episode11~段々~

episode11~段々~


キョウに手を取られたまま走った。



だんだん人気ひとけがなくなって、明かりもだんだん暗いところへと向かっている。



「キョウ!!ちょっとキョッッ…」



不安になって何度も名前を呼んでるのに、一度もこちらを見ようとせずに走り続ける。



様子がおかしい…。



到着したのは結局、いつもの鉄橋下の河川敷だった。


そのことに心底ホッとした。



走ったばかりの二人の荒い息が響いた。



「あー…ビックリした。なんだ、ここに来たかったの?久々だね。ここに二人で来るのも。」



キョウが手を握りしめたまま、やっと私を見た。



再び不安が襲う。


試合会場でキョウとキスをしかけて、こともあろうか私もそれを受け入れかけていたところだったから凄く恥ずかしくて気まずくて、なかったことのように振る舞うのが精一杯だった。


でもその間、ひとつの疑念がだんだんと浮かびあがってきていた。



キョウは…私を一人の人として必要としてくれているのか…。



“あの夜”…。


ひどく酔っ払ってキョウを誘ったアレはある意味、それを試していたようなもの。


その時はそんなこと関係ないようにしてくれたけど、月日がたつにつれ、その後キス未遂二回。



確実にキョウから求められつつある。


私のことが好きなのかな…


でもキョウだって男だからそんなの関係なく…


私がただ女だから、そういう考えになっているだけ……とか。


なんてぐるぐると堂々巡りの思考に迷っていた。



だんだんと目が暗闇に慣れてきて、キョウの顔がわかってきた。


試合後に見せた“男”の顔…。



キョウが少しずつこちらに詰めよって近付いてくる。


いつの間にか鉄橋の柱を背中に追いやられて、これ以上。後ろにさがることができない。



試合会場で一度は受け入れようとしたのに、今は迷ってしまっている。



キョウの両手は柱に手をついて、彼の腕に囲まれた。


最初の小さな不安はだんだんと大きくなるばかり。



ねぇ…キョウ?



私が女じゃなくても、一人の人間として必要としてくれる?


私のこと好きなの?


体抜きでも好きになってくれる?



「キョウ…何?」


「…」


「…ちょっと離れ…」



キョウの体を押し退けようとした両手を捕まれ、柱に押さえられ、そのまま口も彼のそれで押しあてられた。


今まで未遂の優しくゆっくりしたものでなく強く激しかった。



「んん~…キョ……ん」



何度も角度を変えて、その間に何度も抵抗の声を出しても、すぐキョウに呑み込まれた。


押さえられた手を外そうともがいても、体を捻ってもビクともしない。



キョウの様子が本当におかしい。


何がいけなかったのか…


彼の本当の気持ちがわからなくて知りたくて、神原さんの話題をけしかけたせいか。


なんでそんな駆け引きみたいなことをしてしまったのか自分でもわからないけど、でも他の人を誉めたらキョウがどんな反応をするのか気になったのだ。


素直にキョウの気持ちが聞けずに、そんな遠回しなことをするなんて自分も大概ヘタレだ。



「……あ…」



ボヤボヤと考えてるうちにキョウの舌が私の口中へと入った。


熱くて柔らかく、少し血の味がする。


歯を何度もなぞられる。


初めてのことで顔が熱くなっていく。



キョウとは思えない荒々しくて遠慮のない舌遣いに全身が火照ってきて、何かを考えるなんて無理なくらい頭が真っ白になっていく。



「ん…んん…はっ…」



キョウの舌が私の舌を持っていく度に甘い声が漏れる。


自分のことじゃないようなどこか現実味が帯びないようなトロける感覚に陥っていた。



「はぁ…はぁ…」



口の中にキョウの血の香りが移った頃、お互いの顔を離した。


いつの間にか両手を解放されていたけど、すっかり力が抜けてダランとなっていた。


そして力が抜けてしゃがみそうな私をキョウが支えていた。



「はぁ…はぁ」



言葉も言えず、キョウの顔をただ見ていた。


こんなタイミングで、こんなこと思うのも変だけど、今、キョウがめちゃくちゃ格好良く見える。


不思議。


心臓が破れるんじゃないだろうかと思うほどに激しく鼓動を打った。



あぁ、やっとこれがキョウとのファーストキスかぁ…



そう心のどこか冷静でありながら、感覚は遠いところにいた。



ドクッ



しかしボヤけた夢見が一気に覚醒した。


キョウの大きな手が私の胸を包んでいたのだ。



「…ッッキョウ!!ダメ!!」



でもその言葉とは裏腹にキョウの顔はマフラーをとられた私の首元に埋めて口付け始めている。


胸にある手の動きも止めない。


必死にキョウの肩を押しても力が入らない。


残りの手で腰が引き寄せられる。


キョウのキスは首、鎖骨、もう一度唇へとチュっと短くを音をたてて何度も何度もされている。



バクバクバクッッ


さっきのトロけるのとは違いだんだんと目が覚めていき、ただ焦っていく。



「キョゥ…はっ…お願い!!待っ……やぁ…あ…」



初めてのことで免疫のない私はキョウの攻めにバカみたいに反応してしまう。



恥ずかしい。



キョウの手が直に服の中に入っていく。


ビクっと体を震わせても、冷たい手はスルスルと中へ中へと進めていく。


本気でマズイと思った。



「キョウ!!ダッッ…あ…」



キョウのキスはだんだんと下降していく。


逆に服をだんだん上へと持ち上げられ、その手で肌をなぞらえる。



キョウは初めてじゃないのかもしれない。



だんだんと…


だんだんと…



最初の疑念が膨らみ続ける。




ねぇ…キョウ?


私のこと好きなの?


体抜きでも好きになってくれる?


ねぇ…キョウ?



私が女じゃなくても


一人の人間として


必要と


してくれる?



キョウの右手がブラの下から入ってきた。


そのまま下半分の膨らみをなぞる。


指先が突起に触れた瞬間、堪えてたものが弾けた。



「…うっ…うっ…いやぁ…」



顔を上げたキョウと目が合ったような気がするが涙でボヤけた。


全身がガクガク震えて止まらない。



「たえ…こ…さん。」


「や……いや……やめて…」



こどもみたいに嫌なことを泣いて拒むなんてそんな自分がウザいけど、涙を止めることができなかった。



「キョウ…い…嫌なの…。」


「…はい」


「嫌…」


「…はい」



ねぇ…もし私に体の利用価値がなかったら、あなたは離れていくの?


もしそうなら、好きになっている私は全てをあげてから、捨てられるのが怖くて仕方がないよ。


そんなの嫌だ。


傷付くのが怖い。


それとも繋ぎとめておくために抱かれた方が楽?


こんなに好きなのに、それで抱かれるのも辛すぎる。


傷付くのは嫌だ。



手が服の中から抜かれる。



「嫌…なの…」


「…すみません。」



謝ってる。


あぁ…いつものキョウだ。



力が抜けてその場でへたりこんだ。



「すみません…珠恵子さん。」


「…うん。」



キョウも一緒に座りこんだ。



「ごめんなさい…珠恵子さん。でも俺もう無理です。」


「…無理?」


「俺…珠恵子さんの話し聞いて、珠恵子さんは『今のままでいたい』ってのわかってるんですけど…」


「…」


「珠恵子さんの気持ち…わかってるんですけど…」



嘘…


キョウは…


私がキョウを好きなこと…知ってたの?



「…珠恵子さん…俺…」



両手を地につけ、砂利を握り締めているキョウが…



泣いていた。



「珠恵子さん…もう…あなたには…




…会えません。」




呼吸が止まった。



「珠恵子さんが今のままいたいと思っても、あなたの願い…俺じゃ叶えられません。」



なにこれ?


私…フラれてる?



「俺はずっと…同じ気持ちじゃいられない。俺はあなたが傷付くことをどんどん望むようになる…」



キョウ…


私は変わらず、ずっと一緒にいたいと思うのにキョウは嫌なの?



やっぱり体が無理なら一緒にいたい私の望みは受け入れてもらえないの?



涙が再び溢れた。


口を両手で押さえ嗚咽を堪えるが涙が止まらない。



私はバカだ!!!



こんなことなら拒むんじゃなかった!!!!


傷付くのを怖がらずに、自分が傷付いてでもキョウと繋がっておけばよかった!!!



バカみたいな考え。


でも本気でそう強く思った。



「キョウ…嫌…キョウ!!!」


「…ごめんなさい。俺が我慢してれば…あなたの傷…守れたのに。」



傷なんて守らなくていい!!


抱いていいから会わないなんて言わないで!!



嗚咽が止まらなくて言葉が出ない。



「…ごめんなさい、ごめんなさい。でも俺…珠恵子さんが…好きです。」



そんな慰めみたいなフォローはいらない!!


いらないから…お願い!!



溢れ出る涙で頭の中がだんだんわけわからなくなる。



キョウも泣いている。



キョウの両手が私の両頬を包む。


親指で涙を拭われ…



「珠恵子さん…好きです。好きです、好きです…」



え?




優しくキスされた。


先程のキスがどんなのか忘れたみたいに優しいキス。



どんな激しいそれよりもたった一回の優しいキスは長い時間に感じた。



…キョウ?


なんでキスするの?



キスを止め、互いのおでこを引っ付けたまま見つめあった。



瞳を閉じたキョウが囁いた。





「…さようなら。」



体中が急に冷えた。


それはキョウが離れたからだと思ったのは、キョウがすでに歩き出した時だった。



背中を見せてゆっくりと去っていくキョウはだんだんと小さくなっていった。


キョウが


小さく小さく


消えるまで


私は座りこんだまま


ただ見ていた。

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