第5話 宣言

「んんっ…俺の頭のことはどうでもいいんだ、思い出しているかわからんがお前と俺に血の繋がりはない。血は繋がってなくてもお前の事は赤ん坊の頃から息子のように育てて来たんだ、今更血の繋がりなぞ些細な事だ!何と言われようがお前は俺の息子なんだからな。…とりあえず今は休んでおけ、さっきまで死にかけてたんだからよ」


 照れ臭そうに後頭部を掻いているおっさん…いや俺の父親(?)は「あっ!」と何かを思い出したかのような表情をして口を開く。


「あぁそうそう、お前の言ってた勇者様の事だが…今から俺は少し村長の家に顔を出しに行って来ないといけないからな、また晩飯の時にでも話そう」


 そう言うと父親は椅子から立ち上がり、ドアを開けて一階へと降りて行った。


 ふと窓から見える空を見上げる、この部屋には時計がないため今が何時かはわからないが、少し日が傾いて来ているように感じる。

 とは言え体感では夕方に差し掛かりそうなくらいの時刻であり、もう数時間もすれば日が落ちてくるだろう。


 そして部屋にポツンと一人取り残された俺はと言うと、今だに少しだけ頭の中が困惑していた。


「…落ち着け、こう言う時こそ冷静にだ。まずは現状を振り返ろう…俺は昨日城であったパーティーに参加して、バルコニーでレイラと話して―――そうだ……その後何か激痛が走って、意識を失って………まさか――――――死んだのか?俺」


 俺が至った結論、それは俺が死んでしまったと言うもの。

 おそらく何かしらの異常で俺が死んで、輪廻転生を果たして別の人間として生まれ変わったって訳だな?あーなるほどね、完全に理解したわ。


 それを理解した俺は―――――――――


「おっしゃああああぁぁぁぁっ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」


 めちゃくちゃ喜んだ。それはもう屋根を突き破って飛んで行きそうなくらいテンションをあげて。


「もう俺は勇者じゃねぇって事だよな!?!?ふぅ〜!!!!!!!!もうあんな楽しくもねーゲロキモジジイどもと上っ面のやりとりをしなくてもいいし、仲良い王子とかパーティメンバーと比較されて「えっ…お前だけなんか場違いじゃね?勇者はイケメンじゃないのかよ…」みたいな顔を初見の人物にされることも無い!!!!!民衆からの期待も無し!!!最低限の仕事だけして食っちゃ寝していいって事だろ!?天国じゃねぇか!!!最高だ!!!神様ありがとう!!!!!!」


 ―――とは言えだ、もちろん思うところはある。残して来たパーティメンバーのことや後始末の事、急に一人寂しく孤独死してしまったが故に別れの言葉すら残せていない。

 最後に話したパーティメンバーはレイラだけ、その他の3人は城の中にある別々の会場に散らばされてたのもあって、俺が死んだであろう日は多忙で話せてすらいなかった。


「…まぁアイツらのことだ、俺がいなくても何とかなるだろ。最後の方こそ好意的には見られてたとは思うが、パーティメンバー全員の出会いは最悪だったしなぁ…―――うぅっ…!?思い出すだけで怖ぇわ…よくあの時死ななかったなってのばっかりだわ…ヤダヤダ……」


 剣で首を斬り落とされかけたり、蹴り殺されそうになったり…大量の弓矢で穴だらけにされそうになったかと思えば、魔法で塵にされそうになった事も記憶に新しい。…いや怖すぎだって、何でそんな最悪な出会いばっかだったんだよ。人間嫌われ過ぎじゃね…?気持ちはわかるけどさ。


 取り敢えずアイツらには悪いが、どうせ魔王を倒した時点でアイツらと俺の間の協力関係は終わっている。お別れの挨拶があるか無いかくらい誤差でしか無いはずだ。


 それに俺が死ぬ直前の会話でレイラは「望みが叶うのであれば今すぐにでも結婚したい」と言っていた。となれば尚の事もう俺は不要、アイツらはアイツらの人生を歩んでいくだろうよ。


「アイツらに会いたく無いかと言われれば…嘘にはなるけど。一時的な協力関係だったとはいえ全員がお互いに命を預け合った仲だし、俺からすればこの異世界で一番心を許せる存在でもあったしな。でも一旦それは置いておいて…今後の身の振り方を考えるかぁ!!!何たってもう俺は自由なんだからな!!!!!」


 勢いよくベッドから立ち上がり、鏡の前で全身が映るように立ってみる。さっきも鏡で見たは見たが、鏡には銀色の瞳に健康的な白の肌色…銀色の髪を短めに切り揃えたイケメンがこっちを見ている。


 改めてみると本当に気にくわねぇ顔してやがる…いや今は俺の身体ではあるんだが、何と言うかこう…元々感じていたことではあるが、この世界の顔面偏差値レベルが段違いで上がって更に拗らせてしまったせいでイケメンを見ると殴ってやりたくなってくるわ。


 何かアラを探してやろうと顔を近づけてみたり、ポーズを変えてみたりして全身をチェックする。

 すると気がついた事なのだが…当然ながら胸にはキラーベアにつけられた大きな傷跡が残っている、しかしよくみると目立ちはしないものの手や腕、足や背中などにも様々な古い傷跡がある。


「…ゼルンって言ったっけ、この身体の名前。随分と熱心に鍛えてたんだな……。さっきまで気付かなかったけど、手もよく見れば硬くて厚みがあって…多分これは剣を振り続けて出来たたこだよなぁ…」


 この世界に来てから死に物狂いで身体を鍛えていた俺には分かる、この身体の元の持ち主は相当熱心に鍛えていたのだろう。

 この部屋も良く目をこらすと、近くの机に彼のものだったであろう使い古された木剣が立て掛けられており、机の上には日記や本などが数冊置かれている。


 窓から外を見下ろすと簡素な特訓用の案山子や的があり、全てだいぶ年季が入っているようだ。


「………はぁ…仕方ねぇ…自堕落生活計画はちょっと延期だ延期!!!こんな生活の跡を見せられちゃ無理だろ!そんなのよぉ!!!」


 俺の憶測にはなるが、この身体の中に俺以外の魂は感じられない…ということはゼルンと呼ばれた身体の主は、キラーベアとの戦闘時に既に死んでいる。


 その死んでからっぽになった身体の中に何故か俺の魂が入り込んでしまい、息を吹き返したんだろう。本当に何でかはわからんが…もしかしたら強くなりたいという願いが強かったもの同士、引かれ合うものがあったのかもしれない。


「別に俺はお前ゼルンの事情なんざ知らねぇし、この世界じゃレベル差があればあるほどすぐに殺されちまう世界だ。何となくだが今のレベルじゃキラーベアには勝てねぇ、あのおっさんの話じゃお前ゼルンが無謀にもキラーベアに向かって行ったんだろ?それであっさり死んだのは力量を見誤ったのか…それとも正義感が勝ったのか……理由はわからんが何にせよ自己責任だ。その行動を勇者としては称賛はしない」


 「でも…」と鏡に映っているゼルンの身体に話しかけるように俺は言葉を漏らす。


「命をかけてでもキラーベアから村人を守ったんだ。ただの高校生だった獅堂雄二としては、お前はすごい奴だと言いたいよ。目の前に勝てもしないようなモンスターが迫って来て……怖かったはずだ、戦いに行くときも戦ってる時も…致命傷を受ける寸前も―――」


 俺がこの世界にやって来て間もなかった昔のことと重ねて思い出しながら、鏡の中のゼルンに話しかける。身体の中に意識を向ければゼルンの記憶の断片だろうか、死ぬ寸前には大きな恐怖を抱いていたみたいだ。


「俺がお前の分まで生きてやる…………………まぁそのうち食っちゃ寝したり!?鼻ほじったり恋人作ったりして自由に生きさせては貰うけどな!!俺はシリアスな雰囲気でいつまでもいたくねぇんだよバーカ!!!せいぜいあの世で見守ってやがれよクソイケメンがっ!!」


 グハハハハハ!!!と豪快な笑い声をあげながら中指をたてて、机の上にあったゼルンの日記や本をさっき寝ていたベッドで横たわりながら読み始めた。

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