04
職員室には四人でぞろぞろ行った。陽希はとりあえずは一組の担任を呼び出したようだ。部活設立届を見せると、担任は渋い顔をした。
「ああ、軽音部かぁ……確かに四人揃えば部活になるんだけど、学校の設備を使うとなると顧問が必要なんだよね……」
「えっ、そんなの冊子には書いてなかったじゃないですかぁ!」
「あれは抜粋。色々規則があるんだよ」
すると、茶髪をボブカットにした、若々しい女性が近寄ってきた。
「軽音部ですか。またわたしがやりましょうか?」
「
担当に大西先生と呼ばれた女性は、僕たちをくるりと見渡した。
「わたし、美術担当の大西。美術部の顧問が主なんだけど、軽音部があった頃はそっちも担当してたんだ。君たちが本気なら顧問になってあげる」
陽希がガッツポーズをして言った。
「よっしゃ! よろしくお願いします、大西先生!」
数日後、正式に書類が受理されて、晴れて軽音部のメンバーとなった僕たち四人は、大西先生に連れられて部活棟へと向かった。歩きながら、大西先生はこう話した。
「軽音部は三年ぶりの復活なんだよね。けっこう、歴史はあって。部室もそのままになってるんだけど……そう、三年ぶりだからさ……どうなってることやら」
大西先生が鍵を開け、部室の扉が開かれた。むせかえるようなホコリの臭いがした。
「うわっ……凄いね。まずは掃除して使いなさいね? 中にあるものは君たちの判断で処分とか整理とかしていいから」
そして、大西先生は鍵を陽希に渡して去っていった。僕は袖で口と鼻をおおいながら部室に入った。
まず目についたのは、二台の長机。ぴったり合わせるようにして置かれていて、その周りには四脚のパイプ椅子があった。
左右の壁には棚があり、天井まで物が積み上がっていた。床にも段ボールやら何やらが置いてあるのか落ちているのかわからない状態だ。
陽希が言った。
「よし! 軽音部の初活動、大掃除始め!」
ちなみに、特に示し合わせていなかったが、言い出しっぺの陽希がいつの間にか部長になっていた。
まずは窓を開けて換気。静人と大我が掃除用具を取りに行っている間、僕はまず床に落ちていたものを拾い始めた。
「うわっ……陽希、このお菓子中身入ってる。賞味期限三年前」
「わー、そんなの捨てろ捨てろ!」
少しして、二人が持ってきてくれたゴミ袋に、明らかに要らないものを放り込んでいく。しかし、判断に困るものもあった。
「何だこれ……」
僕が見つけたのは、段ボール箱に何十枚も詰まった、小さな正方形の板だった。中にCDのようなものが入っていた。静人が見に来てくれて言った。
「それはMDだね。昔流行ってたらしいよ。プレイヤーないと聴けないし、ゴミでいいと思う」
「へぇ……静人って詳しいんだね」
「叔父が楽器屋やってて、音楽のことならそれなりには」
作業を進めながら、僕は大我にも話しかけた。
「新入生代表挨拶してたよね。成績トップだったって本当?」
「いや、よくわかんない。ただ、合格発表の後にやってくれって連絡があって。挨拶は毎年同じの読み上げればいいらしくて原稿渡された」
「毎年同じなんだ……」
バンドスコアと呼ばれる楽譜の冊子や、写真のアルバムなんかも見つかった。驚いたのは、写真の日付だ。
「ねえ陽希、これもしかして昭和六十二年?」
「多分そうじゃない? ここって昭和からあるんだな」
大先輩だ。さすがに捨てにくい。棚は一度空にして雑巾で拭いて、それから物を並べていった。
床を掃除できるようになった頃には西日が差していて、僕たちはすっかりくたくたになってしまった。
パンパン、と陽希が手を叩いて言った。
「よーし、終わり! 細かいところは後でやろう。これで使えるようにはなったよな。終わりにしよう」
静人と大我は自転車通学だったので、途中で別れ、陽希と二人で電車に乗った。陽希はつり革をつかむと腕が曲がる。それを見てしまうと、自分のちっぽけさがありありと分かってやるせなくなる。
電車の中では、今日部室から出てきた物の話をして、公園のところで解散しようと思った時だった。
「なぁ千歳、ちょっとだけ話していかない? 公園でジュースでも飲もう」
「ちょっとだけだよ」
自販機でペットボトルのサイダーを買って、一つしかないベンチに腰をおろした。この公園にはすべり台しか遊具がなく、子供はつまらないだろう。
「千歳って変わらないよな。なんか、安心した」
陽希はそう切り出した。
「僕、変わってない?」
「うん。小学生の頃からずっと可愛いまんまだ」
「それ……やめてよね。可愛いって言われるの嫌いなんだ」
「そうだったの?」
あの時も言った。何度も言った。それなのにまるで通じていなかったのか。僕は釘を刺しておくことにした。
「僕はね、可愛がられたり、女の子みたいに扱われることが本当に嫌なんだ。次、陽希がそういうこと言ったら、僕は軽音部やめるからね」
「そっか……うん。ごめんな。そこまで嫌だったんだ」
しゅん、と眉を下げて、陽希は僕の顔を覗き込んできた。そんな表情は反則だ。まるでこちらが悪いみたいじゃないか。
「……言わないならもういいよ。もうすぐ夕飯だからさ。僕帰るね」
サイダーは一口しか飲んでいなかったが、フタを閉めて立ち上がった。陽希も慌てて僕にならった。
「じゃあね、陽希」
「うん。また、学校でな!」
――言えた。ハッキリ言えた。そして今度こそ、わかってもらえた。
僕はそう信じて、歩き出した。
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