第25話 電撃が走る
「吊り橋効果ができちゃうぐらい人間の脳って馬鹿なわけじゃん?」
中学の技術の時間、詳しくは忘れてしまったが、二人の人間が両端を持つと、弱い電流が流れる、という実験をやった。
「恋に落ちる時の例えとして『電撃が走る』っていうじゃない?そしたらさ、この電流も恋と勘違いするんじゃないかな」
その後の部活で私がその馬鹿な脳で仮説を立てて、少し盛り上がった。
文化祭が一日過ぎ、居候先輩が明日コスプレするからドンキに行きたいと言い出した。いや昨日行って今日から着ろよ、と全員が思いつつ、放課後、居候先輩、ブロッコリー先輩、ヘッドホン先輩、私の四人でドンキに向かった。
周知の事実だと思うが、ドンキに行き、無事に帰ってくるためには、自我を強く持たなければならない。
・ギラギラの看板、高いのか安いのか結局わからないがとりあえず堂々と書いてある値札→視覚の制限
・周囲が見渡せないほど高く積まれた商品、ランダムに設置された売り場→方向感覚の制限
・ドンドンドンドンキードンキホーテ!!ドンドンドンドンキードンキホーテ!!ドンドンドンドンキードンキホーテ!!→聴覚の制限。
このような精神攻撃によって、多くの人間は、
「わー剣だ。シャボン玉だ」
「流しそーめんある」
「流しというより周りじゃね?」
となってしまうのだ。恐ろしきドンキ。
「コスプレ探しに来たんですよね!!ほら自我をしっかり持って!!」
ぐるぐると一時間ほど探し回り(店員さんが全然いないのも、なにかのガスで室内を充満させているからに違いない)、諦めかけた頃、私のファインプレーによって、我々はコスプレグッズ売り場にたどり着いた。
「女の子用のしかなくね?」
「それを男の子が着るからこそいいんですよ」
セーラー服、メイド服、チャイナ服、警察官、ナース、ガチバニー、園児…。
デリヘル呼んだら君が来たかよ。
「スク水のコスプレってもはやスク水着ればよくないですか?」
「それな」
居候先輩は高いからという理由で、その売り場では目玉サングラスしかかごに入れなかった。この人は何がしたかったん?
しかしレジで表示された金額は1000円を超えていた。
「駄菓子には抗えん…」
まんまとドンキの罠にかかっている。
私は賢いからそうはならんぞと思いつつ、レジの前の娯楽コーナーに目を滑らせた。
「びりびりペン?」
※文芸部は仲良しです。ただ、ここに書いてあることの真似をして仲が悪くなっても私は責任を取れません。
また、体に機械を入れていたり、高齢の方だとびりびりペンは遊びで済まない場合があります※
思わず声に出してしまった。液晶の中の存在だったびりびりペンが目の前に現れたのだから無理もない。
即座に周りを確認する。
居候先輩は財布が寂しくなっていくところで、ブロッコリー先輩とヘッドホン先輩は近くでボードゲームを見ている。
「お試しコーナーのゲームが試せる状態なの見たことない」
「部室にオセロほしい」
部室にはトランプと将棋と囲碁とデュエマとルーレットがあるでしょうが!!(文芸部)
しかしなんという幸運だろう。絶好のターゲットに私の失態はバレていない。
「雪もなんか買うん?」
買うさ…お前らを痛めつける道具をな!!
「ペンを一本。なんか持ってるペン全部インク切れてるんで」
「そんなことある!?」
「いやまぁ家を探せばあるんでしょうけど、めんどくさい」
「あー分かる。それで買うの偉いなー」
私の特技、口から出まかせ。
こうして怪しまれることなく、むしろ褒められながらレジに"ペン"を持っていく。
500円。この程度の出費、先輩たちの引き攣った顔を見れるなら安い安い。
会計を終え、私のものとなった"ペン"。改めてケースを見ると、読ませる気のない小さい文字、しかも英語しか書かれていない。怪しすぎるが、その分好奇心の歯止めも効かなくなるのが私だ。先輩たちには尊い犠牲となってもらうしかない。
帰り道、重要な1人目のターゲットに狙いを定め、雑な包装を雑に破く。
「あれ、このペンノックが硬いな…ヘッドホン先輩やってみてくださいよ」
やはり1人目はこの人しかいないだろう。
ヘッドホン先輩は可愛い後輩の頼みを聞こうと、ペンに手を伸ばし…
「ねぇ、これ電気のだったりしない?しないよね?ねぇ?怖いんだけど、ねぇ?」
何故だ!?何故気づく!?私としたことが笑みを抑えきれていなかったのか!?
「ノックが硬いんすよ」
押し通ーす!!
「ねぇやだ怖い」
ヘッドホン先輩は今にも泣きそうな声を上げた。皆さまお忘れかもしれないが、まだ彼に電撃は走らせていない。
「え、なになにー?」
ブロッコリー先輩がやってきた。
「いや、さっき買ったペンのノックが硬くて、ヘッドホン先輩にも試してみてほしいなーって」
「ねぇ絶対嘘。絶対ビリビリするやつ」
ブロッコリー先輩は何かを察し、笑みを浮かべた。
「じゃ雪やってみろよ」
「嫌です」
「あれー?なんでですかー?」
「私は先輩たちにやってほしいんです」
「それで大丈夫だったら俺たちもやるから」
「嫌です」
ブロッコリー先輩は私の腕を掴んだ。
「渡せー!!試してやるー!!」
「やだー!!渡さないー!!」
「ただのペンなはずだろー!!」
しばらく取っ組みあった後、ブロッコリー先輩の手にペンが渡り、停戦となった。
電撃走っちゃいましたみたいな頭しやがって。
「ヘッドホン!!」
ブロッコリー先輩は取っ組み合っている間に前に進んでいたヘッドホン先輩と居候先輩に駆け寄った。2人は金と何かを交換している、闇の取引か?
そこに注意が奪われた瞬間…
「ぐあ゛っ!?」
頸を抑えて悶えるヘッドホン先輩。友を心配する素振りは一切見せず、即座に自らの頸を守る居候先輩。
「味方だと、思っていたのに」
ヘッドホン先輩はよろけながら後退りをした。そう、ブロッコリー先輩はリュックサックを叩くと見せかけてヘッドホン先輩の頸にペンを突き刺したのだ。
「雪、そいつにペンを持たせるんじゃない!!」
私は居候先輩の言葉に頷き、背後を気にしつつ、ブロッコリー先輩に近づいた。
「先輩、ペン、返してください」
「返せ」
「返しな」
2人の先輩による圧もあり、ブロッコリー先輩は渋々ペンを差し出し…
「っぶね」
私の攻撃はブロッコリー先輩の頸を掠めた。
「ちっ。ヘッドホン先輩(に私の手で電撃を喰らわせられなかったこと)の仇を取りたかったのに」
「怖いよこの後輩。目が完全にアサシンだったもん」
こうして何をしたかったのか分からないコスプレグッズ探し(コスプレグッズは買ってない)は殺伐としながら終了した。
文化祭二日目も頑張るぞと言って、方向の違うブロッコリー先輩と居候先輩とは別れる。
ヘッドホン先輩は駅のホームでおもむろに謎のお菓子を開封し始めた。
「それなんですか」
「居候に買ってもらった駄菓子」
さっきの闇の取引はそれだったのか。
「あ、靴ひもほどけてる」
ヘッドホン先輩は靴ひもをなおすために、しゃがんだ。
あ、頸。
そう思った瞬間ヘッドホン先輩は両手で頸を隠した。
「あぶねー今隙見せた」
ちっ。
「これ食べる?」
「もらいます」
入れ歯洗浄剤のようなものをもらい、口に入れてみる。
「…!?」
「どうした」
私は有馬かなじゃないんだが!?
「これ、なんですか。いやまずくはないんですけど、シュワシュワして、口の中がびっくりしてます。重曹ですよね?」
「居候も同じことを言ってた」
「びりびりペンより刺激的です…」
「それはない」
口の中を洗浄している気分になりながら電車に揺られる。
「俺酸っぱいお菓子好きなんだよね。シゲキックスってグミ分かる?あれとか一気に食べちゃうんだけど」
「要は刺激を求めてるんですねー」
じゃあ、と私は一度筆箱にしまったびりびりペンを取り出した。
「ねぇしまってしまって」
「いや、本質的にはそのお菓子と何も変わらないじゃないですか」
「いや違います。これは娯楽です。それは武器です」
「これも娯楽です。娯楽コーナーにありました」
「娯楽じゃありません。しまいなさい」
両者一歩も引かず、駅に降りてもこの押し問答は続いた。
「しまいなさい」
駅は電車より広いため、ヘッドホン先輩は小動物のようにじりじりと距離を取っていく。
「仕方がないな、しまいま…」
雑踏に声はかき消されていった。
二日目も後夜祭も終わり、あっという間に片付け日。
「サイゼで数学解こうぜー」
文芸部特有のキモいノリを発揮し、コスプレメンバー(コスプレはしていない)と漫画ファンクラブの美少女の一人、ロング先輩も加わってサイゼに行くことになった。
サイゼ→様々な費用のカットにより激安での食事提供→人件費のカット→注文票→ボールペンを使う
私の脳は瞬時にある一つの結論を導き出した。
今度こそ、不意打ちができる。
午前授業の後の日差しは強い。
サイゼに行く前に、居候先輩が財布を持っていなかったので、居候先輩の家に寄ることになった。居候先輩の家は学校から徒歩圏内。しかし遅刻しまくる。本人はだからこそと言っているが。
いざ、自分の靴を息子に履かれ続けていても「困った」という感想しか出でこないお母様のいる居候宅へ。
「三角形だ」
道案内のため、前を歩く居候先輩はいきなり街路樹の枯葉をもいで呟いた。怖すぎる。
「だべ?」
どうやらまた『講座』が開かれているらしい。今回の教授はヘッドホン先輩か。
『講座』とは文芸部で発生する『サイゼ数学』に並ぶキモい風習である。
教授は自分の好きなこと、最近知ったことについてとにかく語る。受講者はそれを聞き、疑問に思ったこと、理解できなかった点、矛盾、自分の知識との重なり、駄洒落をためらわずに口にする。だらだらと本を読んでいた人も飛び起きて乱入することもしばしば。
今までも少し話してきたが、これから『講座』の様子を話す機会も多くなると思う。そこで注意してほしいのだが、この『講座』は文芸部の『講座』であって、『教授』も文芸部の『教授』でしかないということだ。
要は、この『講座』にはほぼ確実に、間違っている情報が含まれている。私、その他部員(?)が『講座』聞くとき、その情報を鵜吞みにはしない、しかしそれでも最高に楽しんでいる。正しいかどうかはこの場において重要ではないのだ。この『講座』は知的好奇心と歪んだコミュニケーションのはけ口であって、授業ではないから。
さて、話がそれてしまったが大切な注意喚起ができたかな!?誤情報を断定するのは詐欺ですからね…(戒め)。
「なんの話してるんですかー?」
「三角形は安定していて、美しいって話」
「逆三角形のものは生まれづらいんだよ」
マッチョマンを否定していく理系男子ズ。
「あ、三角形」
居候先輩はいきなり壁を撫でて呟いた。怖すぎる。
その様子を見ていたであろうマダムが、向かいから怪訝な顔をして歩いてきた。
「こんにちはー!!」
「こんにちは」
「こんにちわ」
マダムニコニコして去ってたよ。挨拶ってやっぱり大事だよ。
そんなこんなで、居候宅に着き、財布を取って、いざサイゼで数学を(びりびりペンを)となるはずだったのだが…
「つまりこの和音は数学的に気持ちがいいと分かっているんですよ!!」
ブロッコリー先輩の講座が始まってしまった。題材は大好きな音楽である。ちなみに、合唱祭のクラス曲がanoの『ちゅ、多様性。』に決まったけど、楽譜が見つからなかったため、耳コピして合唱用、ピアノ用の楽譜を作るという仕事が発生し、彼は文化祭の代休でそれをしなければならないらしい。この話どこを切り取ってもツッコミどころしかないよね。
「そんな考えられて作られてるんだな…。もっと感覚的な、テキトーなものだと思ってた」
居候先輩は『数学的』という言葉にすっかり感銘を受けてしまっている。
ていうかデカいホワイトボードがリビングに置いてあるの頭の良い家すぎるだろ。
「ありがとうございました。ごめんなさい。えーっと…一時間も喋ってしまいました。え、一時間?マジで?本当に申し訳ございません」
ブロッコリー先輩は時計を見て驚いていたが、正直私も驚きだ。これだけ面白くてあっという間な時間はそうそうない。
しっかし、脳を使った分お腹も空くねぇ。さぁサイゼにいって早くびりびりペンを…
「では俺の数学講座を始めたいと思います。ノラ、今やってるのは何?」
「二次関数です」
まぁ聞いちまうよねぇ。
「中学校ではこう、高1でこうなった、そして高2でこうなるわけだ」
真っ白なホワイトボードが黒ペンで書かれたグラフで埋まっていく。
「そして高3」
あなた高2よね。
「居候、それは早くないか?こんがらがるんじゃ…」
「黙れブロッコリー、俺はノラにこの先どうなるのかを知っておいてほしいんだ」
かっカッコいい…のか!?
その後も何故かあった、外国人に日本語を教える教師になるための検定対策の教科書を読んで面白がったり、ロング先輩とヘッドホン先輩の家が近いことが発覚し『どこ中?』という高2ではなかなか聞かない会話が生まれたりで、あっという間に午後三時。
「おやつだな」
「まぁ空いてるんじゃないですか」
何度目かのサイゼへGO。
案の定、サイゼは空いていて、角の、二列ともソファーの席に案内された。
「俺上座だ」
「変わりましょうか?」
「あれ?俺部長のはずなんだけど」
「いやここ富士山見えるんで」
「窓ねぇよ!!」
さてそんな会話をしながらも、私はある事実に、テクノロジーの進化を恨んでいた。
注文票がQRコードじゃねぇか!!
諦めの二文字が頭を占め、切り替えようとドリンクバーに立ち上がった。
「俺も」
ブロッコリー先輩はわざわざ上座から出てきた。そして席から見えなくなったタイミングで私に声をかけた。
「雪、今あのペン持ってる?」
「はい」
「QRになってたじゃん?でも俺たち今から数学解くから、そん時に、怪しまれないように俺から渡す」
「了解です」
これが頼れる先輩ってやつよ。
「良問をください」
「黙って待て」
「俺、間違い探しするわ」
席順を確認すると、奥の列の、左(上座)にブロッコリー先輩、その隣にヘッドホン先輩、右に居候先輩。ブロッコリー先輩の向かいに私、その隣にロング先輩といった感じだ。左利きのヘッドホン先輩を真ん中にする謎のフォーメーション。
「ペン出すのめんどくせーな」
「貸しますよ」
ブロッコリー先輩とコンマ数秒の笑みを交わし、びりびりペンのまぎれたペンの束を渡す。
「見つかんねーよこれ。分かった、こんなところに牛がいるのがおかしい、間違い。こいつ目からして薬物やってる、社会の間違い。というか人間がいるのが地球環境的に間違い、人間の人数分間違い」
何も知らないヘッドホン先輩は、別のゲームと化した間違い探しを楽しんでいる。
「おいヘッドホン、お前も解けよ」
「いいけど。ペン出すの怠いな」
「ほい」
他のペンと比べて少し太い、ギラギラしたペン。
ヘッドホン先輩は何の疑問も持たずに、そのノックを押し…
「ひぇあぁっ!!」
ヘッドホン先輩はペンを投げ出し、飛び跳ねた。
これが見たかったのさ!!!!
「…もう俺が預かります」
「良問できたよ」
「…」
その日は良問を解いたり、ロング先輩がゴム人間説が生まれたり、本屋に行き金がないのに筒井康隆の『世界はゴ冗談』を衝動買いしてしまったり、とカオスな一日を過ごし、お開きとなりました。
冒頭で話した実験。
結論、ヘッドホン先輩には人からペンを借りられないというトラウマが芽生えました。
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