『夜のみだらな鳥』 ホセ・ドノソ
ブーム世代に至るまで、チリにおける小説というジャンルはほかのラテンアメリカの国々と比べて、不遇であった。アルゼンチンではボルヘス、キューバにはカルペンティエル、メキシコにはルルフォなどなど、ブームに先駆けて多くの小説家が輩出された。一方で、チリにおける文学事情は、いずれもノーベル文学賞を受賞しているチリ人の詩人、ガブリエラ・ミストラルとパブロ・ネルーダにより影に追い遣られてしまっている。
そんなチリにおける小説不遇時代を乗り越えたのが、チリ小説どころか、ラテンアメリカ文学のブーム世代全体を支えたホセ・ドノソの『夜のみだらな鳥』である。本作はタイトルから察せるようなセンセーションを起こしたのみならず、混沌とした人物のナレーションのもと語られる頽廃的な社会の表出と、マジック・リアリズムの典型を成す人物の変身表現等、文壇に大きな衝撃を与えた。
『夜のみだらな鳥』の物語を構成するのは、無口の《ムディート》による蜿蜒と続く、時間的順序が無視され、虚実の見分けのつかない独白である。語り手である《ムディート》の正体は、貧しい小学教師の子として生まれたウンベルト・ベニャローサ。青年時代は名門アスコイティア家の当主ドン・ヘロニモの元に仕えていた。ドン・ヘロニモは従妹のイネスと結婚をし、子供を生む。しかし、その子は畸形児だったため、ドン・ヘロニモは殺害を考えたが、思い留まってウンベルトに託した。ウンベルトは《ボーイ》と名付けられたその子と共にリンコナーダの屋敷で幽閉生活に入り、ドン・ヘロニモから依頼された伝記の執筆に勤しむ。しかし、年を取るにつれ、体は衰え、喀血して倒れてしまう。手術を施されたウンベルトは男性の大事な部分を不能なドン・ヘロニモのものに入れ替えられた。やがてエンカルナシオン修道院に送られた。こうして彼は《ムディート》の仮面をつけ、屋敷と修道院で行われる悍ましい犯罪について語り始める。そしてやがて、ウンベルトは更なる変身を遂げる……
本作はチリ南部に位置するチロエ島で伝わるインブンチェ伝説を下敷きにして書かれた小説である。そこでは幼少期から老年期に掛けての恐怖体験の繋がりと、外界から隔離される個人が表出される。ドノソは本作を現実と非現実、夢想と覚醒の相剋を錯綜させ、いわば迷宮的な分裂病的な小説であると表明している。それは最終的に実在性と非実在性の相剋へと還元されるものとして読み取ることができる。
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