る時、僕の声にはいつもより力が入る。


見学を終えて境内を歩いていると、村上先生が声をかけてきた。


「みなさん、ここで少し自由時間を取ります。お守りを買ったり、写真を撮ったりしてください。でも、決して はぐれないように」


僕はお守り所に向かった。そこで、ふと千紗のことを思い出す。彼女は何のお守りを選ぶだろうか。


僕は思わず「恋愛成就」のお守りに目が行ってしまった。しかし、すぐに首を振り、「学業成就」のお守りを手に取った。


お守りを買い終え、僕は静かに祈りを捧げた。


(みんなの無事と、この旅行の成功を...そして...)


僕の心の中で、千紗の笑顔が浮かんだ。


集合時間が近づき、僕は班の仲間たちと合流した。清水寺を後にしながら、僕は今日一日の出来事を心に刻んだ。



第6章: 京都への旅路


3. 夜の談話会


清水寺での見学を終え、修学旅行団は宿舎に到着した。夕食後、僕は自分の部屋で宿題を終わらせていた。カーテンの隙間から見える夜空に、京都の星々が輝いている。


「ふう...」


僕は深いため息をついた。今日一日の出来事が、頭の中でぐるぐると回っている。特に、千紗の笑顔が何度も思い出された。


(千紗さんは今、何をしているんだろう)


そう考えていると、突然ノックの音がした。


「将人、ちょっといいか?」


浩介の声だった。


「ああ、どうぞ」


ドアを開けると、浩介が少し困ったような表情で立っていた。


「実は、ちーと佳奈の部屋に行こうと思ってるんだ。お前も来ないか?」


僕は一瞬戸惑った。先生たちに見つかったら叱られるかもしれない。でも...


「わかった、行こう」


僕は静かに頷いた。浩介と一緒に廊下を歩きながら、僕は自分の心臓の鼓動が少し早くなっているのを感じた。


千紗たちの部屋に到着すると、浩介が小さくノックをした。


「ようこそ」


ドアが開き、千紗と佳奈の顔が見えた。二人とも少し驚いたような、でも嬉しそうな表情をしていた。


「将人くん、浩介くん、入って」千紗が微笑みかけた。


僕たちは部屋の隅に集まり、小さな輪になって座った。


「今日の清水寺、すごかったね」千紗が話し始めた。


僕は静かに頷いた。「ああ、歴史を肌で感じられる素晴らしい場所だった」


みんなで今日の出来事を振り返り、感想を語り合う。僕は主に聞き役に回っていたが、時々歴史的な豆知識を交えて会話に参加した。


「将人くんって本当に物知りだよね」佳奈が感心したように言った。


僕は少し照れくさく「そんなことないよ」と答えた。


話題は明日の予定に移り、僕は自分のスマートフォンを取り出した。


「僕たちの自由行動の時間は午後からだ。午前中は班ごとの行動になるな」


みんなで明日の予定を確認し合い、自由行動の際にどこを回るか、再度話し合った。僕は静かに意見を出しながら、みんなの表情を観察していた。


特に千紗の笑顔が、僕の心に温かさを広げる。


話が一段落したところで、佳奈が不意に言った。「ねえ、みんなには好きな人とかいるの?」


僕は思わず千紗の方を見てしまった。彼女も浩介を見ている。僕の胸に、少し痛みのような感覚が走る。


「まあ、それは人それぞれだろ」浩介が少し照れくさそうに答えた。


僕は静かに微笑んだ。「恋愛は複雑だね。簡単には答えられない質問かもしれない」


佳奈は少し残念そうな顔をしたが、すぐに笑顔に戻った。「そっか。でも、この旅行で素敵な思い出ができるといいな」


僕はその言葉に静かに頷いた。確かに、この旅行は僕たちにとって特別な思い出になるだろう。でも、それは恋愛だけではない。友情や、自分自身の成長も含めて...


しばらく雑談を続けた後、浩介が立ち上がった。「そろそろ戻るか。明日も早いしな」


僕たちは別れを惜しみつつも、おやすみの挨拶を交わした。


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