第35話

初めは背中の辺りにやたらと体重がかかるなと思っていただけだった。


電車の揺れに合わせて鞄らしき硬い感触が腰に当たり、それから今。確かな感触がお尻に一瞬触れた。



「……、」


「涼?」



どうしよう。生まれて初めてのことで言葉が出ない。


さっきまで意識の100%を目の前に持っていかれていたのに、いつの間にか背後に意識を奪われる。


電車の揺れに合わせて触れては離れ、触れては離れ。だから、これを世間一般の“痴漢”と区分していいものなのか、それともたまたま当たっているだけなのか……判断に困る。


声を上げた方がいいのかもしれない。お尻に触れている手を後ろ手で掴んで、次の駅で駅員さんに突き出す?


でも、もし意図的なものじゃなかったら……。冤罪を生んでこの人の人生を台無しにしてしまったらどうしよう。


考えすぎる性格が仇となる。考えれば考えるほど声を上げる勇気が失われ、あと5駅くらいならもう耐えればいいかの思考に……——なっていたのだが。





「……おい、オッサン。何してんだよ」


「っ、」





グッと腰を抱かれて引き寄せられたと思えば、頭上から声が降った。

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