第12話 鍵染さんの妹はシスコン?

 土曜日になり、朝食を食べ終わった俺は自室で出かける準備をする。聡美が最近ハマってるプリンを買いに行くためだ。


あいつの機嫌を取って本心を聞き出してから仲直りする。それしか多分方法はない…。



 プリンを買うにあたり、俺は人気の洋菓子店のレビューや星の評価をチェックしまくった。候補がいくつかあって悩んだが、なるべく評価が高くて家から近い店を選んだ。


プリンを買うんだから、交通費はなるべく抑えないとな…。



 開店時間30分前にお目当ての店に着いたが、ちょっと行列ができてるじゃないか! こんなクソ暑い中並ぶのかよ! 人気を甘く見てたぜ。


携帯扇風機や扇子に加え、飲み物はたくさんあるから何とかなると思うが…。なるべく日陰で過ごす事と、心を無にする事を欠かさないようにしよう。


「暑いね~、お姉ちゃん」


「そうね…」


どうやら俺の後ろに姉妹が並び始めたようだ。


「お姉ちゃんここのところ家にいない時が多いから、久しぶりに一緒に出かけられて嬉しいよ」


「色々あってね。友達の妹さんの事が気になるの」


「喧嘩してる感じ?」


「う~ん、喧嘩なのかしら? その友達の自業自得のような気がするけど…」


辛辣だ。というか、聞いたことある声だぞ。俺は気になって後ろを振り向く。


「あっ…」


後ろに並んでいるのは鍵染さんだった。隣にいるのは誰だ?


「あら、深谷君じゃない。あなたもこの店のプリン目当て?」


「まぁな。鍵染さんもか」


「ええ。ここのプリンはおいしいってSNSで評判なのよ。だから妹の詩織と一緒に買いに来たの」


鍵染さんの妹か。以前紗矢さんから聞いたっけ…。(6話参照)


「この人が、お姉ちゃんの友達…。男の人じゃん」


そう言う詩織さんから敵意みたいなのを感じる。初対面なのに何でこんな対応されるんだ?


「お姉ちゃんは大学かバイトの時以外はほとんど家にいるのに、ここのところ出かけてばっかり。今日は久しぶりに2人きりなのに…」


「詩織。深谷君を悪く言っちゃダメよ」


「……」


今ので大体わかったぞ。詩織さんにとって、俺は邪魔者なのか。


「鍵染さん。邪魔する気はないから、2人きりを楽しんでくれ」


「そう言われてもね…。深谷君と聡美さんの関係は何とかするべきだけど、私達も何とかしたほうが良いと思うのよ…」


仲が良い姉妹にしか見えないが、訳アリっぽいな。


「この人、聡美ちゃんのお兄ちゃんなの? ん~」


さっきより敵意が減った感じだが、それでも紗矢さんと比べるとまだまだだ。


「聡美と仲良くしてくれてありがとな」


「別にお礼を言われるためじゃないし」


この姉妹、言い方がキツイ点は似てる気がする。俺が男だからかもしれないが…。



 ようやく開店時間になり、少しずつ行列が進み始める。あと少しで店内に入れるぞ。


…入ってすぐ、お目当てのプリンを買う。これだけで大丈夫だと思うが、一応違うバージョンも買っておこう。聡美の好みがわからないからな。


帰る前に鍵染さんに声をかけようと思ったが、詩織さんの機嫌を損ねたくないので止めた。



 プリンを買ってから、俺はまっすぐ帰宅した。聡美だけでなく、両親も出かけていないようだ。プリンは忘れずに冷蔵庫に入れておかないと。


…よし、これで安心だ。ホッとした事で、さっきの鍵染さんのやり取りを思い出す。あの姉妹が抱える問題は何だ? 気になるな~。


そうだ、紗矢さんに訊いてみるか。詩織さんのクラスメートの彼女なら、何か知ってるかもしれない。早速浅岡さん経由で確認してみよう。



 自室で浅岡さんの返信を待っていたところ、その彼女から電話が来た。


「深谷くん、さっきの事は紗矢に伝えたよ」


「そうか、ありがとう。それでどうだった?」


「直接言ったほうが早いって。隣にいるから代わるね」


「わかった」


「……もしもしお兄さん? 紗矢です」


「悪いな、手間かけさせて」


「それは良いんですが、詩織ちゃんの事を訊くって事は、今日会ったんですか?」


「ああ。聡美のためにプリンを買いに行ったんだが、その時に偶然な」


「なるほど。その時の詩織ちゃん、お姉さんにベッタリだったでしょ?」


「そうなんだよ。男の俺を敵視してる感じでさ…」

男というより、人見知りの線もありそうだ。


「詩織ちゃん、ガチのですよ」


「シスコン?」


「はい。話題がなくなると、お姉さんの事ばかり話すんです。わたしにも姉さんがいるから、共通点がある詩織ちゃんとは一緒にいる事が多いですね」


「そうなのか。今日2人に会って思ったんだが、鍵染さんは今の状況をよく思ってない気がしたぞ」


「それは気のせいじゃないと思います。詩織ちゃん、お姉さんに下着をプレゼントした事があるらしいですから」


「マジで!?」

俺でなく、電話口の浅岡さんが反応した。


「脱衣カゴに入ってる下着を漁って、サイズを把握してからプレゼントしたらしいよ。しかも1回だけじゃなくて何度も」


「それはガチだね~」


「俺もそう思う」

鍵染さんが悩むのも無理ない。


「詩織ちゃんは気になる事ですが、お兄さんは聡美ちゃんを優先したほうが良いですよ」


「わかってる。出かけてるあいつが戻ってきたら話すつもりだ」


「吉報を祈ってます。姉さんに代わりますね」


「……あたしも気になってるから、後で詳しく教えてね~」


「ああ、また後でな」

俺は電話を切る。



 鍵染姉妹にそんな事情があったとは…。なんて考えてる場合じゃない! 今の俺がしないといけないのは、聡美との仲直りだ。彼女の事は後回しにしないと。


「ただいま~」


聡美が帰ってきたぞ。俺は部屋を出て、玄関にいるあいつの元に向かう。

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