第15話 イモダンゴ


 私は麻袋いっぱいの芋を持って城に帰りました。

 土まるけの大量の芋に侍女たちが驚いていましたが、私は構わずに小さな調理場を借りました。ここは軽食作り用の調理場ですが充分な器具や設備が揃っています。


「出来るかどうか分かりませんがやってみましょう」


 私は包丁と芋を握りしめました。

 そう、今から芋でお菓子を作るのです。もちろん材料は少年から買った芋。

 今まで調理場に立ったことはありません。ヘデルマリア王国第一王子の私は包丁すら握ったことがありません。

 でもそれは現世でのこと。

 前世の私は王子ではなく、それどころか貧困家庭の子どもでした。水垢だらけの小さなキッチンに立って少ない材料から料理を作っていたのを覚えています。

 子どもだったので大変でしたが選択肢などありません。そのおかげで学校の家庭科はとても成績がよかったです。学校の給食で料理を知り、家庭科の調理実習で料理の基本を学んだのですから。


「この芋なら、芋団子を作ってみましょうか。芋は小さめですが数があるので大丈夫でしょう」


 私は芋を見つめて目を細めます。

 ……小さな芋。芋が小さいのはきっと土が痩せているからですね。

 少年はどうやら貧困層の子どものようでした。繫栄している首都ですが、帝国民のすべてがその恩恵を受けているわけではありません。華やかな街並みが広がる区域があるように、貧困層が身を寄せ合って暮らしている貧民区があるのです。

 この芋は貧民区の畑で作られた芋のようでした。でも畑の土に栄養が足りていないようで、どれも小さい芋ばかり。

 そしてこの芋を売っていた少年もひどく痩せていました……。


「せめて、おいしい芋団子を作りましょう」


 私は前世の調理実習で習った芋団子の作り方を思い出しながら調理を開始します。

 素材の甘味を引き立てるために甘じょっぱい味付けにしましょう。

 こうして芋団子を手のひらでくるくる丸めていると、ふと声をかけられます。


「そこで何をしている」

「へ、陛下!?」


 ヴェルハルト陛下でした。

 驚きのあまり目を見開いて硬直してしまう。


「ど、どうしてここへ……」


 ここは調理場です。皇帝陛下がくるような場所ではありません。

 でもそんな私に構わず陛下が調理場に入ってきます。

 そして私の手のひらにある芋団子を見ていぶかしげな顔になりました。


「お前こそ、こんなところで何をしている」

「私はその……」

「市場へ行っていたそうだな」

「え……」


 なぜそれを陛下が知っているのですか?

 たしかに外出届は提出しましたが、それが陛下まで届けられるとは思えません。そもそも陛下は人質の管理などしないものです。


「大量の芋を買って帰ってきたと聞いたが」

「も、申し訳ありませんっ」


 青褪あおざめてすぐに謝りました。

 思わず市場で買い物をしましたが、それは陛下の意に反することだったようです。


「……責めているわけじゃない」

「陛下……。ありがとうございます」


 ほっと安堵しました。

 もし芋を捨てるように命じられたら悲しいことでした。しかしそういうわけではないようで安心します。

 でも陛下がじろりっと私を見ます。

 緊張感に視線が落ちそうになりましたが。


「続けないのか?」

「え?」

「途中なんじゃないのか?」

「えっ、あ、すみません……。では……」


 私はまた芋団子作りを再開します。

 手のひらの芋団子をくるくる丸めますが、……やりにくいです。

 沈黙が落ちて、緊張が高まります。気を付けていなければ手が止まってしまいそう。


「得意なのか?」

「え?」

「その、それだ。料理だ」

「……そういうわけではないですが、必要とあらば」

「そうか」


 また沈黙が落ちました。

 陛下がどういうつもりでここにいるか分かりません。

 でもこれ以上の沈黙に堪え切れず、なんとか会話を探します。


「……あの、帝国の市場へ初めて言ったのですが、とても大きな市場で驚きました。運河に添ってたくさんの露店が並んでいて、とてもにぎやかでした」

「そうか」


 陛下が淡々と答えました。

 にぎやかな市場は帝国の繁栄の象徴です。それは陛下の統治手腕があってのものですが、陛下にとっては当たり前のことなのでしょう。


「また市場へ行こうと思います」

「……。……好きにしろ」

「はい……」


 また沈黙が落ちてしまいました。

 でも重い沈黙の中でも調理は進みます。陛下は立ち去る様子がないので困惑しましたが、芋団子は無事に完成してくれました。


「できました。よかった、大成功です」


 おいしそうな芋団子が完成しました。

 前世の記憶をたどっての調理だったので不安でしたが、見た目も味も香りも前世で作った時と同じです。

 見栄え良くお皿に盛りつけると、自然と口元がほころびました。

 今までじっと見ているだけだった陛下がまた口を開きます。


「それはなんだ。初めて見る料理だ。料理名は?」

「これは芋団子と申します」

「イモダンゴ……」

「はい、お芋のお菓子です」

「それをどうするつもりだ。お前が食べるのか?」

「エヴァン殿下に召しあがっていただこうかと」


「え?」

「え?」


 思わず顔を見合わせました。

 …………なにかいけないことを言ってしまったでしょうか。

 陛下は複雑な顔になっていたのです。


「あの、陛下……?」

「……いや、なんでもない」


 また重い沈黙が落ちてしまいます。

 でも今度は陛下が複雑な顔をしたままの沈黙で、私は居たたまれなさに縮こまってしまいそう。


「……あの、もうすぐ殿下の休憩時間になりますので。それでは失礼いたします」


 私は丁寧にお辞儀して調理場をあとにしました。

 陛下がどうして調理場なんかを訪れたのか分かりませんが、陛下と二人きりというのはどうにも緊張してしまうのです。

 私は出来たばかりの芋団子を持って殿下の部屋に向かいました。




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