『アルゴールの城にて』 ジュリアン・グラック
ジュリアン・グラックは他のシュルレアリストよりひと回り年下の第2世代とでも言うべき作家だ。先輩に当たるブルトンの著作に衝撃を受けたことを、本人の言葉によって述懐されているし、処女作『アルゴールの城にて』はそんな先輩に、シュルレアリスト小説として好評を得ている。象徴的な言い回しによって紡がれる文章、超現実的なイメージの呼応、夢遊を思わせる輪郭の見えぬ展開、彼の小説に備わっている性格の数々は、彼をいちシュルレアリストであることを示唆している。
さて、そんな処女作『アルゴールの城にて』は、如何なる小説なのか。あらすじは以下の通りだ。主人公・アルベールは海岸に佇むアルゴールの孤城にて、ただひとり外界から隔絶された生活をしていた。そんなある時、彼が最も親しくした友人・エルミニアンが、女を連れて、彼の城にやってくる。女の名はハイデと言った。これまでに女と縁がなかったアルベールはハイデの姿を見て開眼していく。しかし、そんなふたりの交流は長くは続かず、やがて別れの時がやってくる……
この小説を読んでいて、まず分かるのが、台詞が一切排除され、地の文は詩的な隠喩が繰り返され、アルベールの非日常が、象徴的な段階に押し上げられている点だ。その象徴的に押し上げられた異空間は、はしがきで名前が挙げられた『オトラントの城』や『アッシャー家の崩壊』とも通じ、日本の小説家・倉橋由美子(彼女も象徴的な小説で知られる作家だ)に言わせれば、日本の能と同じ構造をもっているとしている。
しかし、そんな詩的散文の源流が、単にシュルレアリスムで完結できるものと言い切るのも早計な印象もある。彼の引用、前述のエドガー・アラン・ポーの小説や、ヴァーグナーの楽劇、ヘーゲルの哲学など、その源泉は19世紀に勃興したロマン主義にまで遡ることができる。たった3人の登場人物が織り成す細やかな交流を、あまりにも大袈裟に取り沙汰したとも思える本作は、シュルレアリスムから出発しているように見せかけて、ロマン主義的な葛藤を、再発掘したのではなかろうか。
戦間期の異様な時代に登場したとはいえ、グラックはしかしながら、文壇からすぐには認知されなかった。彼のロマン的な想像力がより広い評価を得るには、第二次世界大戦の終結を待たねばならなかった。
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