カラーズ
朝雨さめ
プロローグ
「次は新宿御苑前、新宿御苑前です」
聞き慣れた車内アナウンスで目が覚める。
常に寝不足気味な自分の耳が職場の最寄り駅をしっかりとキャッチし、頭を覚醒に導く度に苦笑してしまう。これも職業病というものなのだろうか。
電車を降りて、最寄りの出口を確認するために駅中の行先表示を確認する。
車内アナウンスとは裏腹に、これは何度来ても慣れない。
やはり生来の田舎者に都会という場所は適していないのだろうなと、知らない交差点の名前を確認しながら思う。
田舎にある実家から出てきてもうすぐ三年になる。
東京生まれの人間は慣れ親しんでいるであろう地下鉄というものも、実家にはなかった。というより、そもそも電車がなかった。
公共交通機関といえば専らバスで、それも日常的に利用するかといえばそうではなく、遠出をするときは母の運転する軽自動車の後ろに乗せて貰っていた。
それも小さい頃の話で、思春期を過ぎたあたりで元から折り合いが良くなかった母親との関係が悪化し、高校に入ったあたりで、それもなくなった。
もしも母親があの何もない場所ではなく、東京で生まれ、自分を育てていたとしたら、この今ある地獄はこの世界に顕現していなかったのではないだろうか?
そう思わない日は無い。
地上に出てイヤホンで耳を塞ぐ。
特に音楽の好みはない。流行している曲をサブスクで聴いているだけだが、出勤前はこうでもしなければ歓楽街の独特な雰囲気に押し負けそうになる。
イヤホンからは最近話題になっていた朝ドラの主題歌が流れていた。
今夏の嘘のような猛暑も落ち着き、もうすっかり冬の様相を呈してしまった秋の夜の景色には似つかないなと苦笑する。
目に映るラブホテルや無料案内所を見ながら歌に耳を傾ける。
この歌を作った人も同じことを思ったことがあったのだろうか。
もしも自分に翼があれば今の地獄はなかったのだろうか。
離島故に天候が安定せず、曇り空が多かったあの街から構わず飛んでいける力が自分にあれば。
また叶いもしない願いを反芻してしまったなと自分に呆れる。
落ち込んでいる暇などない。これから出勤なのだ。
ネオンとラブホテルが立ち並ぶ雑居ビル群の一角に差し掛かる。
建物の扉には「coolboy」と書かれている。
僕はこの東京という街でゲイ風俗店に勤務している、売り専ボーイである。
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