11
ミナコーにも体育祭はある。しかし、そんなに力が入ったものではなく、競技も全員参加しなくていいみたいだ。僕はもちろん不参加を決め込んで、ホームルームでも上の空だったのだが……。
「はいはーい! 俺と千歳がやります!」
陽希が立ち上がって大声を張り上げたので一気に現実に引き戻された。
「えっ、陽希?」
「二人三脚! 誰も手ぇ挙げないから。いいだろ千歳ぇ」
競技決めを仕切っていた学級委員の男子が申し訳無さそうに言った。
「このままだとくじ引きにするしかないし……頼むよ植木くん」
「えっ……あっ……うん……」
ここで断って、結果くじ引きになれば、僕にヘイトが向く。それを避けるためには引き受けるしかなかった。
体育祭の練習のための授業は一度しかない。僕は右足にハチマキを巻かれ、陽希の顔を見上げた。
「今さらだけどさ、陽希、こういうのは体格差があるとやりにくいんじゃないの?」
「だから、俺について来いって。俺に合わせろ。上手くやってやるから」
「ええ……」
陽希の腕が僕の肩に。僕は手を陽希の背中にあてて。これは競技なんだとわかっていても、密着しているということにドギマギしてきた。
「俺が右、左、のかけ声するから。千歳はその通りに動かして」
「わかった」
「最初は右な。よし、右!」
よちよち歩きの鳥の雛のように僕たちは前に進んだ。陽希は慎重にしてくれているのか、転ぶことはなかったが、果たしてこれで競争になるのかどうか。
「陽希、これじゃ全然スピード出てないよ。負けるよ。放課後も練習しよう」
「あれ? 千歳って案外勝ち負けにこだわる方?」
「どうせやるからには……勝ちたいっていうか……」
「俺は千歳と一緒に出られるだけで嬉しいんだけどな。いいよ。千歳がやりたいならやろう」
そんなわけで、放課後は部室には行かずに、グラウンドの隅で練習することにした。
「右、左、右、左!」
「おおー、やってるやってる」
静人と大我が僕たちの様子を見に来ていた。彼らは競技には出ないらしい。高みの見物というやつだ。
体育祭前日になる頃には、陽希との息はぴったり合うようになり、かなり速く進めるようになった。
「陽希、これなら勝てるんじゃない?」
「まあ、俺は千歳と完走できたらそれでいいよ。あんまり気ぃ張り詰めるなよ」
迎えた当日は、からっと晴れたいい運動日和だった。クラスの皆からの声援を受け、僕と陽希はスタートラインに立った。
――陽希の声だけ聞けばいい。
僕は唾をぐっと飲み込み、ピストルが鳴るのを待った。
「……右!」
練習通り、足を動かす。見つめるのはゴールテープのみ。他のクラスの奴らは気にしない。応援してくれている自分のクラスすらも。僕と陽希、二人だけで突き進む。
「左、右、左、右!」
そして、とうとうゴールテープを切ったのだが、問題はその後だった。まだもう一歩踏み出そうとしたのだが、陽希は足を止めていた。そして、僕はよろけて盛大に転んでしまったのだ。
「千歳、大丈夫か! すぐハチマキ外す!」
地面にお尻をつけて三角座りをすると、膝をすりむいてしまっており、血がにじんでいるのが見えた。
「……痛っ」
「すぐ水で流しに行こう。立てる? ほら」
陽希が差し出した右手を、僕はためらいなく握った。そして、手を繋がれたまま、手洗い場まで連れて行かれた。
――なんか僕、すっかり陽希に触られることに慣れちゃったな。
それだけ、僕は陽希に気を許してしまっているということなのだろう。強引なところはまだ気に食わないが、やはり僕は「嫌いではない」のだろう、こいつのことが。
靴と靴下を脱ぎ、膝を水で洗ったのだが、陽希の視線が気になって振り返った。
「……何見てるんだよ」
「いやぁ、千歳の足って綺麗だなって思って。毛も薄いし。女の子みたい。剃ってる?」
「剃ってないし! 気持ち悪いこと言わないでよ! 軽音部やめるよ?」
「ごめんごめん」
やはり評価を訂正すべきか。僕がむくれていると、静人と大我がやってきた。大我が僕にタオルを差し出しながら言った。
「はい、これ使いなよ。凄かったね。ぶっちぎりで一位だったよ?」
「ありがとう大我。そんなに速かったんだ……」
足を綺麗に拭き、救護所となっているテントに行くと、大西先生がいた。長袖長ズボンにサンバイザーという完全防備状態だった。
「おっ、植木くんきたきた。わたしもここの手伝いしてるんだ。絆創膏とかの準備はできてるからさ、ほら座りなさい」
血は止まっており、怪我自体は大したことはなかった。ただ、競技はすでに最後の三年生のリレーに移っており、閉会式が終わるまでここで過ごすことにした。陽希が言った。
「俺さ……勝負ってそんなに好きじゃなかったけど。こうして千歳と一番になれたのは、やっぱり嬉しいよ」
「うん。僕も。でもさ、これからは強引に僕を引き込むのはもうやめてよね?」
「わかったって」
――本当にわかってるのかな。
まだ、読めない。陽希のことが。どうしてこんなに、僕を構いたがるのだろうか。
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