第21話:銀と言う字は金より良いと書くんです。
ファラオ大暴れの最中にも、碑矩と金の修業は続いていた。
「……なぁ兄貴。一つ聞きたいんだけどよ」
「なんだ?」
「……金剛鋼って、どういう技術なん?」
金剛銅を纏いつつ碑矩をボコ殴りしている最中、銀が唐突にそんなことを聞き出した。まぁ確かに言われてみれば……と、上から碑矩の鋼を叩き潰して説明する。
『難しいことはないのだ。単に体を鉄みたいに固める技術なのだ』
「……なんで出来んだよそれ」
『と言われても……。私の場合は筋肉を美しく見せようとしていたら輝きだしたのだ』
「それで……僕より強いのを出せたら……ッ!苦労はしませんよ……!」
『見ての通り碑矩のは基礎も基礎、鋼でしかないのだ。私の銅を上回るものが一片もない状況なのだ』
ベコベコに凹む腕を無理やり動かしつつ立ち上がってくる碑矩。銀はそれに関してやはり疑問に思っている様子だった。
「……キツいん?その鋼って技術使い続けるの」
「お腹が出てる人が腹を引っ込めようと力入れるってこと、あるじゃないですか」
「腹に力入れてる感じか?」
「アレを数倍のパワーで、しかも少しでもユルめるとそこからボロボロ崩れていく感じです」
説明しにくいのだが、要するに体の一部をギュッと固めている感じ。そりゃ多少の時間であればユルむことはないが、長時間やっていると隙が生まれてしまう。
「……分かりにくいな」
『今はどの程度鋼状態でいられるのだ?』
「一部だけなら三日間、全身だと一日持つか持たないか……ですかね」
「ほーん。ところでお前の師匠って奴はどのくらい出来んだ?」
「鋼を身に付けてから……今この瞬間もずっとです」
銀は『化け物じゃねぇか……』とか思った。金だって銅を続けられる時間は最低でも一時間。鋼なら余裕で一週間くらい纏っていられる。
……だというのに、師匠はそれを一切途切れさせずに続けている。
『一つ聞きたいのだ』
「……なんですか?」
『お前は何がしたいんだ?』
再び固めようとする碑矩に対し、金は問う。
「……え?」
『鋼を鍛え、その上の強さを手にしたとして……何がしたいのだ?』
その問いに、碑矩は少し言うのを躊躇うが隠しても無駄だとやりたいことを話す。
「……僕は師匠を超えたい。師匠は……。僕に殺されたがっている」
「ん?」
「僕はまだ表我流の当主になれない。なる為には……自分の師を、この手で殺さなければいけない」
『……』
「……でも、僕は……僕は師匠を殺したくない。……どうすればいいのか、僕には分からない」
金が拳を打ち合って理解したこと、それは目の前にいる男が迷っていると言う事。そしてその迷いの原因は、とんでもなく簡単な事だった。
碑矩は確かに強くなりたいと思っている。それは当然事実なのだが、それ以上に強くなってしまっては師匠を殺してしまわねばならないと言う事になる。
その矛盾は迷いを生み、そこが弱さになる。それが……彼がいまだに煮え切らない理由。
『だから強くなりたくないと?』
「……案外、そうなのかもな。僕の家族は……師匠だけだから」
◆
話は碑矩が5歳のころ……つまり十年前にさかのぼる。
その時幼稚園に通っていた碑矩だが、ある日いきなり攫われて暴行を受けた。そいつらは高校生だった。何と言うか、言っちゃなんだがロクでもないような奴らだった。親にコンプレックスでもあるのか、しきりに親の事をどうこう言っていた。
『クソガキがよ!お前みたいなのは両親がバカだからそうなるんだよ!』『どうせ底辺職のクソ両親なんだろ?ん!?』『無能から生まれた子も無能ってか!ギャハハ!』『お前がこうなったのも親が悪いんだよ親が!』
碑矩は殴る蹴るの暴行を加えられたことよりも、自分を育ててくれた両親に対してそんな言い方をされたことにキレた。それと同時に目から黒いオーラが溢れ。
気が付けば……。
『警察だ!手を挙げ……!?』
高校生達は、みな植物人間状態になっていた。碑矩に殴り潰されたのだ。
この一件は『いや、子供にこんな事が出来るわけないじゃん』と言う理由で『工場で子供に暴行していたら荷物が落ちてきて、当たり所が悪く全員植物人間化』と言う事故として片付けられたが、両親はそれを気に病んだ。そりゃ息子が素手で人を簡単に殺せますよ、と言われているようなものだからだ。
『……』
それから、借金取りがやってきた。そこには何故か師匠の姿もあった。
『すんませぇ~ん、千円返してくださいよ~』
『もういいだろ千円くらい。第一なんで千円だけ借りてったんだよこの家は』
『知らないよ~。ししょ~さんはどう思います~?』
『……帰っていいか?』
その日は嫌に雨の降る日だった。鍵も開いていなければ窓もカギがかかっている。何度チャイムを鳴らしても誰も反応しない。さぁどうするかと思っていると、師匠はドアをけ破りさっさと中に入る。
『……いや不法侵入!』
『下らん。千円でもなんでもさっさと持って帰った方がマシだ』
『そだね~。……お邪魔しま~す』
そんな一行を出迎えたのは、碑矩だった。
『お客さんですか?今両親はいないんです……。お茶なら出せますよ!』
『いらん。借金千円返せ』
『……お金なら上にあります』
そう言われ、二階へ行った二人。師匠は玄関で待っていた。そうこうしていると碑矩は師匠に茶を持ってくる。
『これどうぞ!』
『……もらおう。ところで両親がいない割にはずいぶん……綺麗だな?』
『いつ帰ってきてもいいように、掃除してますから!』
そう聞いた師匠はリビングに目を向ける。そこには人間サイズの大きさのものが、二人いた。何だ両親いるじゃないかと部屋に入ろうとする。
『あ、ダメです!そこは……ダメです!』
『何がダメか。まったく子供に全ての罪を擦り付けようとはとんだ親……あ?』
『千円持って帰ってきた~……うわ』
『オイお前ら何見て……うっ!?』
両親が首を吊っていた。
リビングの中央で、碑矩の両親は首を吊っていた。
既に死んでから一か月以上経過しているのか、肉は腐っていたが虫はたかっていなかった。死に顔だけは綺麗な物である。
『うっ、うぅっ!?』
一人がゲロを吐きに行って。
『これは……』
一人はヘラヘラするのを止めるレベルで。
『……』
師匠は、それをただ見ていた。
『あの……』
声を掛けられ二人は正気に戻る。
『……これ、キミがやったの?』
『うぅん。ボクが気が付いたらそこにあったの』
『……アレ両親じゃ『違う!アレは両親なんかじゃない!きっと……てるてる坊主かなにか!』
『……』
これは不味い。完全に心が壊れている。コレはどうすることも出来ない……と一人が完全に撤収準備を始めた所で師匠は唐突に碑矩の事を全力で殴る。
『ちょっと!流石に子供殴るのはダメでしょうが!』
『……お主、狂ってなど……おらんな』
何を言っているんだと反応する男だが、碑矩は一瞬だけ師匠の方を見ると顔を伏せる。それを見て、師匠は今言ったことが確実に事実なのだと言う事を理解する。
『……』
『下らん。貴様を見ていると反吐が出る』
『……じゃあ。じゃあどうすればいいんだよ!』
高校生五人組を植物人間に変え、化け物としても人としても生きられない。それが今の碑矩。どうすればいいのかと聞くのも当然の話である。
『どうせ行くところも無いのなら……。ワシのところで過ごせ。貴様のようなガキ一人育てる事くらい造作もないわ』
『……』
こうして、彼らは共同生活をすることになった。奇妙な共同生活だが、それが碑矩の人生を一変させることになる。
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