02
入学してしばらくは授業がない。オリエンテーションという名の準備をするらしい。教科書が配られたり校内設備の説明をされたり。
あとは部活だ。映像を見せられた。ミナコーは部活動も盛んらしく、運動部も文化部も豊富にあった。
中学の時、田舎では……野球部しかなかった。僕が住んでいた地域に子供が少なかったせいもあるだろう。僕はそこには入らず、放課後はすぐに家に帰って音楽を聴いたりライブ映像を観たりするという生活を送っていた。
「なぁ千歳、部活入るの?」
陽希は休み時間になると僕の席にいちいち来るようになった。他の生徒とも話してはいるようだが、一番は僕である。大型犬に懐かれたつもりでいなしていた。
「僕は入らないよ。運動苦手だし。他に興味あることないし」
「合唱部とか入らねぇの? 歌上手かったし」
「歌、ねぇ……」
僕は小学生時代、音楽の先生に推薦されて、音楽会でソロパートをやらされていた。だからこそ変に目立ってしまったのである。僕は声変わりするまではソプラノが歌えたから。
その頃の話を蒸し返されてはたまらない。僕は陽希に尋ねた。
「陽希は何かするの?」
「考えてたんだけどさ。部活、作ろうかなって」
「作る?」
「冊子に書いてただろ。部員四人集めれば新しい部活作れるって」
部活にはとことん興味がなかったので、そんなところまで読んでいなかった。
「千歳、いつも音楽聴いてるしさ。軽音部作るのなんてどう? 何年か前はあったらしいけど、廃部になったんだって」
「僕は……遠慮しとくよ」
そう言ったのに、陽希は勝手に盛り上がり始めた。
「いいよな、軽音部! 楽器できる奴いないかどうか探してくる!」
そして、僕の席を離れて周りの生徒たちに声をかけ始めたのだ。
――放っておこう。どうせ集まらないだろうし。
軽音というと、あれか。ギターとベースとドラムが必要なことくらいは知っていた。僕の好きなグレーキャットがそれにボーカル、という編成だからだ。
部員が四人必要。バンドも四人いればなんとかなりそう。陽希はそういう魂胆なのだろう。
――ん? でも陽希って楽器できるのか?
小学生の時は何もしていなかったはず。音楽会でもピアニカだかリコーダーだかくらいしかやっていなかっただろう。
中学生になって何かを始めた可能性はあるが、今のところそんな話は聞いていなかった。入学してまだ数日。三年間の溝はまだまだ埋まっていないのだ。
どうせ頓挫すると決めつけた僕は、それ以上考えるのをやめて、ワイヤレスイヤホンをつけた。
――うん、やっぱりグレキャはいいなぁ。
僕は邦楽が好きで、色々聴くけれど、一番はグレーキャットだ。伸びのある気持ちの良い歌声。メンバーの本名は伏せられており、ボーカルは「一号」と名乗っている。メジャーデビューするまでの経緯も不明。そんなミステリアスさもそそる。
一号は、僕とはまるでタイプの違う男性だ。背がひょろりと高く、金色の長髪をなびかせ、マイクを掴み前後に揺れながら絶唱する。そんなライブ映像を動画サイトで観るのが僕の楽しみの一つだ。
あんな風になれたら、と思わなくもない。今の僕は、校内のカーストに怯える意気地なしの高校生。陽希を盾にするという卑怯な手を選んでしまった。
「はぁ……一組にはいなかったよ、楽器やりたい奴」
陽希が戻ってきたので、ワイヤレスイヤホンを外した。
「そう。残念だったね」
「午後は他のクラス行ってみるか」
「っていうか、陽希は中学時代は部活どうしてたの?」
「ああ……中学? 聞きたい?」
陽希は顔をしかめ、あからさまに聞かれたくなさそうだったが、興味の方が勝ってしまった。
「うん。聞きたい」
「バレー部だったんだよ。一年生からエースアタッカー任された」
「えっ、凄いじゃん。高校でもやればいいのに」
「それなんだけどさぁ……」
詳しく聞くところによると、陽希が先輩たちを差し置いてレギュラー入りしたことで、部内がギスギスしてしまったらしい。それまでエースだった三年生は他のポジションについたが、陽希にだけハイタッチしてくれないなど、些細な嫌がらせがあったのだとか。
「だからさぁ、もうスポーツはこりごり。音楽だったらさ、上手い下手はあるかもしれないけど、勝ち負けはないだろ?」
「そういうことね……」
チャイムが鳴り、陽希は自分の席に戻った。担任が入ってきて、今度は委員決めだ。どれもやりたくなかった僕は、黙って成り行きを見守っていたのだが、幸い積極的な生徒が多く全ての委員が決まったのでホッとした。
特に、学級委員は争奪戦だった。ここで内申点を稼いでおけば、大学受験の推薦枠を取れるからだろう……というのは僕の勝手な推論。本当にクラスのために何かしたいのであれば謝らなくてはならない。
学級委員の座はくじ引きになった。一人の男子生徒に決まったところでちょうど時間がいっぱいとなり、昼休みになった。
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