終章

七日後:

8-1:泡沫

・・・




 この世界には、不思議がいっぱいです。




 空の色が変わるのも、月の形が変わるのも。

 鏡に自分の姿が映るのも、テレビが離れた景色を映すのも。

 鉄が、空を飛ぶことも、海に浮かぶことも。

 キリンの長い首も、ゾウの長い鼻も。

 冷蔵庫が物を冷やせるのも、レンジが物を温められるのも。

 川の水は味がしないのに、海の水だけしょっぱいのも。


 全部全部、理由がわからないけど、当たり前のようにそうなのです。


 それが不思議で、その理由を教えてほしくて、いろんな人に聞きました。



──どうして? なんで? おしえて?



 最初はみんな、考えてくれます。教えてくれます。

 だけど、そのうちみんな嫌な顔になって、離れていきました。



──どうして? なんで?



 私には友達ができませんでした。だから、大人にも聞きます。

 でも、大人の人もすぐに話をやめようとします。





──どうして?






 でも。一人だけいました。


 

 私の不思議を何度も何度も解き明かしてくれた人。

 分かることならその場ですぐに。

 たとえ分からないことも、真剣に考えて答えを出してくれました。


 不思議です。

 なんで私はその人のことを覚えてないのでしょう。

 男の人かも、女の人かも、わかりません。

 年上か、年下かも、わかりません。


 不思議です。

 いつ会ったのかも思い出せない。

 実際にどんなことを話したのかも覚えてないのに。

 何かを聞いて、応えてくれて、嬉しい気持ちになった。

 それだけがわかるのです。


 不思議です。

 教えてもらったはずなのに、何を教えてもらったか分かりません。

 何が分かったのか分からないのに、分かった喜びだけが残っています。


 不思議です。

 絶対に、忘れるはずがないのに。

 私は、その人みたいになりたいと思っていたのに。




 この不思議を解き明かしてくれる人は、どこにいるのでしょう。




 この人のおかげで分かっていることが一つだけあります。


 お話を聞いてもらえるってことは嬉しいこと。


 なら、私もみんなのお話を聞かなくちゃ。

 そう思うようになりました。


 教えて。を我慢して、静かにみんなのお話を聞く。

 それだけで、嫌な顔をする人は、少しだけになりました。

 大人の人たちにも、いつの間にか、いい子と呼ばれるようになりました。


 でも本当は、知りたい不思議がいっぱいあります。


 調べられることは自分で頑張って調べるようになりました。

 それでも、どうしてもわからない不思議はまだまだあるのです。



 私にはたった二人だけ、友達がいます。

 でもその二人は同級生じゃなくて、先輩です。

 小学校も中学校も同じなのですが家がすごく近いわけでもなくて。

 クラブ活動や部活動も全然違って、普通なら接点がありません。

 私たちは、どのようにして友達になったのでしょう。


 二人はとても優しくて、私のお話をちゃんと聞いてくれます。

 もしかしたら、私の不思議の人は、この二人のどちらかだったのでしょうか。

 でも、違う気がします。二人は優しいけど、私の不思議には一緒になってよく首を傾げています。


 二人とはよく喫茶店やファミレスに行きます。

 そこでは、私は紅茶が苦手なのに、アイスティーを見ると頼みたくなってしまいます。

 あと何故かガムシロップじゃなくて、お砂糖を入れたくなります。さーっと、勢いよく。

 そして沈んで溶け切らないお砂糖を見て、私は首を傾げるのです。

 なんでなのでしょう。



 私がいくら調べても、考えてもわからない不思議なこと。


 これを解き明かしてくれる人は、きっとあの人しかいないんだ。


 そんな気がしています。




 私はいつか、あの人と夢の中以外で会えるのでしょうか。












・・・












 おじさんだよ!




 ……といっても、もうどうせ誰も聞いてないんですけどね!

 もはやただの独り言だけどやめたら死ぬから続けるよ!


 それにしてもなんか、別に死なないってわかっててやったってのに。

 おじさん、ちょっと自分でも(あれ、なんでまだ生きてるんだ?)って思っちゃってたりする。


 あのシリアス感の後だからあのままこの世から消えて終わりの方が綺麗なんじゃない?ってのは感じてるよ。

 いやぁ、生き恥晒しちゃってるね。悔い改めて。


 でも、まだやり残したことあるからねぇ。

 というかやっておきたいことというか確認しておきたいことというか。



 おじさんはあれから、途方に暮れている『察知』ちゃんを横目に帰ることにした。


 どこへって? そんなの決まっている。






 、だ。






 でもさー、苦労するのはわかってたけど大変だったねほんと。

 最終決戦のバトルフィールドを割と近場にしたのはいいんだけど……。

 それでも故郷の近くでドンパチするのは気が引けたから多少は離れたとこだったもんでね……。

 普通にたどり着くのに徒歩じゃ丸一日以上掛かっちゃう。


 というか、この先はほとんど未来視えてないし、もう視れないから色んなことが上手く行かない。

 思いのまま力を振るってた時がどれだけ異常だったかわかるね。それが普通なんだけど。


 加えて、いまの自分は誰からも認識されない。

 これが漫画の世界の設定であればエロいことし放題かもしれないけど。

 残念ながらこれは現実なので、んなことできるわけがない。


 まず、自分を認識してくれない人間の力がマジで予想以上にめちゃ強い。

 最初はひと眠りでもしてから朝の電車に乗って帰ろうと思ってたのだけどねぇ。

 朝の高速移動通勤リーマンに、これラグビーでも一発退場やろ……って体当たりを喰らって諦めた。

 正直まだ痛い。そのあと別動隊の通勤リーマンに踏み殺されそうになって這々の体で逃げ出したのも含めて色々つらい。


 流石にあんだけおじさんは死にましぇん!とか言っといてさぁ。

 次の日に普通にのたれ死んでたら、いくらなんでもお話にならないじゃん……。




 ところで『未来』の代償の、干渉できないってのがどのレベルまで干渉できないのかなんだけど。

 一応ほんのちょびっとだけこの辺の未来は視えてたので、、なんてことがないのはわかってた。

 下手したら究極生命体みたいな末路になるところだったかもだけど、まあこれは幸いだよね。


 でも干渉できない、の基準がよくわからんのよ。身に付けてる服は特に問題ないけど、バッグは持てなかった。

 持ってこうとしてもびくりともしないもんだからしゃーなしに諦めて放置してきました。

 色々持っていきたいものとかもあったけど、仕方ないね。

 長い付き合いだったけどあのボストンバッグ君はあそこの物陰を終の棲家にしてもらおう。


 あとなんか、服も脱いだら着れなくなりそうな感じ。

 着てる間は大丈夫なんだけど。


 ……大きな声で言えないけど、おむつ脱いだあとパンツ穿けませんでした。

 ノーパンスタイリストおじさんです。おむつ穿き直すことすらできませんでした。


 あれ、というか脱衣しかできないってなると、これ最終的に絶対全裸おじさんになるのでは……?


 誰にも認識されない世界ですっぽんぽん。やばい。変な扉開きそう。

 というか既に若干、いや、なんでもない。


 なんでもないってば。





 なんでもないって言ってるでしょ!

 終わり! 閉廷! 以上! みんな解散!!





 そんなことはさておき。

 当然、人や動物にも何もできない。

 こっちからぶつかってもびくともしないし、逆に吹っ飛ばされる。

 歩いてる人の肩とか身体を掴もうとしたら身体ごと持ってかれちゃう感じだ。


 あと扉を開けることもできないので建物に自力では入ることもできない。

 あ、いやなんか、くっっっっそ頑張れば開けれるかも。って感じではある。


 この世のすべての扉が試練の門、みたいな?

 かっこよく言ってみたけどただの超絶貧弱おじさんなのよね……。


 世界の優先度が極端に低い、って感じなのかな。レイヤーというか、権限というか。



 そういうわけで、今のおじさんは物もほとんど動かせない、すり抜けもできないクソザコ幽霊状態だ。



 そして、選択が出来ない、という代償も実のところ発生している。

 途轍もない倦怠感。途方もない無気力感。油断すると呼吸すら忘れそうになる。


 こうして、思考も常に回していないと、一切何も考えられなくなりそうだ。

 いつか本当に、何もできなくなって死ぬのかもしれない。



 いーやきっつい。

 なんとなくしかわかってなかったけど、マジでベリーハードだね。


 まああの地獄の追記作業を思えばまだまだぬるいもんだけど。

 いったいあれで、何万年? 何億年? どんだけの未来を見てきたことやら。


 擦り切れそうなほどの体感時間だったから、が無ければ忘れてしまってたかもしれないね。

 だからせめてカバンの中の写真くらいは、持っていきたかったけど……まぁこれから会えるはずなんだ。だから大丈夫。



 でも、みんな、どんな声してたっけか。


 流石に忘れちゃったから、また聞けるのが楽しみだな。

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