孤島の入口

「ふうー、遊んだ遊んだ」


 モレーノが満足気な声と共に公園の芝生の上に寝転ぶ。


「私も楽しかったです」

「そうか、なら良かった」


 俺も彼女の横に腰掛け、暗くなった空を見上げた。

 星々の輝きが鮮明になっている。いったいどれだけの時間を遊びに費やしたのだろうか。


「エクテも連れてきたかったな……」

「妹のことか?」

「はい。妹は交友関係に悩んでいたみたいなので……」


 大丈夫だと思っていたが、1日会わないだけで加速度的に不安が高まる。

 俺自身も心配し過ぎだとは分かっている。


「そうか……でも、フォスは気にしすぎだと思うぜ。人との付き合い方なんて年齢と共に嫌でも覚えていくさ」

「そういうものなんですか?」

「生きてりゃ何とかなるってもんよ」


 モレーノが遠い目をしている。

 彼女も過去に何かがあったようだ。


「それに、あっちには先生がいるだろ? まあ、身の安全は保障されてると思うぜ」

「え!? 先生のこと知っているのですか?」


 謎に包まれた先生のことは知っておきたい。彼は自分のことを全くと言っていいほど話さないのだ。


「当たり前よ。先生は俺の師匠だからな!」


 自慢げに胸を張るモレーノ。

 それから彼女は、先生という元”最強の聖騎士”について語り始めた。


 いわく、一人で暗黒竜を討伐したと。

 曰く、一人で敵国の軍勢を退けたと。

 曰く、一人で滅びの運命から世界を救ったと。


 話す内容はだんだんと突拍子とっぴょうしも無くなっていく。

 最後の方なんて、絶対にモレーノの主観が入ってたよね?

 なんだよ、闇の組織から時空転移装置を回収して世界の運命を変えたって……

 そんなものがあったら、俺はこんなに苦労してないのだが……


「でも一番かっこいいのは、そう言った武勲ぶくんを全部隠して、絶対に目立とうとしないところなんだよな~」


 先生の情報が無かった理由がそれか……訳ありだな、絶対。

 それにしても、あの死んだ目をしたおっさんが王国随一の実力者だとは驚いた。

 実力は知っていたが、何せ強い聖力を感じなかったからだ。

 聖の属性を持っていない者が、俺の敵にはなりえないからな。

 帰ったら、もっと先生について知るべきか。でも苦手なんだよな……


「俺も魔法とかは全然ダメなんだけど、先生のおかげでここまで強くなれたんだよ。本当に命の恩人だ……」


 モレーノの声は小さくなり、一人感傷に浸ってしまった。


「先生がお好きなんですね?」

「それはもちろん! 本当に不器用なんだけど、そこがまた良いっていうか……フォスはどうなの? 先生のこと好き?」

「私は……分かりません……」

「分からないか……」


 何を考えているか分からない。

 それは俺の計画にとっての不確定要素なのだ。


「それでもモレーノさんが言うなら、良い人なのでしょうね」

「そうそう! それでね、俺が王都でやんちゃしてた時に……」


 これはまた、長くなりそうだ。

 モレーノの話を聞き終わり教会の宿舎に辿り着くころには、辺りから光というものが消えていた。




 次の日の朝、教会の入口でモレーノと合流する。

 彼女が人の丈程の大きさの斧を持っていることが、これから起こる戦闘を予感させていた。


「いやー、昨日はすまなかったね。よく眠れたかい?」

「問題ありません。十分に休めました」

「それは良かった。さあ、今日は気合入れていくよ」


 さっそく港に向かおうとするモレーノだったが、俺は立ち止まる。


「あの……後ろの方はどなたでしょうか?」


 モレーノの背中にぴったりと隠れていた少女。

 俺の言葉にまた隠れてしまう。


「あー、うん、この子はね、うーん……私の弟子?」

「なんで疑問形なんですか……」

「いや、ちょっと訳ありでね。私のそばから離すわけにはいかないんだ」

「……分かりました。赤竜との戦闘には、巻き込まれないようにお願いします」

「大丈夫大丈夫、私に任せてって」


 あまり深追いはしない方がいいか。

 俺はニコッと少女に笑顔を見せると、彼女は恥ずかしそうに会釈をした。

 銀色の長髪が少し揺れる。

 俺の背中にゾッと嫌な感覚が走った。

 どこかで感じたことのある嫌悪感が俺の胸に残り続けるのだった。




 そして俺たちは港で船に乗り、竜が居座っている孤島へと向かっていた。


「いや~助かりましたよ。こちとら商売あがったりで。モレーノさんが来てくれたのならもう安心だ」


 船頭をしていた男が振り返り話しかけてきた。


「おうよ。大船に乗ったつもりで俺に任せてくれ!」

「船に乗っているのは、あんたらの方だけどな! はっはっは」

「確かにそうだ! はっはっは」


 船頭とモレーノが二人で笑い合っている。

 昨日もそうだが、俺にはこの光景が信じられずにいた。

 だって、先生の弟子だぞ?

 エクテも前世では先生に戦いを教わっていたはずだ。

 なのにどうしてここまで差が出る?

 教育とは難しいものだな……


 甲板に座り、俺が妹の教育方針について悩んでいると、右肩に重さを感じた。


「えーっと、どうしたの?」


 名前が分からない少女。

 彼女が頭を乗せてくる。


 俺は少女の名前ぐらいは知ろうとした。

 それでも『この娘は教会の光であり、闇だ』と言ったモレーノの真面目で悲しそうな目を見たら、何も聞けなくなってしまった。


「大丈夫? 少し休む?」


 少女は首を振る。

 俺は訳も分からず、ただその場で固まっていた。

 それでも何故か、少女と妹を重ねてしまい頭を撫でる。

 少女が嬉しそうな表情をし、俺は深く考えるのをやめた。




 そんなこんなで、島に辿り着いたのだが……


「何ですか? これは……」


 若干引き気味の俺が直面している現実。


「あちゃ~、思ったより早かったか~」


 モレーノが額に手を当てて首を振る。


 霧が晴れ、視界が開けた先には……


「キューキュー」「ギャーオギャーオ」「ピェーピェー」


 見たことも聞いたことも無いような生き物の、楽園が広がっていた。


「これって赤竜の討伐ですよね?」


 まるで別世界にでも迷い込んだかのような光景を、俺はまだ信じられずにいる。


「あれ? フォスは知らなかったの? 赤竜の”赤”は生命の色。周囲の生態系まで変えてしまうんだよ」

「ははは……」


 そんなのは聞いていない……魔界の竜と違いすぎる……


 もっと真面目に勉強しておけばよかった。

 持っていた知識に胡坐あぐらをかいて、魔物の勉強をサボっていた自分を殴りたい。


「ギョエー」


 俺の後悔から漏れた乾いた笑いは、変な生き物たちの鳴き声にかき消された。

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