第7話 容疑者①側妃

「ねぇ、お父様パパ、今日の顔、めっちゃ怖くない?」


「それはそうだろう。今日の事情聴取の相手は側妃様だ。いいか? 絶対に無礼を働くなよ? あぁ、こんな娘を連れて高貴なお方にお会いするなんて……」


「国王サマと会う時より、緊張してない?」


「それはそうよ、ミシェルちゃん。側妃様は、その、性格が激しいお方だから……」


「ヒステリックばばあってこと?」


「その不敬な口を縫い付けてやろうか?」


「ミシェルちゃん? いい加減になさい」


「ひぇっ」


 ぶち切れたお母様ママの絶対零度の微笑みとお父様パパの頭ぐりぐりはとっても怖くて痛かったです、はい。












お父様パパが怖い顔で後ろに腕を組みながら、いつものように大声で言った。






「いいか。お父様との約束だ。復唱!」






「決められたセリフ以外、話さない!」


「決められたセリフ以外、話さない!」


「振る舞いはお淑やかに!」


「振る舞いはお淑やかに!」


「微笑みを絶やさない!」


「微笑みを絶やさない!」


「最後にお願いだから、側妃様のご機嫌を損ねるな!」


「ヒス……ひいぃ! 側妃サマのご機嫌を損ねない!」



 お母様ママの顔がとっても怖かった。






決められた台詞


「わたくし、スターナー伯爵家が長女、ミシェルと申しますわ」

「よろしくお願いいたします」

「また、両親に相談してお返事いたします」

「ありがとうございます」

「まぁ」(困った顔)

「申し訳ございませんが、わたくし……」(悲痛な顔)

「申し訳ございません」(真剣な顔)

「幼い頃から心に決めた方がおりますの」(愛しい人を思い浮かべる顔)

「光栄でございます」

「謹んでお受けいたします」

「お父様。お願いしますわ」












「わたくし、スターナー伯爵家が長女、ミシェルと申しますわ」

「よろしくお願いいたします」


 お父様パパと一緒に側妃サマに挨拶をする。豪華絢爛。その言葉がふさわしい装飾の多い部屋だ。ここは、側妃サマ専用の応接間。ちらりとあたしの顔を見た側妃サマは不機嫌そうな表情を浮かべた。


「お前、妾を疑っていると聞いたが。伯爵令嬢ごときに疑う権利なんてお前にあるのか。あいつらも、少し見目がいいというだけで重用しよって」


(なにこのヒステリックば)


「バカ娘!」


 思わず声を発してあたしの頭を叩いたお父様パパの様子に側妃サマは珍妙なものでも見るかという表情を浮かべた。


「あの、その、我々は国王陛下の命を受けて周辺の皆様の事情聴取をさせていただいております。しかし、このバカ娘の態度にご不快な思いを抱かせるようなことがあったらと……」


お父様パパ、ナイスフォロー)


(不敬な思考と言動を慎め。さもないと、お父様はまた墓穴を掘るぞ?)


(なにその脅迫。まじ卍)


(お父様が年若い娘に言うのもなんなんだけど、絶妙に古いんだよ……)



「スターナー伯爵とやらは身をわきまえているのだな。娘よ、自分が美しいからと言って……」


 左手首をさすさすとさすりながら、側妃サマのお小言が始まった。待って、あたし何も悪いことしてなくない?


(え、もしかしてこれってあたしの美貌に嫉妬してる?)


(お若い時の側妃様は王国一美しい妖精姫と言われていたからな)


(まじかー。あたしは美貌を維持できるように頑張るかー)


(お前の美貌はもう少し衰えた方が国のためになる気がするが……)


(側妃サマ相手だと、あたしが話すだけでバイブスを下げる気がする! お父様パパ、あとはよろしく)


(わかった)



「皆様に確認してくるようにと王命が降っているので、お聞かせ願いたいのですが、事件当日どちらにいらっしゃいましたか?」


 側妃サマは左腕にはめた腕輪をくるくると触りながらお答えになる……ってそれ!


お父様パパ、あれ! 黒真珠じゃない!?)


(本当だな。我々の前でも気にせず身に着けているのは、後ろめたさがないからなのか……?)


「あの日は、ずっと王の隣におった。正妃とは反対側にな。小娘を使って王妃に害をなそうとするにしても、あの小娘は王妃付きじゃ。妾が関わることは、王妃との茶会くらいじゃ」


 はるか昔の王国では、正妃サマと側妃サマの諍いが苛烈になり、国が滅びかけたことがあるため、正妃サマ付きのメイドが側妃サマ付きのメイドと関わることすら起こりえない体制になっているとか。それじゃあ、そのメイドと関わりを持つとかありえないよね~。


「……ところで、その腕輪が大変素敵ですね。どうなさったのですか?」


「これか? これは、とある方にいただいたのじゃ」


 そう微笑みを浮かべる側妃サマからは、妖精姫と言われていたことが真実であると理解させるほど、美しさが溢れ出ていた。まるで恋する乙女のように。

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