第20話 金欠のマリス


 貧民区に通いだして一週間が経過しました。


 朝、私は起床すると自分の私財管理帳簿を見てため息をついてしまう。


「朝から刺激の強いものを見てしまいました……。完全に金欠きんけつです……」


 帳簿を睨むも貯金額はいっこうに増えません……。


 ため息をついてぱたんっと帳簿を閉じる。いつまでも眺めていたい数字ではありませんから。

 貧民区に通いだしてからの一週間、私は市場で大量の食糧を買っていました。他にも衛生を保つために大量の石鹸や、畑の作物をみのらせるために大量の肥料や苗も買っています。もちろんすべて私の私財から購入しています。私は田舎の小国とはいえヘデルマリア王国第一王子の身分なので、それなりに自分の財産を持っていました。


 でもさすがに……、さすがに厳しくなってきましたよ……。


 しかも今は自由が制限された人質の身なので貯金を増やす方法がありません。だからといってヘデルマリアからの援助は一切望めません。


「マリス様、おはようございます。失礼します」


 ふと扉がノックされました。

 侍女たちが朝の身支度の手伝いに来てくれたのです。

 入室を許すと手慣れた動きで朝の支度をしてくれます。

 侍女が衣裳部屋から今日の衣装を持ってきてくれました。五つの衣装が並びます。ここから今日の衣装を選ぶのです。


 …………プレッシャーを……、プレッシャーを感じます……。


 五着のうち四着が帝国で用意された衣装。残りの一着が祖国ヘデルマリア王国から持参していた衣装です。


 ……帝国の衣装を着ろという無言のプレッシャーが……。


 ……私もわかっているんです。困らせているんですよね。

 でも今まで私が帝国に用意された衣装を着たことはありませんでした。

 今日もいつものようにヘデルマリアから持参した衣装を選ぼうとしましたが、その前に侍女がおずおずともう一着持ってきます。


「マリス様、今日はこちらもご検討ください。クチュリエに仕立てさせていた衣装が完成しました。きっとお似合いです」

「っ、これは見事な衣装ですねっ……」


 それは思わずため息が出るほどの衣装でした。

 差し出されたのは上等なシルク生地で織られた翡翠色のローブ。長い裾や袖には銀糸で繊細な模様の刺繍が縫われていました。


 話には聞いていましたが、本当に作っていたんですね……。ちょっと驚いてます。

 こんな高価な衣装を人質の私にわざわざ仕立てるなんて……。


 でも私はいつものように断ろうとしましたが、ハッとしました。

 そうです。王族が身に着ける衣装は高価なものなのです。


「……今日の衣装ですが、せっかく仕立てていただいたのでそれを着ようと思います。これからも用意していただいた衣装を着ていこうと思います。よろしくお願いします」

「マリス様がとうとう!」


 侍女が嬉しそうな声をあげました。

 今までかたくなに断り続けていたので、私の心境の変化に喜んでくれたのです。


「せっかくですから、お気持ちを受け取っていこうかと。せっかくですから」

「クチュリエや針子たちも喜びます! ぜひこれからも御召しください!」

「はい、ありがとうございます」


 私は誤魔化すようににこりと笑いました。

 もちろんこれからは帝国で用意された衣装を着ます。ヘデルマリアから持参した衣装のことは忘れましょう。


 そう、私は持参した衣装や装飾品を売ってしまうことにしたのです。


 ヘデルマリアから持参した衣装や装飾品は私の私財です。自分の私財なら売って金銭に換えても誰にも文句は言われないはず。

 幸いにも衣装は帝国が用意してくれているので、自分が持参した衣装が全部なくなっても困ることはありません。

 純粋に喜んでくれる侍女に少しだけ罪悪感を覚えたけれど、私はたとえ自分の持ち物がすべてなくなったとしても援助をやめることはしません。

 それは前世の記憶を取り戻した時から決めていました。






  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る