第19話 王サマからのお願い
何事もなかったように玉座に戻った王サマは、今まで以上に職務に邁進した。スターナー伯爵家には、側妃の罪を明らかにしたという褒章が与えられた。王子サマの婚約者の座は謹んで辞退したから、あたしは無事にムサルトと婚約期間を過ごしている。
「ミシェルお嬢様、本日のジュースをご準備いたしました」
ムサルトは意気揚々と、せっせせっせとあたしの世話を焼き、幸せそうにしている。いい婚約者だ。
「さすがムサルト! え、
「もちろんでございます……お嬢様と私の秘密、でございます……でしょう?」
そう言ってこちらに笑みを向けるムサルトは、なんだかんだ顔がいい。悔しいから、あたしも色気をもってムサルトを悶絶させてやる……!
「こちらにいらっしゃい、ム・サ・ル・ト?」
「ふっ、承知いたしました、我がお嬢様」
鼻で笑ったように見えたが、あたしの耳元に近寄ったムサルトは、若干鼻血が出ている。勝ったな。
「ミシェルちゃん!? またムサルトにジュースを持ってこさせたわね!?」
「
慌ててムサルトに責任を押し付けようとすると、
「ミシェル! 次の王宮の夜会、第一王子のパートナーとして出席依頼がきておる!!」
ムサルトの手からグラスが落ち、いつの間にか現れた筆頭執事に頭をはたかれている。
「え、体調不良で謹んでお断り……」
「こんなにも健康そうなのに、私と夜会に参加してくれないのかい? ミシェル嬢」
顔面蒼白なメイドの後ろから、勝手に部屋に入ってきた王子サマ。不法侵入! と思いつつも、
「で、殿下! 娘には、婚約者がおりまして……」
「知っているよ。そこの執事見習いだろう?」
そう言って、ムサルトに視線を向けた王子サマに、殺意をばしばしと投げつけるムサルト。やっべー戦いが起こりそうだ! わくわく!
「夜会のパートナーについて、父上に相談したら、ミシェル嬢を頼るといいと言われてしまってね……確かに貴女は、私が想いを寄せる唯一の女性だから、パートナーにはちょうどいいよね?」
王子サマの挑発的な言葉に、煽られたムサルトは指の間にナイフを仕込んで命を狙おうとしている。やっちまえ、ムサルト!
(ミシェル! ムサルトが殿下を殺害したら、お前の悠々自適領地ライフがなくなるぞ? むしろ、王家に嫁ぐしかなくなりかねない)
(!? ムサルト! あたしをあなたのものにしたいのなら、我慢なさい!?)
「……ミシェルお嬢様の御意のままに」
ムサルトがナイフをそっとしまうと、王子サマは笑った。幸いにも、ナイフの存在に気が付いたのは我が家のメンツばかりだ。
「残念。せっかく、ミシェル嬢を私の嫁にするチャンスだったのに」
王子サマ然した笑顔が恐ろしい。本当にこの王子サマは好きになれない。
「真面目に国王からミシェル嬢に依頼がきているんだよ。ミシェル嬢に婚約者がいるのはわかっているが、私の婚約者候補が決定していない今、下手な女性をエスコートすると大国からなにか言われそうでね?」
「その、側妃様が王妃暗殺を計画・実行したとして、北の塔でご静養なさっている今、大国からの圧力は少なくなったのでは……?」
「スターナー伯爵家が内政に関わってくれそうで嬉しいよ。狙いは、外交大臣かな?」
「失礼いたしました。我がスターナー伯爵家は権力・地位を不要としておりますので、聞かなかったことにさせてください」
「これだから、スターナー伯爵家っておもしろいよね。父上が重用しようとするわけだ。……ということで、ミシェル嬢、次の夜会ではよろしくね? 私の色のドレスを贈ろうか?」
「申し訳ございませんが、わたくし……」(悲痛な顔)
は、頭を通さずにいつの間にか回答していた。
「仕方ない……ただ、王家のわがままに付き合わせるんだ。ミシェル嬢の色のドレスを贈らせてもらうね?」
そう爽やかにほほ笑んだ王子サマは、あたしの手に口づけを落として帰っていった。
「ミシェルお嬢様、失礼いたします」
王子サマが出て行ってすぐ、ムサルトが濡れたハンカチを手に、あたしの手をとった。
「除菌させていただきます」
そう言って、ごしごしとあたしの手をぬぐった……ちょい痛いかも、ムサルト。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます