初めて聞く、人間の悲痛な声
――やめろ!――
昼休みの教室。たくさんの聞き取りたくない「声」を無視しながら弁当を食べていた時だ。 能天を突き抜けるような悲痛な叫びに、私はびくんと身体をこわばらせた。
誰? 誰がこんなに困っているの?
声の主はすぐに見つかった。北野君だった。
教室の後ろの方で、数人の男子が北野君を取り囲んでいる。北野君の頬は赤く腫れていた。彼らにやられたのだろうか。
「ゆーれい、お前、本当に男かよ? 何だその声。耳障りなんだよ! それにその顔。ちょっと綺麗な顔してるからって、いい気になってんじゃねーよ!」
「何だ、その目は? やるか、ゆうれいさん」
――悔しい。悔しい!――
北野君の心の叫び。切実なのが伝わってくる。取り囲んでいる男子たちの声は対照的に楽しげだった。
――とにかく困った顔が見たい! もっといじめてやれ!――
――人間サンドバックがいると助かるぜ!――
醜悪な声に私は胸がむかむかするのを感じた。
「ほんと、お前気持ちわりーんだよ。中学生男子だとは思えねえ」
「俺たちが強くしてやるって言ってんだ。有り難く思えよな、ゆーれい」
そう言いながら、一人は北野君の腹を蹴り、一人は顔を殴った。
――痛い! 僕の名前はゆーれいじゃない。夕影だ。余計なお世話だ! 畜生! 何で僕だけいつもいつもこんな目に!――
人間のこんなに悲しい声は初めて聞くかもしれない。
これが世に言う、いじめ?
何とかしたい。でもどうすれば……。
私の苛々した心に反応してか、強い風が教室に入ってきた。カーテンが舞い上がる。運良くそれは北野君を取り囲んでいた男子たちにかぶさった。
私はすかさず北野君の手をとり、教室を飛び出した。
「み、美月さん?!」
走る。走る。走る。
そうだ、屋上へ行こう!
バタム!
屋上のドアを開けた瞬間、気持いい風が頬をかすめた。後ろを伺うが、男子たちは追ってこなかったようだ。とりあえず、ほっとする。
「大丈夫? 北野君」
「あ、ありがとう」
北野君はそう言うと悲しげに笑った。
「なんか僕って情けないね。女子に助けられちゃうなんて。こんなんだからいじめられるんだよな」
今まで保健室にいる時間が多くて知らなかったが、北野君がどこか暗い顔をしていたのはいじめられていたからだったんだ。
「いじめていい理由なんてないと思う。……成長の度合いって、人によって違うから気にすることない。それにきっとあいつらひがんでるんだよ。北野君顔が綺麗だから」
北野君は黙って空を見ていた。
初夏の蒼い空。
何だかその後ろ姿が痛々しかった。
「声」は聞こえるのに、私は北野君に対して何もできない。誰よりも困ってることが分かるだけ。
でも、そんなの悲しすぎる。
なんとかして、力になれないものか……。私から北野君へ出来ること。何か。何か……。
あ! そうだ!
私は北野君の頭に手を当てた。
「え! な、何?」
北野君は驚いたように身じろぎした。
「少しの間、じっとしてて」
「う、うん?」
私から北野君へ出来ること。花を咲かせたように、彼の成長を促せばいいんだ。成功するかは分からないけれど、北野君のために何かしたい! 何もできないままなんて、そんなの嫌だ!
私はしばらく彼の頭に手を当てていた。
「ごめん。もういいよ」
「何したの?」
私はくすりと笑った。
「おまじない。北野君が強くなるように」
「おまじない? 美月さんって優しいんだね。少し元気出た」
「それはよかった。あんな奴らはほっとけばいいんだよ。反応すればするだけ喜ぶ奴らなんだから。ね、負けないで! 少なくとも私は北野君の味方だから! 頼りないかもしれないけれど相談に乗るよ」
人と関わることを避けてきた私にとっては珍しい発言だ。けれど、こんな北野君を見て見ぬふりなんてできなかった。
いじめ自体をどうにかすることは、私にはできそうにない。それでも北野君の味方になりたい。力になりたい。痛みを抱える声を無視したくない。
「うん。ありがとう、美月さん」
北野君は淡い笑顔を見せた。
今まで嫌悪感しか抱けなかった人間。自分もその人間の一人であることがたまらなく嫌だった。
でも。
その人間だって複雑なんだ。さまざまな立場で、さまざまな思いを抱いて生きている。
人間は加害者であるだけではない。北野君のような被害者もいるんだ。
私は人を嫌うことでそんな弱い立場の人を見落としてきたのかもしれない。
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