第10話 今宵、五条の大橋の前で
「光陽さまはこの地が見えたのですね」
「だいたいあと半刻もすれば、やってくるかと思います」
まるで待ち人を待つような穏やかな空間ではあるが、叶うならこないで欲しいと願わざるをえない。
今宵、五条の通りを通って妖鬼が現れる。
光陽さまは先見の明があるらしく、こうして妖鬼の現れそうな場所を事前に光さまに伝えてくれる。
今のところ、妖鬼がよく現れるのは五条通りが多い印象で、参道を通る人で昼間はにぎわっているため、人がよく行き交う場所に現れるのかもしれないと話したことがある。
他にも以前は内裏のあたりにもよく出没するそうだけど、もちろん内裏を守る有能な人間たちが好き勝手をすることを許すはずがなく、内裏に向かったら最後。
しばらくは内裏周辺に妖鬼を寄せ付けないほど凄まじい勢いでその存在をかき消されていた。
おかげで、内裏から少し離れた五条通りから南向きの地域に妖鬼の目撃情報が増えるようになった。
もちろん、六条に位置する右大臣家の別邸など狙おうものならそれこそ根こそぎ断たれるのではないかと思う。
「おもち丸、お願いできる?」
「もちろんなのね」
白檀の香を包んだ小さな紙袋を取り出す。
おもち丸に差し出すとさっと長い耳と耳の間に挟み、おもち丸は駆けていく。
「おもち丸、気をつけてね!」
言い終わらないうちにわたしの声が届かない距離までおもち丸は駆けていき、わたしはその後ろ姿をじっと見送った。
「あの袋はなんですか?」
「香を包んでみたんです」
陽葵から送られてくる文を参考にして、折ってみたものだ。見様見真似で映ったものだから完璧とまでは言えないが、ものを入れるにはちょうどいい。
「一応妖鬼の出るあたりには香が炊かれていると聞いていますが、妖鬼が現れるであろう場所をさらに強化すれば、こうして何もない場所は妖鬼にとって格好の餌食でしょう」
「この場所を集中して襲ってくると」
「できるだけ一気に片付けましょう」
「頼もしいですね」
ははっ、と光さまが笑う。
あまりに緊張感のないやりとりに、本当に今からここに妖鬼が一気に現れるのだろうかと思ってしまうくらいだった。
ひとりでは怖くて泣きたくなっていたかもしれないけど、どうにもこのお方といると調子が狂って、まぁなんとでもなるだろうと言うと気にさせられるのが不思議だった。
陽葵のいう世界がこれならば、どうしていちくノ一のわたしが他の人のかわりに戦わなければならないのか、苦言したくもなるけど、この髪色と瞳の色が災いのもとであるのなら、それを受け入れてくれた人たちを守るために戦いたい。
どうしてわたしだけ。
何度思ったかわからないその言葉を飲み込み、今宵も大橋の前に立つ。
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