第3話暗闇が明けて〜前編〜

 ガタン!ガタン!と車から嫌な音がする。


「おいおい、パンクしてないよな?」


 草木しか無く、道路が延々と続く。


「見渡す限り、生い茂る草木だけ。」


 目の前に見えたガードレールをブレーキを踏んで速度を下げてハンドルを右に切って曲る。ガードレールから見えるのは霞からほんのり小さく見える木々。


「これは、落ちたら即死だな。」


 位置が東京のままから動かないカーナビの時間をチラ見しながらも前を見る。


「14時・・・・予定時刻の半分ってところか。」


 正直な話、内心何処かで休みたい気持ちもある。今だって音楽を流しながら運転してるが、眠気に対して誤魔化すように独り言を口にしてる。何処か道の駅に寄って昼寝してもう一度運転しだす。それもいいかもしれない。けれど、そんな気持ちより見たことない景色を見ると進みたいという思いが強くなる。


「なんというか、キミはイカれてる」


『やれやれ』と言いたそうにヤタガラスが隣で肘をつく。


「いいじゃないか。楽しいんだから。」


 それを聞いた、彼女はため息を吐く。


「別に、君の人生だから何も言わないよ。ただ、事故はしないようにね。」

 彼女は前を指差す。


「え?」


 前には後数十メートルで横断歩道を赤なのに渡ろうとする老婆がいる。


「まじかよ!!」


 俺は慌ててブレーキを踏む。するとブレーキはガガガッ!!と音を立てながらすぐ止まる。


「ふぅ〜。危なかった。」


 冷や汗をかいたことを実感しながら周りを見る。横にはヤタガラスの姿形は無かった。後ろの荷物も結構散らばってしまった。


「服があれば良いか。」


 荷物の安否を確認し終えて前を見ると老婆の姿は無かった。


「もう、行ったか?」


 見回しても老婆の姿は見えない。それに、いつもなら目の端で誰か人がいるか確認するのだろうが・・・・うん、少し道の駅で休憩を取ろう。






 と、言うわけで、数メートル先に有った道の駅で休憩を取ろうと思った。有るものなんて地図と便器の匂いがする臭くて古いトイレと少し茶色味が架かった緑の山々が見えることしか無かった。あと木で作られた手すりかな。それ以外は今の所見つからない。家一つさえ何処にもない。


「長野ってマジで山!山!山!って感じだな〜」


 そう思いながら木で作られた手すりに少し身体の重心を枠の外へ出す。


「おっ!川が有る。」


 下を覗いた時に目に入ったのは少し輝くエメラルド色の川だった。


「確か、エメラルド色だと川は綺麗なんだっけ?」


「そうじゃ。川はエメラルド色だとキレイなんじゃよ。」


 自分の背後からしゃがれた声がした時、全身の筋肉が硬直し、股間が寒くなる。


「っ!」


 少し身体のバランスが崩れそうになり間が少し近く見えた。近くで見ると川はキラキラと輝いていた。美しいと思う気持ちと・・・・今の状態がとても危ないことに気がついて腕に力を込めて身体を元の体勢に戻す。


「危なかった〜。」


 深呼吸しながら振り返る。だが・・・・後ろには誰もいなかった。


「今の声は・・・・・」


 一体誰の声なのか・・・・それを考えた時、鼓動が早まり、汗が出てきそうなのを肌で感じる。


(ここはヤバい!!)


 いつものように独り言が出てくることはなく、心の中で危機感を感じ、先程まで座っていた自分の尻の体温が残っている車のエンジンを掛け走らせる。


「あの声!それに・・・・あのおばあさんも!一体何なんだよ!」


 少しバックミラーを確認してみたが、あの道の駅には車が一つも止まってなかった。それに、家一つもない。


「だったら、さっきの声って!?」


「そう。そのまさかだよ。」


 助手席でヤタガラスが、何かを察したかのように真剣な顔でバックミラーを確認してた。


「お前!なんで出てこなかったんだ!?」


 それに対してこちらを鋭く見つめゆっくりと口を開く。


「君が、助けを求めなかったからさ。」


「助けたら、来たのか?」


「助けたら?あのタイミングは君の自業自得だろ?身を乗り出さなければ、落ちることはなかった。違うかい?」


 正論だ。俺が体を乗り出さなければ・・・・考えてたって仕方がない。


「そうだな・・・・俺が焦ってたよ。」


 それを聞いてもいつものように口角を上げず、フロントを見つめる。


「あれは、この土地の霊だね。」


「この土地の!?」


「ああ。まぁ、他人に悪さする霊ではないね。」


「マジで?」


「大マジさ。」


 それを聞いて筋肉が緩むのと心の緊張もほぐされるように息を吐き出す。


「良かった〜。」


 と言っても、彼女の顔は変わらない。


「何か、あの二人の幽霊におかしなことがあったの?」


 「・・・・あの二人、呪縛霊だが、悪意を持ってる人物ではなかった。」


「そういう幽霊っているんじゃないの?」


 彼女は小さく首を横に振る。


「人間は死んだら本来『あの世』に行くんだ。」


「それは知ってる。『極楽浄土』・・・・キリスト教とかの言い方的に『天国』ってやつだろ?」


「そう。でも、この世に残っているものは自分の死に気づいてないか、何か儀式とかの生贄にされたとか未練があるか、自分が不幸になったから来た人間を不幸にしたり、巻き込んで自分の仲間を増やしたりとかそういう負の理由があるから残るんだ。」


「あのおばあさんと声の主は


 俺が出した答えを聞いて彼女は、やっと口角を上げる。


「答えを導けるようになったなんて、随分賢くなったじゃないか。」


「バカにしてる?」


「褒めただけさ。」


「ありがとう。」


「どうしたしまして〜。」


 って、何だよこれ、まじで今のやり取り我ながら意味がわからん。なんで最後『ありがとう』なんだよ。しかも、めちゃくちゃ一連の流れが漫才並みにスムーズだったし。


「まぁ、くだらないことはさて置き、とりあえず、あの二人がどうして君の前に現れたのかは不明だし、何かを探してるようだった。」


「まぁ、見つかるといいな。あの二人。」


「そうだね。それに、キミが見えるという事は相当念が強くて残っている。大怨霊や大呪縛霊だいじゅばくれいに近い存在だね。」


「大呪縛霊って人を呪い殺せるぐらいやばいってことか?」


「それ以上さ。下手したらそいつがいる土地は入ってはいけない禁足地きんそくちになりかねない。」


「だとしたら、なんでそこまでしてあの二人はあそこに残ってるのか・・・ますます疑問になるな。」


 ガタン!っと車が鳴る。どうやら、裂けた地面を通ってしまったようだ。


「おいおい!パンクしたら困るって。」


「まぁ、そうなったらその時さ。キミの死をボクは見届けるよ。」


「縁起悪っ!」


 アイツの悪魔のようにニヤついてるのが個人的には癇に障るが・・・・・まぁ、今はそんなことよりも宿泊地まで運転することが優先だ。結局さっき休めなかったし、それに、タイヤの事も気になるし。


「ところで、今日は何処に泊まるんだい?」


「今日はキャンプ場だ。」


「宿にしなかったのかい?」


「宿よりキャンプ場が安かったからさ。オマケに100円払えばバンガロー付きだからお得だと思ったんだ。」


「ちなみにいくらぐらいだい?」


「2400円。」


「普通の宿代は安くても3500円が相場だけど・・・安いね。」


「探せばもっと安いところはあるけど・・・・トコジラミとかハチとか蚊とか命削らないといけないからキャンプ場ぐらいが自然を堪能出来て丁度いい。」


 ちなみに、車中泊は今の時期だと夜でも暑いところがあるからオススメはできない。時間を確認できなければお風呂にも在り付けない。もう少し涼しくなった時がおすすめだ。


「安くて命の保証が有るに越したことはない。キミの選択ならば僕は否定しない。」

「まぁ、やばかったら助けてくれよな。」


「君が望むなら、助けるよ。」


 そう喋っていると森の中に車は飲み込まれていく。中はうす気味悪い影と舗装されてない道を車は進まないといけない。


 車が降っていく時に俺はセカンドギアに変更して山道を降る。


「それ、やらないといけないの?」


 「これをやらないと山道でブレーキパッドがイカれるんだよ。」


「なるほど。」


 彼女が感心してるように頷く。車はガタガタ言いながら降っていく。内心パンクしないか心配しながらもゆっくりブレーキを踏んで降る。


「そろそろ着くかな?」


「恐らくな。」


 森の先から光が差してくる。光に向かって進むと少し道の先に大きな川と土の駐車場が右手側に見えてきた。


「あれが、今日の宿かい?」


「ああ。あの、離れた所に小屋が見えるだろ?」


 左手側から見えるのは木で作られた小さな小屋が複数見える。


「あれがさっき言ってたバンガローかい?」


「そう。あれがバンガローだ。今日の宿泊地帯だよ。」


「川が見えるバンガローか。君も中々洒落たセンスをしてるんじゃないか?」


「それはどうも。」


 車を土の上に止め、川を眺める。ザーッと流れる川のせせらぎ、岩に当たって白く飛沫を上げ流れる川を少し見つめてた。


「ヤタガラス。川は昔のほうがキレイだったか?」


「あぁ。昔の川は中が見えるぐらい綺麗だったかな。」


「そっか。」


 今自分が見てるものが綺麗だと言いたかった。だが、昔のほうがキレイだったかと言われると言葉にできなくなる。


「温暖化ってやつのせいかな?」


「いや、これは便利の代償だと思うかな。」


「便利の代償?」


「人は、楽をしようとするの何処かにしわ寄せが来る。便利になるということは昔に比べて楽になること。そのしわ寄せが今来てるんだ。」


「そういうとこか。」 


 今より綺麗だった川のことを思うとどこか自分の胸がギュッと締め付けられる。


「まぁ、生きてく上で何かを犠牲にすることは仕方がない。それより、こんな所にいていいのかい?」


「どういうことだ?」


「チェックイン」


  それを言われた時、俺は口をあんぐりと開け、ジェスチャーで「やばい!」と身振りをする。


「だったら急いで行くとしよう。」


「だな!」


 走って受付の小屋へ向かう。木なのにジメジメした肌触りの扉を開ける扉は鈍い音をしながら開けられる。


「いらっしゃいませ。」


 カビ臭い小屋の中、受付に立っていたのは初老、というよりかは50から60歳ほどのお婆さんが少し腰を曲げて頑張って立っていた。


「すみません、宿の予約をしたものです。名前は木野 ひろきです。」


「木野さんですね・・・・少々お待ち下さい。」


 お婆さんは指に唾を付けてメガネを掛けて確認する。


「本日15時からでよろしかったですか?」


「はい。」


「では、すぐ案内しますね。」


 鍵を取り出しヨボヨボと歩く。大変そうに歩くお婆さんの背中が何処か寂しそうに見えた。







 バンガローの説明を一通り聞く。


「以上ですが、ご質問ありますか?」


「特にありません。」


「そうですか。」


 お婆さんは、笑顔で答える。


「所で・・・ここはどういう経緯で選んだのですか?」


 おばあさんの唐突な質問に少し言葉を詰まらせる。そういう質問は先にしてくるはずなのだが、なぜこのタイミングで?


「・・・・安かったからですよ。」


 ここで探りを入れるために嘘をついてはいけない。寧ろ、素直に話したほうが好印象だ。


「それは、それは、ありがとうございます。ここは近くに川があって自然に囲まれ、良いところではあります。ですが、注意してもらいたいことがあります。」


 お婆さんは、笑顔を崩してはいないが、空気が変わる。直感だが、この先聞くことは自分にとって茨の道への誘いだと思ってしまう。


「注意することは・・・・なんですか?」


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