8.百合の覚悟
「全然、終わらない〜!」
アルがクロに愚痴をこぼす……いや、吐き捨てる。
「まあ……そうね」
2人は、リンに頼まれた旧校舎の掃除をしている。昨日から。
「だって、リンちゃんは、こんなに時間がかかるなんて言ってませんでしたよ!」
旧校舎は小さい……とは言ったものの、普通に田舎の小学校レベルの大きさはある。
まあまあ大きい建物の大掃除なんて、少女2人が一生懸命働いても、一日二日では終わるはずもない。
「……あの人はああ見えて、私たちに雑用を押し付けてくるタイプなのよ」
もしかしたら、本人に聞かれているかもしれないと思い、クロもこれ以上は言わないようにすることとした。
「うう〜これじゃ明日も一日中掃除ですよ〜」
旧校舎の中は、彼女らの予想以上に散らばっていた。
机や椅子は散乱し、ゴミもそこら中に落ちている。
おそらくもともとは、不良などがたむろっていた場所なのだろうと、クロは考察した。
しかし、その考察は外れていた。
「……そろそろ帰りましょ。文字通り日が暮れるわ」
「そうですね。明日はネオさんでも連れてきましょう」
「そうね……ん?」
クロは昇降口から校舎を出ようと、大きなドアを開けようとした。
が、クロが力を入れて引いても、びくともしなかった。
「……どうしたんですか?クロさん」
クロは少し考えてから、
「……アルさん、裏口ってどこにあったかわかる?」
「??……う、裏口ならあっちにありますけど……?」
この頃から、
アルも状況を薄々理解し始めた。
「それと……アルさん、今、銃は持ってる?」
「護身用の
2人は裏口まで歩いていく。
「……やっぱり」
クロは、ガチャガチャとドアノブを回そうとしながら、そう低く呟く。
「……出入り口なら、まだいくつか……」
「いえ……試す必要はないわ……」
クロは静かに腕を上げ、人差し指ドアに向け、指先に光を貯める。
「……っ」
クロの腕が、反動で動いた瞬間、「ボンッ!」という音とともに、2人は一瞬の光と一瞬の熱を感じた。
爆発系魔法だろうか。クロはドアに向かってそれを撃ち込んだのだ。
「え?え?」
と、驚きを隠せないアルとは対象的に、表面上だけは落ち着いているクロは、煙の先を見て、
「……まあそうよね」
と、呟く。
本来破壊されるはずのドアは、傷一つ増えていない、無傷だ。
「ど、どういうことですか……?」
「結界……それも、なかなか強度のものね……」
クロが魔法を撃ち込んだ部分には、六角形の青いバリアのようなものが浮かび上がってくる。
「じゃあ……魔物……ですか……?」
初めての状況に心底戸惑うアルを横目に、クロは考える。
「いや……魔物には、結界を張るほどの知性はないはずだわ……それに、学園都市内には魔物は入ってこれないはず……」
「ということは……」
「……人間……魔法使いかも……」
「な、なんで魔法使いが!?」
「私にもわからないわ。……でも、一つ言えることは……」
ゴゴゴゴッ……
地響きのような音が聞こえてきた次の瞬間、2人の立つ場所の天井が一気に崩れる。
「っ!」
「クロさんっ!」
そして、二階からは5体ほどの魔物が降ってきて、2人に襲いかかる。
「……《リフレクション》」
魔物たちは、炎系の魔法を撃ってきたが、クロにはあまり脅威ではないようで、魔物たちの魔法を、すべて反射し、撃ち返す。
それに当たった魔物たちは、声も出さないで、すうっと消えていく。
「私はどうすれば……!」
見てるだけじゃダメだと思ったアルは、クロにそう聞いてみる。
「アルさんは何もしなくていいわ。私が全部……」
クロは一瞬だけ、アルの方を見てしまった。
魔法を使う者同士の戦いでは、その一瞬が命取りとなる。
「クロさんっ!!」
「うぐっ……!」
クロに銀色の液体が纏わりつく。
クロの使うタイプの特殊魔法系統は、特殊攻撃にとても強い。特殊魔法は、基本的に《リフレクション》で反射できるからだ。
しかし、反射することのできない物理攻撃には、弱く出ることが多い。
今回は後者の魔法がきてしまったので、クロは対抗することができなかった。
(この色……この感じ……)
クロは、自分に纏わりついた液体を見て、あることを思い出す。
幼少期に、誤って古い作りの体温計を落とし、壊してしまったときのこと。
そしてクロは気づいてしまった。
今自分にかかっている液体は、その体温計から出てきた液体に、とても酷似しているということを……
「……!アルさん!なるべく空気を吸わないで!」
「!!」
「おそらくこれは水銀……人体にとっては‥‥」
「猛毒……!」
アルも、気づきたくもなかったことに気づいてしまう。
「く、クロさん……」
アルは涙目になりながら、クロを見る。
「大丈夫……私もこのぐらいの毒に対抗するぐらいの治癒魔法は使えるわ……でも、問題はそこじゃない……」
クロは知っていた。
この手の魔法の使い手は、こんなものでは終わらないことを。
「んっぐ……そう来るのね……っ」
急に水銀が固体になり、クロの動きを一部止める。
通常、水銀の融点はマイナス38℃で、固体に状態変化することなんて、日常生活ではそうそうない。
でも、これは魔法で作り出した、普通じゃない水銀なのだ。普通の考えではダメなのだろう。
クロは考えた。ひたすら考えた。
打開策を。
「……クロさん……私、倒してきます……親玉を……!」
「そんなのダメ……!」
アルに行かせることも、クロも確かに考えてはいた。
でも……
「……それしか方法はないです……行かしてください」
廊下の奥の方からは、また魔物が近づいてきている。
アルはクロの返答を待たずに、腰から
「……私は……もう……誰も失いたくないの……」
半分くらい涙声のクロは、アルにようやく本心を告げる。
「大丈夫です。私、結構強いですから」
アルは、ニカッとクロに笑ってみせた。
アルは銃をしっかりと握り、冷たい金属の感触を手に伝えながら、一度引き金に指をかける。
呼吸がゆっくりと深くなり、心臓の鼓動が一瞬静まるのを、アルはきめ細かに感じた。
それから、アルはプレスチェックを行ったあと、軽く銃を叩いてから、勢いよく魔物たちに向かって走っていった。
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