第4話 元・社畜、才能開花する。


 夕方、薄暮が差し込み、虫の鳴き声と川のせせらぎが辺り一面に広がっていた。さっきまでの激しいバトルがまるで幻だったかのように、静けさが戻ってくる。耳をすませば、繊細な音ですら響き渡るほどだ。


 俺のスローライフ計画は何処へ行ったんだか、すっかりバトルに夢中になってしまっていた。

 俺は過酷さを捨て、温かい生活を一からする。そのために力を付ける必要がある、と言われればそれまでなのだが……。というか、自分が魔法をこんなにも簡単に使えてしまうとは思わなかった。

 自分の才能に驚く一方で、少しばかり不安も感じる。


「テルラは……大丈夫なのか?」


 ふと、テルラのことが頭をよぎった。

 そんなとき、森の奥から物音が聞こえ、俺は思わず身構えた。新手のモンスターが現れたのかと警戒しながら振り返ると、そこには何事もなかったかのように歩いてくるテルラの姿があった。


「ヨウマ!! 大丈夫だったか!? モンスターはどこにいった?」


 テルラは息を切らしながら俺に駆け寄り、心配そうに尋ねた。


「大丈夫。モンスターはあの後、森の奥に帰っていったよ」


 俺が倒したことは黙っておこう。どうせ言っても面倒なことになるだけだ。戦いの余韻を引きずるよりも、今は無事であることを喜ぶべきだろう。


「そうか。怪我が無くて良かったよ、ヨウマ」


 テルラの安心した表情を見て、俺もほっと息をつく。

 俺たちは森を抜け、家に向かうことにした。モンスターが再び現れる可能性を恐れたテイラの判断だろう。俺もこんなところで死ぬのはごめんだ。彼の判断は正しい。


 家に着くと、ミルラが玄関で履き掃除をしていた___というより俺達の帰りを待っていたのだろう。


「おかえりなさい! キノコは取れたかしら?」

「ん? ああ、多くはないがな」


 ___ モンスターの事は言わないのだろうか...??


(ねぇ。何でモンスターの事は言わないの?)


 ミルラに聞こえないように、少し声の音量を下げてテイラに尋ねる。


(ミルラは心配性だからな。モンスターと遭遇したなんて言えば、腰を抜かしちまう)


 なるほど。つまり面倒くさいからってことだな。

 納得し、ミルラの心配を避けるためにもテイラと辻褄を合わせる。


 帰り道に生えていたのを採ったキノコをミルラに預け、俺は優雅に入浴しつつ疲れを癒していた。


 やはり異世界でも風呂というものは良い。

 40℃くらいのお湯に肩までつかり、血液がつま先から頭までスピードを上げて巡っているのが分かる。


 明日は筋肉痛だなー。


 特に激しく動いたわけではないが、魔法を使うのには全身の筋肉を使うし、攻撃魔法を使うのは慣れていない。だからそこら中筋肉痛なのを覚悟しなければならない___そんな大げさな話ではないけど。


 ほどよくして、俺たちは食卓に着く。

 異世界の食事とはいえ、俺たちの食生活は現実世界に比べても遜色ない。今日は森で採れたキノコを使ったスープがメインディッシュらしい。

 早速スプーンで口にする。


「今日のスープ、すごくいい匂いだな」


 普段は淡々と食事をすることが多いが、今日は戦闘の疲れもあってか特に食欲が旺盛。尚更美味しく感じられる。


「ありがとう。今日のキノコは少し珍しい種類だったから、特別に工夫してみたのよ」


 ミルラは照れながらも微笑み、答える。

 その笑顔を見ると、こっちまで心が温かくなる。


 夕食を食べ終えると、俺は自室に戻った。

 ここなら誰にも邪魔されず、こっそりと魔法の練習ができる。


「早速、お試しといきますかね」


 部屋の真ん中に立ち、深呼吸を一つしてから魔法の言葉を唱えた。


「テレポート」


 そう唱えると、目の前の景色が分からないほどに一瞬で変わった。

 どうやら自分の部屋から、家の外の庭にテレポートしたようだ。


「マジか...」


 自分でも驚いてしまう。現実世界では何の取り柄もない社畜だった俺が、異世界ではこんなにも驚異的な力を持っているなんて。

 俺はその後も自分の魔法を試してみた___筋肉痛なんて忘れて…。


___次の日


 

 痛い。眠い。だるい。

 この3つのワードにかなうものはないだろう。


「はぁ~」


 深いため息を思わずつく。


 魔法の実験に夢中になりすぎて、つい徹夜してしまったのだ。

 そこに持ってきて副作用___というか筋肉痛。魔法の使いすぎは良くない。

 朝食の前だが、まるで食欲がわかない。



 だが、その代わりにいくつか判明した事がある。


 __まず、俺は見聞きしただけで魔法を使えるということ。

 これは大きなアドバンテージだ。恐らくこれは、俺の才能なのだろう。

 __だが、一方で魔力には限界があり、魔力が尽きると魔法が使えなくなる。

 まあ有名な話だな。

 __また、魔法の種類によって消費する魔力が異なることも分かった。

 

 魔法の才能があるということは喜ばしいことなのだが、俺はまだまだ幼い。数回魔法を唱えただけでも魔力切れがあっさり起きてしまう。

 具体的に言うと、全身の力が急に抜けて、めまいと頭痛が起きる。

 

 うん、普通につらい。


 特に「マナバレット」の攻撃魔法は強力だが、3発撃っただけで魔力が尽きてしまう。つまり、無闇やたらに使うことができない。今後は、使用するタイミングをよく考えながら使わないと、もしもの時に頭痛えー、力入んねえ―、だと非常にまずい。


 ___魔力量をどんどん増やしていくのもありかと思ったが、下手に鍛えて成長に支障をきたしてしまったら、元も子もない。


 それはそうと、魔法について知れたことは良いのだが、それよりも大事なことがある。この才能をどうするか、だ。


「この才能、隠した方が良いか?」


 誰もいない自室で自分に問う。

 異世界での生活はまだ始まったばかり。自分の力を隠すことで、余計なトラブルを避けられるかもしれない。だが、いざという時に使えないのも困る。


「とりあえず、身内にはこの事を黙っておこう」


 今はまだ、自分の力を完全にコントロールできていない。慎重に行動することが、今の俺には最も重要だ。魔法の力を隠しつつ、必要な時にだけ使うことで、平穏な生活を守りながら成長していくことを目指そう。

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