十三
「もう一週間くらい、いてくれているらしいけど……どうです? 退屈じゃないですか?」
ここで「退屈です」などと
「幸せです」
その答えが意外だったのか、むず
「それならよかったです。若い人には退屈かと思っていたもんですから。なんにもないところだと言うひともいますからね」
なんにもないところ――そんなところが、この世にあるはずはない。あそこにはあるがここにはない、という言い方はできるかもしれないけれど、なんにもないなんて嘘だ。
周の父をめがけてそんなことを放言する奴がいたのだと思うと、むしょうに腹立たしくなる。
人の生活している場所を、そのように言う奴とは、関わり合いにもなりたくない。何事をも、自分の生活している環境を尺度に論じてしまうような奴とは。
「でも、ここにずっといると、つまらなく感じてくるかもしれない。自分はいま
「どんなところも、ずっといれば、同じような感想が生まれてくるのかもしれませんね」
「そうですね。きっと、そうです」
わたしとの距離感をはかりかねているのか、周の父は、敬語のときもあれば、そうでないときもあった。円の直径がわたしたちの目指すべき距離感だったとしても、いまは、
周の父は、窓の方に足を投げて、上体だけをわたしに向けているのだが、そうしたところからも、わたしとの接し方に対する、心中での葛藤のようなものが感じ取れる。
「わたしは、周くんと一緒にいることができるから、幸せなんです。それに、周くんの好きなひとたちのいるところだから、ここにいることも、幸せなんですよ」
大それたことを言っている気がするが、自然とこの言葉がでてきたのだ。少しのあいだ黙ってしまった周の父だったが、ようやく優しい表情を見せたかと思うと、こう
それならよかったです――と。
* * *
周の父は
夏央さんと
だからといって、
ふたりの関係に、危うさのようなものは感じ取れない。ひびのようなものを見出せない。良い夫婦の一例は、このふたりのような関係を指すのだと思わなくもない。
周が黙って夕食のカレーライスを食べているのを、わたしは横目で見る。ルーとライスの境界線を食して、ライスをルーの方へと押していく。すると、食べ終わったあとの皿が綺麗に見える。このことは、少し前にも、感心したことだ。
それにしても、食器棚にしまわれている食器の数が、わたしの家よりもはるかに多いのはなぜなのだろう。食事のとき、毎回のように不思議に思っている。
そんなことを訊いたところで、
だけど、このことだけは確かだと思われる。使われたあとは、あの食器棚のなかで眠ることが、この食器たちには求められているのだと。
そして、もしわたしが周と結婚したならば、この家の食器を使い生活をしていくことになる。わたしの分の食器を新しく買ったとしても、ここで使い続けるかぎり、あの食器棚の遺伝子が組み込まれることだろう。
これらの食器は、生物である。
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