5-2

 full moonヘビー級チャンピオン、スープレックス・アルエス。元レスリングの選手で、その名の通りスープレックスが巧みである。総合格闘技のこれまでの戦績は13勝2引き分け。

 アルエスは元々は別の団体で戦っていたが、full moonの看板選手として迎え入れられ、期待通りの活躍をしている。「勝つほどに人気を得てきた」選手なのである。

 それに対してクレメンスは、評価の分かれる選手だった。勝ってはいるが、本当に格闘技の技術があるのか、よくわからない。かと言って力任せなのでもない。とりあえずタフで、耐久力があるのはわかっている。

 新しいヒーローを求める声もある。しかしどちらかと言えば、人々はアルエスが「本物の強さ」を見せつけることを期待している。クレメンスはやられ役なのである。

「みんな、お前の方が弱いと思ってる。ある意味、気楽に行ける状況だ」

 試合前の控室。ジムはクレメンスの肩に手を置いた。いつも通り落ち着いているクレメンスだったが、いつも以上に寡黙でもあった。

「……」

 椅子の上のクレメンスは、遠くを見ているようだった。

「どうした。いつもと少し違うな」

「映像の中のアルエスは、俺より強いと思った」

「そうだろうな」

「怖い」

「そうだ、試合は怖いさ」

「そういうものか」

「そういうものだ」

「ジムは……みんなはそういう思いで、戦ってきたのか」

「そうだ」

「怖いが……それなら納得だ。そんなんじゃだめだと言われるのかと思った。俺は、日の当たる場所の人間じゃない。陽気な振舞い方を知らない。だから、ただ全力を尽くすしかできない。面白くはならないだろう」

「いいさ。そういうのは、チャンピオンの方が考えればいい」

 ジムはクレメンスの肩を数回軽く叩いた。

「そうだ。あっちはレスリングで世界を制したこともある男だ。日の当たる場所出のやり方は十分知ってる。お前を面白くするもしないも向こう次第だ」

 スラン会長も、クレメンスの背中を叩いた。

「ありがとう」

 クレメンスはそう言って、ジムとスランをまっすぐと見た。



 クレメンスにとって初めてのメインイベント。会場に空席はない。

 ジムは、目を細めた。いつになくまぶしかったのである。

「カウンターにこだわるなよ。投げて倒されたら不利だ。アルエスは投げるだけでも決められる力がある」

 セコンドのスラン会長が、唾を飛ばしながら言う。

「はい」

「クレメンス、行けそうだな。いい顔だ」

 今回はジムもセコンドについている。スランいわく、「ジムは最強の布陣の要」とのことだった。

「行ってくる」

 運命のゴングが鳴った。

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