三日目:

3-1:無力

・・・




 あれは私の……、私たちの、致命的な失態の話。




 そこは、山間の小さな町だった。

 人口は5000人程度で、山を背にした駅前にほとんどの施設が集まってるせいでそこだけ人口密度が高い。

 駅前は住宅地でもあり商業地でもある。学校も集まっているから通学する子供たちの声が絶えない。

 そんな、どこにでもあるような片田舎の町。




 その町は、ある日、壊滅的な被害を受けたニュースにより、全国的に有名になった。



 それは、連日降り続いた大雨の日に駅の近くの工場で落雷を原因とした大規模な爆発が起き、周囲の建物も連鎖的に爆発炎上したというもの。


 更にはその衝撃が雨で緩んだ山々の地盤を刺激し、発生してしまった大規模な土砂崩れが、火事と爆発から逃げ惑っていた人々に襲いかかった。




──死者344名。行方不明者1256人。重軽傷者多数。




 最悪の偶然が積み重なった、無慈悲な災厄の連鎖。それは、あまりにも被害が大きすぎる未曾有の大事故として今も扱われている。









──だけどそんなものは真実じゃない。








 これは、魔物の特異点がこの町に複数近づいていたことによる、魔物災害だ。

 当時……この時点での私たちは、まだ特異点の存在を明確には認識していなかった。

 でもただ、何か魔物には出現する法則性みたいなものがあるのではないか?程度の仮説は持っていた。

 前回までの魔物の出現状況が段々と首都圏に近づいていたので、だからそちらの方を警戒していた。

 というのは……言い訳でしかないんだろう。


 天候も悪かった。そして、山間の町だということも災いした。

 魔物の声を正確に聞き取れず、通信のトラブルも相まってとにかく大雑把な進路をとって飛んでいくことしかできなかった。
















 ……結果として、私たちは間に合わなかった。

 最も早く現場に到着した私を待っていたのは……燻った煙と血の匂い。

 まるで地獄のような、全てが終わった戦場の跡。



 だけど、それでも、その町はかろうじて死なずに済んでいた。



 この規模の魔物災害は記録的にも珍しいが、決して無いわけでもない。

 そして、この規模の魔物災害にしては、



 その町にとって幸運だったのは、そこには私たちも知らない一人の魔法少女がいたこと。

 その町にとって不運だったのは、その一人だけでは到底対処できない量の魔物が現れたこと。







 そう、私が見たのは、戦いの痕跡。


 雨に打たれる多くの死体。むせ返るほどの死んだ魔物による魔力残滓。




 そして、その中で、雨に打たれながら、膝を抱えていた、虚ろな目の、小さな女の子。








 その日は4月1日のエイプリルフールだった。


 だからといって……その光景は、あまりにも嘘みたいだった。


 無能な私は、町がようやく動き出し、少女が被災者として無言のまま隣町の病院に運び込まれるまでを馬鹿みたいに見ていることしかできなかった。



 彼女はどんな気持ちで、たった一人で戦い続けたのか。

 全てを打ち倒したとき、残されたものにいったい何を思ったのか。


 彼女は紛れもなく英雄だろう。

 でも同時に彼女は、間違いなく犠牲者の一人でもある。


 壊れた彼女をただ見ていただけの私は、いったい何をしに来たというのか。

 あの日の無力感は、あれから1年経った今でも忘れられない。













「はい、飲み物買ってきたよ」


 オレンジジュースを手渡してくれた友人が、自分用の無闇に甘いコーヒーを片手に持ち、ほんの少し気遣わしげな表情でこちらを見ていた。

 きっと、先ほどまで楽しくないことを考えていたのをなんとなく察したのだろう。魔法を使っていてもいなくても、友人はとても勘が鋭い。

 この友人には何も言わなくてもなんとなく通じてしまうのでそれに甘えてしまうこともあるのだけど、それでも何かあったらできるだけ直接伝えるようにしている。

 私は友人のように相手の思っていることを敏感に感じ取ることができないので、直接言って反応を見ないと不安に感じてしまうからだ。


 だけど、このことは私の中に仕舞っておきたい。

 もちろん、ことの概要は友人も知っている。同じ魔法少女なら隠すことでもないし、事例として知っておくべきことでもある。

 だから問題は、私の気持ちの整理だけ。


「ありがとぉ」

「さぁて、先を急ぐよ!」


 そしてそんな気持ちもバレているのだろうけど、そこも察して深くは踏み込まずにいてくれる。

 ああ、本当に……私には勿体無いくらいの友人だ。

 今だって私が何も話そうとしないから、雰囲気をすぐに切り替えてくれた。





「ところで協会本部って行ったことなかったけどどんな感じのとこ?」

「普通の一軒家だよ?」

「えぇ……普通の一軒家かぁ……」


 そう、私たちが今向かっているのは『協会』と呼ばれる魔法少女のコミュニティだ。

 これは堅苦しい組織的なものではなくて、実際は魔法少女同士の互助会みたいな感じ。

 というか、その場所自体、その協会長の自宅だったりする。結構大きい家だけど、組織って感じではない。

 そんな色々ゆるゆるなとこなのだけど全国各地の魔法少女がここに所属していて、お互いの持っている情報を共有している。

 協会本部には『伝達』の魔法少女とよばれる魔法少女がいて、その情報を中継してくれているのだ。

 彼女とリンクを作っておけば、ちょっと魔力を込めてメッセージ送信!と思考するだけで他の人に情報を送れるので結構便利なんだけど……。


「そっか、萌ちゃんは協会とは通信しかしたことなかったよね」

「うん。あといつも思うんだけど、別に普通のスマホとかで連絡取り合えばいいのでは……?」

「それはそうかもだけどねぇ」


 この魔法通信は彼女が寝てたりしようが勝手に中継してくれるらしいので、実質的に私たちがテレパシーでやり取りしてるみたいになる。

 ハンズフリーで離れていても誰とでも自由自在に会話ができるので、これに慣れてしまうといちいちスマホを取り出す動作さえ億劫になってしまうくらいには便利。

 ほとんどの魔法少女がこれで魔法少女同士の情報共有をしてるし、なんかSNS感覚でどうでもいい雑談にすら使っている人もいるらしい。私はやらないけど。

 でもこの魔法通信、当然ながら魔力が無いと使用ができないので通信過多などで中継役の彼女が魔力切れになったりすると、使えなくなってしまう。






 そうだ。あの時も、そうだった。






 あまりにもタイミングが悪すぎる魔力切れ。当時は、肝心な時に使えない彼女に辛く当たってしまった。

 私たちには『魔力変換』というスキルがある。なぜそれを使わなかったのだと。


 魔法少女は自身の魔力を自身の属性に変換してさまざまな固有魔法を使うことができる。

 その逆で、自身の属性を自身の魔力に変換して使うこともできるのだ。

 例えば『熱気』属性の私は、いざとなったら自身の熱、つまり体温を減らして魔力を作り出すことができる。

 リスクが大きい分、この変換効率は非常に高くて、私の場合は体温を1℃消費するだけでほぼ半分以上の魔力を回復することができる。

 そして消費された属性もそのうち自然に回復する。実質的には消費は返ってくる。だけれど、下手に使いすぎると魔法属性を司る魔力核が壊れてしまう。

 そうなってしまうと属性が回復しなくなるどころか、反動で自身の

 属性を失うとはつまり、私の場合は体温を失う。『伝達』の彼女は伝達する力、おそらく声や表現力などになるだろう。

 その結果として待っているのは死か、そうでなかったとしても障害者としての人生だ。

 このことから、魔力変換に忌避感を持っている魔法少女も珍しくはない。


 今、目の前にいる友人だってそうだ。だから、私にはもうそれを責めることはできないし、私が使うことも可能な限りは控えたいとは思っている。

 というか以前に友人を巻き込んでしまって共に戦うことになってしまった時に使って、めちゃくちゃ怒られたから多分もう使わない。まぁ友人が危険に曝されたときは別だけど。



 そんな日が来たら、きっと私は躊躇わずに使うんだろう。私にとって、友人は自分なんかより大事なんだから。

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