第40話 詩が繋ぐ過去と未来

詩の合宿を終えてからしばらく経ったある日、千草は大学での生活が少し忙しくなっていた。授業やクラブ活動に追われる中でも、詩を書くことは欠かさず続けていたが、最近は少し詩を書く時間が減っていることが気になっていた。


「忙しいって理由で、詩を書けなくなるのは嫌だな…」

千草はある日、大学のカフェでノートを開きながらそう思った。


「どうしたの、千草ちゃん?元気なさそうだけど」

隣の席から、香織が心配そうに声をかけてきた。


「ああ、香織ちゃん。最近ちょっと忙しくて、詩を書く時間が取れなくなってきてるんだ。それがちょっと悩みで…」

千草は正直に答えた。


「そっか…でも、詩を書くことが千草ちゃんにとって大事なら、無理してでも少しだけ時間を作ってみたらどうかな?たとえ短い時間でも、書くことで気持ちがスッキリするかもしれないよ」

香織は優しく励ました。


「そうだね…ありがとう。やっぱり私は、詩を書くことで自分を取り戻せる気がするから、少しでも時間を作って書き続けたいと思う」

千草は香織の言葉に勇気づけられ、ノートにペンを走らせる決意を新たにした。


その日の夜、千草は久しぶりに静かな時間を作って詩を書こうと思い、ノートを開いた。ペンを持つと、自然とこれまでの思い出が浮かんできた。詩のクラブの仲間たち、ポエムの会での経験、香織との再会、詩の合宿で感じた自然の美しさ…。すべてが今の自分を形作っていると感じた。


そして、ふと過去のことを思い出した。千草が初めて詩に向き合ったのは、中学生の頃だった。当時、彼女は家族の転勤で見知らぬ街に引っ越し、新しい環境に慣れるのに苦労していた。そんなとき、何気なく書いた詩が彼女の心を救ってくれたのだった。


「最初の詩」


誰も知らない街に

一人で立っていた


誰も知らない人たちの中で

自分が小さく見えた


それでも、風は同じように吹き

空は同じように広がっていた


そんな風景の中で

私はただ、詩を書いた


言葉を紡ぐことで

私は自分を見つけた


その頃のことを思い出しながら、千草は自分の人生にとって詩がどれほど大切な存在であったかを改めて実感した。そして、今の自分があるのは、あのとき詩を書くことで心を保てたからだと気づいた。


次の日、千草は詩のクラブの集まりでこの思いを仲間たちに話すことにした。彼女が詩の原点を語ると、メンバーたちは静かに耳を傾けていた。


「詩を書くことは、私にとって心を保つ手段だった。だから、これからもどんなに忙しくても、詩を書き続けたいと思うんだ。詩が私をここまで導いてくれたから、これからも詩と共に歩んでいきたい」

千草がそう話すと、佐藤が穏やかに頷いた。


「千草さんの気持ち、すごく分かるよ。詩を書くことで、自分の心が軽くなったり、誰かに伝えたい思いが形になったりする。だからこそ、詩はただの言葉じゃなくて、心そのものなんだよね」


「そうだね。私も、詩を書くことで自分の気持ちが整理されるんだ。それがどれだけ大切なことか、改めて考えさせられたよ」

香織も共感しながら微笑んだ。


その後、メンバーたちはそれぞれが詩に向き合った理由や、詩を書くことで感じたことを共有し始めた。自然の美しさに触れた瞬間や、人との出会い、日常の中のささやかな感動…。すべてが詩の中に息づいていることに気づいた。


その日の集まりの終わりに、千草は一つの提案をした。


「今度、みんなで『詩の原点』をテーマにした詩集を作ってみない?私たちがどうして詩を書いてきたのか、どんな思いで今も詩を書いているのかを形にしたいんだ」


「いいね!それなら、私たちそれぞれの詩の歩みが詰まった一冊になりそうだ」

佐藤が賛同し、他のメンバーも嬉しそうに頷いた。


「私も賛成!詩が私たちを繋いでくれたからこそ、詩の原点を振り返ることはすごく大切だと思う」

香織も興奮気味に言った。


こうして、千草たちは「詩の原点」をテーマにした詩集を作ることを決めた。それぞれが自分の詩の出発点を振り返り、その思いを詩に込めることで、詩がどれほど彼らの人生に影響を与えてきたかを共有しようとした。


数週間後、詩集のための詩が少しずつ集まり始めた。千草は、自分の「最初の詩」を載せることを決めた。それが彼女にとっての原点であり、詩がどれだけの力を持っているかを証明するものだったからだ。


詩集が完成した時、千草はその一冊を手に取り、改めてその重みを感じた。詩が彼女の人生を導き、多くの人々と繋げてくれたことに感謝の気持ちが溢れていた。


「この詩集が、誰かの心に響いてくれるといいな…」

千草はそう呟きながら、詩集を手にした。


詩の力がどれだけの可能性を秘めているのかを知り、これからも詩を書き続ける決意を新たにした千草。詩が繋ぐ過去と未来、その力を信じて彼女は新たな一歩を踏み出していった。


詩が導いてくれた道を、これからも歩み続けていく。詩が彼女の心の中にあり続ける限り、彼女はきっと新たな未来を描き続けることができるだろう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る