第32話 斗真と秋の夜長

バイトの帰り道、もう秋なんだなーと思う。

少し冷たい風と、空が澄んで星がよく見えるようになる。

僕はこの季節が好きだ。


帰り道を半分過ぎた頃、秋の空気をもう少し味わいたくて自転車を降りて歩く。


あー、ほんとに空気が澄んで風が心地良い。

目を閉じて立ち止まった。


あ、誰かからメールだ。

リュックからスマホを取り出しメッセージを見るとあのひと、立花秋斗からだった。


「そろそろバイトは終わりましたか?今犬の散歩をしていて、雨の日に会った辺りにいます。タイミングが合えば少し会えますか?」


!!

僕は慌ててスマホを落としそうになる。

急過ぎる。

どうする?

どうしよう。

もう帰っちゃったことにしちゃう?

あ、でも、これで断っちゃったら次いつ会えるかなんてわかんないし。

どうしよう。


もたもたしていると、またメールの通知が鳴る。


「もう帰っちゃったかな。せっかくだから、少し顔を見て帰ろうと思いましたが、また今度。」


…。

まただよ。

また僕の悪い癖だよ。

僕はいつもこう。

優柔不断で自信がなくて、いつもチャンスをうまく活かせない。

でも、今回ばかりはあちらから友だちにって言ってくれてるんだ。

少しくらい勇気をだせ、自分。


僕は慌ててメールを打つ。


「今帰り途中なんで、すぐ着きます。待っていてもらえますか?」


するとすぐに返信が来た。


「待ってます。」


その返信を見て、僕はすぐに自転車に乗り、子どものとき以来の立ち漕ぎをして急いだ。


久しぶりにダッシュで漕いで息が切れそうだ。

それくらい僕は今興奮している。


ほんの少し前までは、こんな展開妄想でもしていなかった。

ただ気になって見ているだけから、話すことができて、さらには友だちにもなれるなんて。

僕の人生で、僕に興味をもってくれた初めての人があの綺麗なひとだなんて。


もう、一生分の運を使った気分。


視界の中に立花秋斗を捉えた。

もう目の前だ。

僕は、自転車を降り、歩いて近づく。

慌てすぎて心の準備が間に合わない。


斗真「あ、あのぅ。」


秋斗「あっ、斗真君。お仕事お疲れ様。急にごめんね。」


斗真「あ、あの、連絡ありがとうございます。」


秋斗「ここの少し先にある公園で、少しおしゃべりでもどう?」


斗真「あ、はい!ぜひ。」


さっきまで夜風が気持ちいいと思ってたのに、全身暑い。


僕と立花秋斗と犬、一緒に公園に向かった。


秋斗「実は、お腹空いてるかなと思って、おにぎりと少しだけおかず持って来たんだけど…。」


顔が綺麗なうえに料理男子…。

スペックが高すぎる…。


秋斗「お家のひと、夕飯用意してくれてるかなと思って、ほんと少しだけなんだけど。迷惑だったかな?」


斗真「いえ、そんな、迷惑なんかじゃないです。」


秋斗「よかった。あ、あのベンチに座って話そうか。」


斗真「あ、はい。」


しまった。

僕は、手ぶらだ。

せめて何か…

何か気の利いたことしなきゃ。

あ!自販あったよね、確か。


斗真「あ、あの、ベンチで座って少し待っててください。自販で飲み物でも!待っててください。」


秋斗「ありがとう。」 


急に誘って大丈夫だったかな。

嫌がられてないか?俺。

友だちになってくれって言って、まともに会うのがこれが初めてなのに。

でも、斗真君のこと、もっと近くでちゃんと顔見て話したかった。


斗真「お待たせしました!どれでも好きなの選んでください。」


秋斗「え?フフッ。」


斗真「え?何か変ですか?」


秋斗「(笑)変じゃないよ。ただ4本て買いすぎだなって。」


斗真「何が好みか聞かずに行っちゃったから…。どれでもお好きなもの、どうぞ。」


秋斗「ありがとう。俺はコーヒーもらうね。」


斗真「はい。」


立花秋斗の足元で犬は行儀よく休んでいる。

真っ白くて可愛いな。


斗真「あの、犬、犬の名前…」


秋斗「ちーちゃんです。女の子、よろしくね。」


斗真「可愛い名前ですね。」


秋斗「ありがとう。今日は急にごめんね。これ良かったら食べながらでも。遅くなりすぎてもお家の人心配するから、食べたら行こうか。」


斗真「はい。では、頂きます。」


秋斗「どうぞ、召し上がれ。」


綺麗な玉子焼…。

一口食べてみる。


斗真「お、美味しいです。僕好みの味…」


秋斗「よかったー。斗真君も玉子焼は甘め派なんだね。俺と同じだ(笑)」


お腹が空いていたのと、ほんとに美味しくて、あっという間に食べてしまった…。

小さい頃の遠足を思い出すな。


斗真「あ、あの、すっごく美味しかったです!容れ物は洗ってお返しさせてください。」


秋斗「いいよ、そのままで。俺が勝手に持ってきただけだから。食べてもらえただけで満足(笑)」


斗真「いえ!そういうわけには。」


だって、ここで返しちゃったら次いつ会えるか…。


秋斗「じゃあ、そうしてもらおうかな。」


斗真「はい。」


秋斗「あっという間に食べたね(笑)もう少しだけ時間大丈夫?」


斗真「はい。」


返事をすると同時に僕の口元に何かが触れた。

って、立花秋斗の手じゃないか!


秋斗「フフッ、口元にごはんついてる(笑)」


こ、これって、映画で見たやつ。

カップルがやってるやつ。

この僕が?

リアルでこれを体験するなんて…。


斗真「す、す、す、すみませんっ。」


秋斗「謝るとこじゃないでしょ(笑)斗真君といると、なんかほっこりするな。」


斗真「僕、うまく話せないし、退屈してませんか?」


秋斗「ぜーんぜん。ねえ、斗真君は前髪短くしないの?」


斗真「え?あ、前髪ですか…。はい。周りからの視線が見えづらいほうが何かといいので。学校で人と話さなければいけないとき、視線が合うのが怖いんで。」


秋斗「そっか。俺ともそう?」


その言葉と同時に立花秋斗の両手が自然に僕の前髪に触れた。

僕はこれだけでもうどうにかなりそうで、心臓が飛び出しそうで動けない。


秋斗「ねえ、斗真君、俺の方を見て。」


何?

無理だよ、目の前のこの人を直視するなんてできない。


斗真「で、できません…。無理です、緊張して…」


秋斗「大丈夫だから。お願い。」


そんな声で言われたら、聞くしかないじゃないか。

僕はありったけの勇気を出して視線を上げた。


秋斗「やっぱり、思った通りだ。斗真君の目、すごく綺麗だ。前髪切ってみない?今度のお休みにでもさ。」


もう話がさっぱり入ってこない。

目の前で見るこのひとは、とんでもなく綺麗だ。

一度見たら目が離せない。


秋斗「あれ?斗真君聞いてる?」


斗真「はっ!すみません、緊張で話の内容が全く入ってきてませんでした。」


秋斗「ほんと斗真君は面白いね。一緒にいて楽しい。あのね、前髪切ってみないって話。」


斗真「髪を切るのはちょっと…。正直床屋も苦手なんで。色々質問されるのが苦手なので。」


秋斗「じゃあ、俺がやってあげるよ。今度俺の家遊びに来てほしいな。」


斗真「無理です無理です!まだそんなにお近づきになれてませんし。今日だってかなり精一杯です、僕は。」


秋斗「それもそうか(笑)もっと仲良くなったら、考えてみてよ。」


斗真「わかりました。」


秋斗「今日は楽しかった、そろそろ解散しとこっか。また誘ってもいいかな。」


斗真「ぜひ、お、お願いします。」


秋斗「それじゃ、俺はあっちなんで、またね。おやすみ。」


斗真「あ、ありがとうございました。お、おやすみなさい。」


僕の心臓がずっとバクバクしっぱなしで止まらない。いっぺんに色々ありすぎて思考がぐるぐるする。

この気持ち、何なんだ。

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