8.模擬戦


ベットから飛び起き辺りを見回すと自分がヴァイトの家で寝ていた事を思い出した。

「痛ッ」

 ベットの軋む音が反響する部屋で一人傷の痛みを感じつつ部屋の時計を見ると24時を回っていた。

 昨日ベットに入ったのは朝の9時頃なので15時間ほど寝ていたことになる。

「アル起きたかー?」

「ああ今起きた」

 「飯出来てるからこっち降りてこい」

「今行く」

 ベットから立ち上がり昨日ヴァイトが用意してくれた着替えを羽織り一階に降りた。

一階ではヴァイトがサラダにパン、魔獣のベーコンといった美味しそうなご飯をテーブルの上に二人分用意してくれていた。

 「よく寝れたかアル?」

 「ああおかげさまで一回も起きる事なく15時間も寝ちまった」

「それは良かったな、まあ冷めないうちに食べよう」

 美味しいご飯、何気ない日常の会話、それが昔の記憶を刺激してどこか温かい気持ちになる。

 しかし、同時にその日常を突如破壊し、二度と戻れなくしたスターリングに沸々と抑え込めてた怒りが憎しみも呼び起こす。

「どうしたアル?」

「ああ、なんでもない」

 自然とフォークを握る手に力が入っていた。

「前話してた殺したい奴ってのを思い出したか?」

「いや……そう言うわけじゃ…」

「別に責めてるわけじゃねぇよ」

 サラダを食べる手を止めないままヴァイトは話し続ける。

「お前にとってそれだけ許せない奴ってのは話さなくても分かる。でもまあせっかく同じ屋根の下で生活するんだ無理に一人で全部抱え込まなくてもいい。二人で考えた方が楽になることもあるしな」

 ヴァイトの気遣いを嬉しく思うと同時にこの復讐にヴァイトを巻き込みたくないと言う気持ちが強くなる。

 二人の咀嚼音とフォークとお皿がぶつかる音がリビングに反響する。

ヴァイトより早くご飯を食べ終わった俺は食器を台所に片付けるため立ち上がる。

「別にそこに置いといたままでいいぞ」

「そう言うわけにはいかない」

 「子供がそんな気を使わなくていいんだよ」

「これから同じ屋根の下で暮らすなら客人対応じゃダメだろ。自分の分は自分でやる」

 しばらく二人の視線が交錯したのちヴァイトが折れる形となった。

 その後ヴァイトの分の食器も洗ってリビングに戻るとヴァイトが外に出かける準備をしていた。

「どこに行くんだ?」

「森に行ってくる」

「昨日まで行ってたのまた籠りに行くのか?」

「昨日までみたいに森に籠るのは例外だ。普通はその日中に帰ってくる」

「そうだったのか、ちょっと待ってくれ俺もついて行く」

「おいおい無茶言うなまだ傷も全然完治してないだろ」

「大丈夫だ、何よりタダ働きでここに済ませてもらうわけにはいかない」

「さっきも言ったが変な気を使ってんじゃねぇ。お前はとりあえず傷を治す事が今の仕事だ」

「それでも…」

 アルの言葉を遮る様にヴァイトがさらに話を続ける

「いいから休んどけ。どうしても働きたいって言うなら治った後思う存分こき使うからその時まで体力蓄えて休んでろ。後トレーニングも俺がいいって言うまで禁止だからな分かったか、じゃあな」

 こっちの言うことも聞かず捲し立てると、ヴァイトはさっさと家を出ていってしまった。


 ヴァイトにトレーニングもするなと釘を刺されてしまったことでやる事がなくなったので仕方なくその日はまた寝ることにした。

 

 こうしてヴァイトとの二人暮らしが始まり、最初のうちはヴァイトが狩りに行っている間、休息を取っていたが、次第に寝ているだけでは申し訳なくなり掃除や洗濯といった家事をする様になった。

 そして家事が終わると村の子供達の遊び相手になる、こうした日々を二週間ほど繰り返すと次第に不信感を抱いていた大人達も声をかけてくれる様になり、三週間程経つとついに仕事の手伝いをさせてもらえる様になった。

 そしてルヴァン村で過ごすこと二ヶ月、ようやく全身の傷が完治した。

 「これなら今日から修行を開始しても大丈夫だろう」

「よし!」

「それじゃあビシバシ鍛えていくから遅れずついてこいよ」

「ああ改めてよろしく頼む」

 改めて頭を下げる俺を見てむず痒い様子のヴァイトに連れられ、洞窟の入り口から村までを繋ぐ通路を進む。

 通路は村まで伸びている途中に幾つか道が枝分かれしており、枝分かれした先には農地や牧場、図書館といった様々な施設がある。

「最初ここをレオンさんに案内された時は迷路を歩いてる気分だったよ」

「まあ慣れるまでは標識があるわけでもないし迷うのも無理はないな」

 そうこうして進んで行くと今日は入った事のない場所に案内された。

「ここは何だ?」

 そこは縦横50m程の巨大なドーム上の空間ではあるが、農場などとは違い何も物が置かれていない。

 「ここは訓練場だ」

「こんな大きい訓練場があるとは、凄いな」

 思わず感心してしまう。

「まあ特に魔法を訓練する上ではある程度の広さがないと自身に被害がかかるリスクもあるからな」

「でもこんな洞窟の中で魔法なんてぶっ放しても大丈夫なのか?」

ヴァイトは右頬を吊り上げ胸を少し張って答える。

「ここは先代が第七界土魔法と防御魔法を施して作っているからどれだけ魔法を打とうがびくともしないし村を覆ってる隠蔽魔法の効果で外に訓練してる事がバレることもない!」

「第七界!……」

「どうしたアル顔が強張ってるぞ?」

「ちょっと魔法の規模に驚いてな」

「まあ現在の魔法で第七界以上の魔法を使える奴なんて片手で数えられる程しかいないしな、驚くのも無理はない」

凄まじく高度な魔法で作られている事に衝撃を受けるとともに、スターリングがその領域に達していた事を思い出し、改めて奴を越える事の難しさを思い知る。

 「とりあえず修行をつけてくれ!」

「気合いが入ってていいな、

 そうだな初めに今のアルの実力を測る為に俺と模擬戦を行うか

 第一界土魔法 隆起

 第一界樹木魔法 創刀」

 ドーム中央に縦横20m四方の土台が二人を乗せて50cm程せり上がり、両者の手元に木刀が作られた

 「ルールは簡単。

 俺をこの舞台から落とすか、刀を俺に一発でも当てればお前の勝ちだ」

「そんな甘々なルールでいいのか?」

 「御託は終わってから言え、それじゃあ早速始めるぞ。

 この石が地面に落ちたら試合の合図だ」

「ぶっ飛ばしてやるよ」

 こちらを舐めている態度にイラッとしている最中、ヴァイトが上に放り投げた石が二人の間に落ち、コンッと音を鳴らした。

「第一界支援魔法 自己強化

 第二界毒魔法 蛇」

 第二界毒魔法 蛇、は魔力で具現化した毒蛇を創造し操る魔法である。

 敵に噛み付いたりぶつかっても大したダメージを与える事は出来ないが、この魔法の最大の特徴は毒蛇が噛み付いた敵の体内に神経毒を流し込み敵の動きを制限し、さらに体内の魔力の流れを妨害することで、一時的に魔法を使いずらくする事が出来るという点である。

 2匹の全長70cm程の毒蛇をアルの足元に生み出し、様子見していて特に動こうとしないヴァイトに突撃させるとともに、自身も一気に距離を詰める。

左右前の三方向から同時に迫られたヴァイトであったが動じる様子はない。

 「余裕綽綽でいられるのも今のうちだ!」

 左右から蛇が噛みつくタイミングに合わせて上段から刀を体重を乗せて一気に振り抜くもヴァイトはバックステップしタイミングを少しずらし、アルの刀を受け流す。

 さらに続けざまに目にも止まらぬ速さで2匹の毒蛇を刀で切り付け破壊してしまう。

 見惚れるほどな見事な刀捌きに畏怖の念を抱いたのも束の間、強烈な回し蹴りが飛んできた。

 辛うじて体と蹴りの間に刀を滑り込ませる事が出来た為、直撃は免れたものの後ろに数mほど吹き飛ばされてしまう。

「どうしたアルそんなもんか?」

 「うるせぇ!今無駄口叩けねぇ様にしてやるから待ってろ」

ヴァイトに煽られた苛立つ気持ちを抑え体勢を立て直す。

「第二界毒魔法 蛇」

 再び2匹の毒蛇がアルの横に現れる。

「おいおい、馬鹿の一つ覚えみたいにまた同じことしても結果は変わらねぇぞ」

ヴァイトの言葉を無視して今度は毒蛇だけをヴァイトの元へと向かわせた。

迫り来る毒蛇を見て呆れた様子で先ほどと同様に2匹の毒蛇を切り付けようとした時、アルの口角が少し上がる。

「かかったな

 第二界毒魔法 煙幕」

 すると迫り来る2匹の毒蛇がヴァイトの射程範囲に入るギリギリの所で爆発しヴァイトを中心として半径5m程が紫色の煙幕に包まれる。

 ―さっきの魔法を囮にして本命の煙幕を張るとはなかなかやるな―

 思わず感心してしまうヴァイトであるがすぐに状況分析を始める。

 ―とりあえず、触れてる限りだと体に異変はねぇって事は、このまま吸い込まなきゃ大丈夫か―

 魔法の分析を済ませるとアルの出方を伺いながら、ゆっくりと後ろに下がろうとした時、

「第一界毒魔法 三連矢」

 前方から三本の毒矢が頭と胸、右足を目掛けて飛来してきた。

 煙幕の中であっても空気の流れから三つの飛来物を感じたヴァイトは、何なく左に移動し避けて見せる。

 しかし、避けた先には、かわされることを予期していたアルが待ち構えていた。

「予想通りに動いてくれてありがとな。オラッ!」

煙幕の中繰り出された渾身の横一線。

 間一髪の所で刀で防がれてしまったものの先程とは違い受け流されることは無かった。

アルは追撃を重ねていく。

 勝てる、と思ったのも束の間、僅か三回の攻防でこちらの動きを見切ったヴァイトは、四度目の斬撃を先程と同様上手く受け流すと、アルの体勢は再び見事に崩されてしまう。

―中々面白い仕掛けだったがまだ甘いな―

 獲物を見つめる目をしたヴァイトが振りかぶる。

 「終わりだ」

ヴァイトが胴体目掛け木刀を振り抜こうとしたその時、アルの目が死んでいない事に気づく。

「まだ終わってねぇよ」

 するとヴァイトのすぐ後ろから1匹の毒蛇がヴァイトに肉薄してきた。

予想外の蛇の登場に初めてヴァイトにも焦りが窺える。それでもなんとか体の向きを変え、蛇を切り付けるがその反動でヴァイトの体勢が僅かに崩れた。

その瞬間を待ち望んでいたアルはすかさず魔法を唱え

「第三界毒魔法 八咫烏」

 8羽のカラスがヴァイトに迫る。

 

 しかし、魔法は届くことはなかった。

 

「第四界樹木魔法 樹木壁

 第四界樹木魔法 大樹縛」

足元から生えた大樹によりギリギリの所で八咫烏は防がれると、同時にアルの体を大樹が飲み込み捕縛する。

 大樹達が生える勢いで煙幕も吹き飛ばされ、そこに残ったのは大樹に捕まったアルと、それを見つめるヴァイトであった。

 

「魔法は使わないまま制圧するつもりだったんだがな、なかなかいい攻めに思わず使っちまった」

「そんな気休めの褒め言葉なんていらねーよ」

 木に拘束されて惨めな思いをしている最中に話しかけられて思わず強く反論する。

 「いや本当に感心してるんだぜ、最後の攻撃は本当にちょっと焦ったしな、いつの間に三匹目の蛇を生成してたんだ?

 これでも耳はいい方だから詠唱は聞き逃してはいないはずなんだけどな」

「単純に二回目に蛇を生成した時に背中に隠れる様に作っただけだよ。

 後は矢を煙幕に突っ込ませた時に同時に煙幕に紛れ込ませた」

「そういうことか、てっきり二匹しか作れないと思って油断してたぜ。なかなかいいアイディアじゃねーか」

「褒めてくれるのはいいが早くこの縛ってる魔法を解いてくれないか」

「すまんすまんついつい話に夢中になって忘れてた」

 感想戦に夢中になっていたヴァイトが魔法を解除し、ようやく解放される。

「どうするまたこのままもう一回戦やるか?」

「いや遠慮しとく、正直今の状態で何回やっても結果は変わらないことはよく分かった。それに魔力もほとんど使っちまったしな」

「賢明な判断だ、どこか痛めてるところはないか?」

 「蹴り飛ばされた時に地面に体をぶつけたぐらいで特に怪我はして無いな、と言うか怪我すらさせてもらえなかった」

「ハッハハ!よく分かってるじゃねーか、それじゃあ怪我も無いことだし少し休んだら修行とするか」

「そうしてくれると助かる」

 この後の予定が決まり、家から持ってきた簡素な軽食を談笑しながら食べ、休憩した。

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