金儲けをする炭坑夫

 この世には金を使う人間と、金に使われる人間がいる。今から紹介する人物は、少なくとも後者であることは間違いないだろう。

 その男は埃まみれの炭鉱で労働者として働いていた。

 そこでは相対的に一人の命は軽くなるため、給料は決して高いものではない。給料は光熱費や食費で半分になり、残ったそれも交通費でまた半分になる。

 そんな男は町にいた。今日は給料日のようだ。給料日には町に楽しみをしに行くらしい。

 男はピンク色のネオンサインに向かって歩いている途中で、とある物売りの前を通った。

 男の視界に物売りは映っていなかったが、その他の五感は全て物売りに反応した。人間というものは元より、限定、割引、そして奇妙に引き寄せられるものだからだ。

 物売りは、小石が目立つ地べたに薄い布を敷いたその上に、錆びた貯金箱をいくつも並べて座っていた。

 -strange-――貯金箱には赤錆に隠れて、そう書かれていた。

「その貯金箱、奇妙とはどのように?」

 男が聞くと、物売りは、粘度の異常に高くなった唾液で塞がれた唇を、まるで腹話術かのように開いて説明をし始めた。

 すると、たちまち男のその瞳が、輝く金粉が舞い落ちるようにきらめいた。

「それ、おいくらですか?」

 返ってきたのは、値段はそちらで決めてくれて良いという解答だった。

 男は疑問に思わない。

「なら、その貯金箱ください」

 男が差し出したのは、残った給料のまたその半分だった。

「まいど」

 男は直帰、日が落ちた家の中で貯金箱を振ってみる。

 カラン、と硬貨一枚の音がして、再び家は静寂に包まれた。

 男はなんだか無力感に襲われ床につく。


 次の日、男は脳みそ空っぽで炭鉱へと向かい、家には誰もいなくなった。

「ありやとやーしたァ!」

 男はその言葉を背に受けながら、変わらない五目おにぎりを持ち、コンビニの自動ドアを後にした。

 そして日が沈みきらないうちに、玄関から男は入ってきた。扉が閉まると、窓は小指の先でさえ漆黒に包まれるほどの暗闇になっていた。

 男は疲れた体を床に投げて、そのままに寝ようとしたが、微睡む意識の中で貯金箱のことを思い出した。

 どうせ……とは思い昨日の自分を嘲笑いつつも、窓際に置かれた貯金箱を振ってみる。

「……」

 硬貨の音は二つになっていた。

 そして、男の瞳に少しだけ希望の色が見える。


 それから一週間がたった。

 夜遅く、親友が瓦礫の下となった男はいつもの通り、すぐに貯金箱を確認した――――!

 重い、重いぞ! 音も格段にうるさくなっている!

 今までは我慢していた男も今日ばかりは待ちきれず、金属の縁で血を撒きながら貯金箱を開ける。

 そこには百円が二つ、五十円硬貨が一つ、五と一円の硬貨がそれぞれ一つ入っていた。

 男は家を飛び出し、変わらない物売りの元へ駆けつけた。

「えっと、この中に入っているお金で貯金箱を二つください」

「まいど」

 これを繰り返して金をうず高く手に入れたにもかかわらず、全く見た目が変わっていない、むしろ見窄らしくすらなった男にふと、同僚がこう聞いた。

「その稼いだお金は何に使うんです?」

 男は笑った。

「そりゃ、貯金箱を買うためさ!」

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