妹が勇者になったら詰み~元魔王の俺は、最強勇者の誕生を防ぐために妹を甘やかす~

Seabird(シエドリ)

魔王と勇者

「これで終わりだ」


 無機質な声と共に勇者が俺の心臓に聖剣を突き刺す。


 俺はふらつきながらも玉座まで移動することが出来た。

 不死身なはずなのに傷がふさがらない。

 あと少し……あと少しで野望が果たされたというのに。

 この勇者、強すぎるだろ……


「よくぞここまで……どうだ? 世界の半分を……」

「いらない。早く消えてくれ」


 目の前の女勇者は光の失った目を俺に向ける。

 彼女の魂の色は灰。

 俺は人間が嫌いではない。彼らの感情はこの世界にとって必要なものだ。

 だからこそ、この女勇者には同情さえする。

 感性がとぼしい我ら魔族より魂がくもっているのだ。


 胸の部分から体が消滅していく。

 一か八かやるしかないか。


あわれな勇者よ。また会おうぞ」


 きっちりと捨て台詞ぜりふを吐き、俺の体は完全に消え去った。


 ……


 俺の意識が戻り始める。どれくらいの時間が経ったか分からない。

 土壇場どたんばだったが魔法は成功したみたいだ。

 俺は消えゆく肉体から魂を切り離し、時空間魔法で過去の自分に飛ばした。

 勇者よ、次は対策を取らせてもらうぞ。


「あうあう、んまんま……」


 復活の狼煙のろしに声をあげようとしても、思ってるように発声がされない。

 『元気な女の子ね』と声が聞こえる。女の子?

 俺は魔王、男だ。


 視界がだんだんとはっきりしてくる。

 目の前には聖職者、俺のみ嫌う職服を着た人間どもがいる。

 反射的に起き上がろうとしても体が言うことを聞かない。

 自分の状態を確かめるため魔法を使う。第三者の目サードパーティ、範囲内で自分の好きな視点を見れる優れものだ。


「あら、もう魔法を使ったのね。流石は勇者様だわ」


 俺は見下げるような視点で自分を見ている。

 赤ん坊だ。人間の赤ちゃんが中心に見える。

 試しに手を開いたり閉じたりする。

 ……俺だった。

 それでも伊達だてに数百年魔王をしていない。思考のリソースを適切に分配して現在の状況を把握する。

 だめだ、この体、すぐに眠くなる……


「元気な子ね。それに比べて妹の方は……」


 聖職者の声を聞きながら、俺の意識は再度闇の中に落ちていくのだった。




 起きては思考し、何かを飲まされ、眠くなって寝る。

 毎日がこの繰り返しだ。

 生産性の欠片かけらもない。ただ時間が過ぎていくことに焦りを感じていた。


 どれくらいの時間が経ったのか、魔族である俺に人間の時間感覚など分からない。

 声道せいどうが整い声を出せるようになった頃には、自分が置かれた状況ぐらいは把握はあくできるようになっていた。


「ふむふむ。つまり俺は、忌まわしき勇者の姉として転生したのか」


 ベットと机と椅子しかない、殺風景さっぷうけいな教会内の子供部屋。

 小さなランプが照らす薄暗い室内で、俺はぐるぐると歩きながら考え事をしていた。

 時折ときおり壁に掛けられた鏡に、純白になびく肩まで伸びた髪と特徴的な緋色ひいろの瞳が映る。


 この体に生まれ落ちてから2年が経ったようだ。

 後から分かったことだが、齢二歳の幼子が言葉をすらすらと話すのはおかしい。

 俺が勇者だから、大抵のことが『流石勇者様』の一言で終わらせられる。

 そして、問題がそこだ。


 ──俺は”勇者”では無い──


 幸運なことに、生後俺たちの面倒を見ていた聖職者含めその他の人間共は、魂の質を見れるほどの鑑識眼かんしきがんを持ち合わせていなかった。

 この事実に気づいた俺はすぐに対策を取った。自身の魂の情報を高度な魔術で上書きしたのだ。

 微々たる魔力で行うには手間が掛かったが、おかげで今、俺は正式に勇者ということになっている。


「自分を倒した者に成り代わるってのは、しゃくさわるがな」


 そう言って、ベットの上で横になっているもう一人の幼子を見る。

 目の前には漆黒の髪に俺と同じ緋色の瞳、俺の憎き敵であるエクテ・サストレがすやすやと寝ていた。


 俺は妹であり正式な勇者であるエクテの魂にも上書きを行った。今や魔力が多いだけの一般人だ。

 こいつを今倒してしまえば、というよこしまな考えが浮かんでしまうが、俺の内にある平和主義がそれを許さない。

 それに変に目立つのは良くない。今の俺では上位聖職者にすら勝てないのだ。


 悶々とした葛藤かっとうが部屋を回る歩調を早める。

 そんな俺の心のすさみを感じ取ったのか否か、エクテが体を起こしてしまった。

 

「おねえさま、おはやいあさですね」

「起こしてしまったのね。よしよし、エクテはもっと寝てていいのよ」


 かさず俺はベットに腰掛け、エクテの頭を撫でながら優しく声をかける。


「おねえさまばかり、きびしいことさせられて、ごめんなさい」

「いいのよエクテ。貴女は自由に生きてちょうだい。勇者の責務は私が背負うのだから」


 優しく妹に微笑ほほえみかける。

 双子であり年齢に違いが無いにもかかわらず、異常なほど面倒見が良い様子から、俺が勇者であることを疑う者はいなくなっていた。


「寝れないの?」

「おねえさまがおきているのに、わたしばかり……」

「そうだ! お話をしましょう!」

「やったー! わたし、おねえさまのおはなし、だいすきです!」


 エクテの表情が明るくなるのを確認し、俺は安心した。

 妹はすぐに俺と同じこと、つまりとしての行動をしたがる。

 油断も隙も無い。本当に焦ってしまうからやめてくれないか?


 ふぅ、と息を吐きだしたくなるのを堪え、俺は温かく語りかける。

 一人の少女が花屋として幸せに生きる話。潜在意識に刷り込ませるため、俺が考えた普通の人間の話を……


 妹は少し抵抗したものの、襲い来る睡魔には勝てずにまた寝息を立ててしまう。

 俺の計画通りに物事が進んでいる。

 思わず口角が上がってしまった。

 ああ、なんて悪い”おねえさま”なのだろうか。

 

「エクテはそのままでいいの。何も考えなくていいのよ……」


 しばらくして『フォルフォス、時間だ』と無機質な声がドアの外から聞こえた。

 フォルフォス──人間の両親が遺してくれた俺の新しい名前。


 物心ついた俺は毎日毎日朝から晩まで、座学から戦闘術に至るまでを機械のように教え込まれている。そこに個人の意向など関係ない。只々ただただ出来るようになるまで、同じことを繰り返しやるだけだ。


 それにしても俺を呼びつけた男、先生と呼ばれる上位聖職者の態度はいつも無礼だ。

 反射的に魔法を放ちそうになる自分を、毎度抑えられていることに我ながら称賛したい。


「今向かいます」


 俺はすでに準備を終えている。

 今日も魂が曇った先生とやらに、無駄な知識を教わるとしよう。

 バレないように、ゆっくりと、自然に成長するのだ。

 全ては”最強の勇者”を生み出さないために。


「そう、あなたのためにね」


 エクテの額に軽く口付けする。

 これは人間がする親愛の表現だったはずだ。

 俺は口調も仕草も演じなければならない。


 ──俺勇者なのだ。

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