第34話 後日譚


「このダンジョンも攻略したことだし、一旦ギルドに戻るか」


 俺がそう言うと、リリアは少し乱れた髪を手で軽く整えながら頷いた。


「えぇ。そうしましょう。この霧の中を何時間も歩いたおかげで、服も髪もボロボロね」


 彼女が小さく笑いながらそう言うと、フィオナも苦笑を浮かべて自分の肩についた埃を払った。


 そうして俺たちは第五層、そしてこの忘れられた地下遺跡を後にし、ギルドへと向かうことにした。霧の中を進み続けた疲労感も、ダンジョン攻略の達成感にかき消され、足取りは軽い。ギルドの建物が遠くに見えてきた頃、フィオナが両腕を伸ばして軽く伸びをしながら話し始めた。


「ようやく戻ってこれたわね。この後は何か美味しいものでも食べましょうよ。」


「いいな、それ賛成だ。ダンジョン攻略後の食事は格別だからな。」


「えぇ、任せて。私が全力で案内するから楽しみにしてて」


「そうね。でもその前に、まずは報告を済ませましょう。それにしても、今回の件がどれだけ重要視されているのか気になるわね」


 ギルドの入り口に到着し、木製の扉を押し開けると、中はいつものように賑やかだった。冒険者たちの話し声や笑い声が天井に反響し、依頼掲示板の前では情報を吟味する姿が見られる。何気ない光景に安心感を覚える一方で、自分たちが持ち帰る報告がこの平穏にどんな影響を及ぼすのか、少しの不安が胸をよぎる。


 そんな中、一人の壮年の男が俺たちに気づき、満面の笑みを浮かべながら駆け寄ってきた。


「久しぶりだな、ヨウマ……と言いたいところだが、なぜお前がリリアさんと一緒なんだ?」


 ギルドの受付担当、ゴードンが満面の笑みを浮かべながら近づいてくる。


「あぁ。実は俺とリリアは幼馴染で、子供の頃はよく遊んでいたんだ」


 俺がそう答えると、ゴードンは一瞬ぽかんとした表情を見せたが、すぐに目を大きく見開いて声を張り上げた。


「な、なんだと! お前、こんな別嬪さんと幼馴染だなんて羨ましすぎるじゃないか! 俺もそんな可愛い幼馴染が欲しかった……。でもてっきりお前の彼女だと思ってたぞ」


 その言葉に、一瞬リリアの顔が赤く染まった。彼女は目をそらしながら、声を少し上ずらせて反論する。


「ち、違います! 彼とはただの幼馴染で、それ以上の関係なんて――!」


 リリアの慌てた様子に、俺は内心驚きつつも思わず口元が緩む。普段の冷静で大人びた態度とのギャップがなんだか新鮮で可愛く思えてきた。


 そんなリリアの反応に、ギルドは目を細めてからさらにおどけて言った。


「いやー、照れるなよ。お前、まさかそれで彼女じゃないなんて、意外すぎるぜ。でも、そうか、幼馴染か……それもまた羨ましいな」


 リリアは一層顔を赤らめ、無言で腕を組んでうつむいた。照れているのが隠しきれない様子に、俺はますます笑みをこぼしてしまう。


「おっと、そんなことよりも、ヨウマたち。今回の一件でギルドのお偉いさんたちに呼ばれているぞ。場所は二階の会議室だ。もう始まっているから早く行ったほうがいい」


「わかった。ありがとう。リリア、フィオナ、行こう」


「「えぇ」」


 ギルドの二階へと続く階段を上りながら、俺たちは少し緊張感を共有していた。初級者向けダンジョンでの異常事態がどれほど重大視されているのかを考えると、軽くは済まないだろうという予感がする。


 会議室の前に到着し、扉を開けると、予想通り中は既に会議が進行中だった。円卓を囲んだ数人の冒険者やギルド関係者たちが真剣な表情で議論を交わしている。その雰囲気に圧倒されつつも、俺たちは邪魔にならないよう部屋の隅に腰を下ろした。


 その時、部屋の中央で話していた威厳のある男性が声を張り上げた。


「ということで、初級者向けダンジョンである『忘れられた地下遺跡』に、現れるはずのないヴェノムエンペラーやダークビーストが出現した件だが――」


「なあ、リリア。このおじさんは誰だ?」


 俺が小声で尋ねると、リリアも同じく小声で答えた。


「あの人は、冒険者ギルドの中央本部長、グレイ・アルフォードよ。この国で最も権威のある冒険者の一人ね」


「グレイ・アルフォード……そうか、噂には聞いたことがあるけど、あれが本人か」


 俺は密かに感心しながら話に耳を傾けた。この前の会議では本人が出向くことはなかったな。

 グレイは議論をまとめ、俺たちの方を見つめて口を開いた。


「さて、ヨウマ、それからリリア……君たちには引き続き、この件の調査を依頼したい。この異常事態が偶発的なものなのか、それとも背後に何者かの意図があるのか、真実を突き止める必要がある」


 責任の重さに部屋の空気が一層張り詰める。俺は少しの間を置きながら口を開いた。


「わかりました。本部長の期待に応えられるよう全力を尽くします」


「私も同じ気持ちです。この問題が解決すれば、冒険者全体の安全性に繋がるはずです」


 会議が終わると、リリアが軽く息を吐き、俺に尋ねた。


「ヨウマ、このまま次のダンジョンに向かうの?」


 俺は少し考えて首を振った。


「いや、今回は見送る。報酬で新しい武器を買うつもりだ。これからの戦いに備えたい」


 リリアが微笑みながら同意してくれる。フィオナも興味深そうに笑顔を見せた。


「いい考えね。じゃあ武器屋でヨウマのセンスを見せてもらおうかしら」


 こうして、俺たちは次のダンジョンではなく、武器屋に向かうことにした。

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