第30話 キラースクリーマーへの想い:ゆん視点

ゆん視点


 助けられた。しくった。ほんと不愉快。


「あんたが叫べよ。キラースクリーマーってんならさぁ!」


 あれじゃ、ゆんが助けられたみたいじゃんか。

 ゆんはダンジョンから帰ってきた。挨拶なんてしてやるもんか。有名になったからって調子に乗っちゃってさ。


「はああああ」

「ん? 優希じゃないか。戻ったんだな。無事で何よりだ」

「あん? ゆんをそっちの名前で呼ぶな! 何回言ったらわかるんだよ」


 お互い探索者をしている友だちの郷寧念燃の声で1人じゃなかったことを思い出す。


「ん? いや合って」

「合ってない! いいから直せ」

「ああ。悪い悪い。ゆんだったな。間違えた」

「わざとだろ。いつも優希って呼んでるじゃん」

「いやぁ、そんなことはない。が、優希でも間違いじゃないだろ?」


 黙ってにらみつけると降参とでも言うように寧念燃は両手を挙げた。


「いいよね、寧念燃は、寧念燃なんてかわいい名前してて」

「そうか? 音の響きだけだろう。私は優希って名前が好きだぞ」

「ゆんは嫌いなの。かわいくなーい」


 本当に、どうしてこんなガサツな子が寧念燃なんて名前で、ゆんは優希なんて名前なの。世の中理不尽。


「で、無事を知ってたってことは、寧念燃も見てたんでしょ?」

「それは友人が何かしてるんだからな。それ関連はもちろん見てる。キラースクリーマーの配信のことだろう? ここ最近じゃ見ない探索者はいないものだが、私としては二重に見る理由があった。私だって探索者の端くれだ。見ないわけにはいかない」


 寧念燃はこういう性格だ。真面目で努力家で、それで鍛錬を惜しまない。ゆんのことはあくまで友人として対等に見てくれている。だから、なんだかんだと一緒に住んでいるわけだけど。


「落とせなかった」

「だな」


 そして、ゆんの趣味も知っている。

 ゆんはかわいい女の子が好きだ。寧念燃もかわいいけど、性格がイマイチだから本命じゃない。

 ゆんとしてはもっとかわいい女の子に養ってほしい。甘えたい。チヤホヤされたい。

 というところで、優秀な探索者の女の子を落として回っているのに、今回初めてダメだった。


「今まで落とせたことなんてなかったのに。くーやーしーいー!」

「記憶が改竄されてるぞ。結構な頻度でそう言ってるじゃないか」

「うるさいうるさい。そんなにミスってないもん。今回ほどひどくないもん」

「まあ、あそこまでの醜態をさらすことはなかったな」

「うるさいうるさい!」


 今まで少しずつ作り上げてきたゆんのセルフイメージがゴブリンと叫ぶ女のせいで全部ぶち壊された。

 あの女さえ、キラースクリーマーさえいなかったら、ゆんはずっと女の子の胸の中でぬくぬく暮らす夢を見続けられたというのにぃ……。


「うなっているが、うまくいったことのほうが少ないのだし、ドンマイドンマイ」

「そんなことない。ゆんは失敗しない」

「まあ、逆に落とされた事例だけを失敗と見るなら今回が初めてかもしれないな」


 恋愛に無頓着だと思っていた寧念燃が落とした落とされたなんてことに言及していて思わず固まってしまった。聞き間違いじゃなさそうだ。目までまんまるに開いちゃう。


「え、誰が? なんの話?」

「とぼけても無駄だぞ。世にどんな風に受け取られたか、私は知らない。が、ゆんと長く付き合ってきた立場から言わせてもらえば、確実にゆんはキラースクリーマーのことを意識しているな」

「え? 何? 寧念燃って冗談言えたの?」

「おっと。私が冗談言えるようになったと思うか?」

「無理でしょ。バカ」

「そうだとも。直線的な性格は誇りだからな」


 何? ゆんがあの叫び女に落とされたって? 惚れてるって? 意識してるって?


「絶対ない。ありえない。断じてない。100パーない」

「そこまで否定するとは余計に怪しい」

「そんなに言うなら証拠。証拠を提示して」

「証拠かぁ。もう認めてるような言い草だろうに」


 悩む寧念燃はやっぱり当てずっぽうで言ってるみたいで、すぐに言葉は出てこない。


「やーいやーい。嘘つきー。バーカバーカ」

「そもそも、うまくいったなら、私をホテルに追いやって、この家に女の子を連れ込むだろう? 今回はそうしないで私に話を聞くように言って連絡してきたじゃないか」

「う……いや、でも」

「あと、いつものゆんはトチってもそこから機転を利かせて続行するじゃないか。今回はそれがない」

「それは……」

「他だと、逃げ帰ってきているな。次につなげるつもりなら、もう少し場を整えてから帰ってきてもいいものを、その場にすらいられないほどにショックを受けている。とまあ、この辺りかな」

「違う違う違う。ゆんの態度はそんな、惚れてるとか、好きになったとか、そんなのとは全然違う。ち、違うから!」


 グリグリと頬に指を押し当てて違うことを示してあげる。

 寧念燃なのに、いつものゆんを知ってる寧念燃なのに、何だっての。予定外だってそれくらいわかってたし、その後だって……。


 エテちゃんもゆんの言うこと聞かなくなっちゃったし……。


 知らない知らない! みんなのことなんて知らない!


「絶対あのキラースクリーマーはゆんがものにして見せるんだから」

「おや、会いたくないんじゃないのかい?」

「こうなったらとことんだよ」

「しかし、そこまで本気になるなんてめずらしいな」

「なってない。いつも通り。絶対惚れさせてやるんだから」

「惚れてるじゃないか」

「絶対違う!」

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