第十一話「空を穿つ」




-1-




 クリスが攫われた? ……どうやって?

 告げられた内容に衝撃を受けるよりも、まず初めにその疑問が浮かんだ。


「国内で誘拐を許した覚えはないんだが……詳しい状況は分かるか? そもそも、そのクリスからの電話だったのか?」

「あうぅ……えっと、違くて……その、あああああぁ、何言ってんだろ」

「いや、とりあえず落ち着け」


 混乱しているのはこちらも同じだが、こいつはその比じゃない。俺にとってあの鼻タレはせいぜい妹の友人程度の存在だが、明日香にとっては違う。近しい人間が誘拐されるとここまで狼狽するのか。

 ともあれ、この状態では話を聞くのもままならない。動揺し過ぎな明日香を落ち着かせるために座らせ、PCに視線を向ける。特に何も言う必要はなく、それだけでミナミが頷いた。素晴らしい。


『確かに、発信器の反応の一つが例の大陸の位置へ移動しています』


 なら、怪人による誘拐事件ってのはほぼ確定だな。


「さっきの声明で言ってた名簿には?」

『配布された誘拐被害者の名簿に記載されているのは氏名、性別、年齢、国籍。……確かに日本国籍の人間がいますね。そのクリスさんを含めて三人も』


 クリスの家族構成は知らないが、両親とまとめて攫われたとかだろうか。


「その三人の関係は?」

『名前だけ見るなら直接の関係はなさそうですが……他の二人の内、一人はかなり前に被害届が出てます。……海外で』

「そ、そう。クリスのお父さんの実家に行く途中だったから、アメリカの空港で怪人が出たって、事になる。多分」

「そういう事か……」


 ヒーローの担当範囲は国・地域であって、人間の出身地や籍に紐づくものじゃない。

 いくら俺の担当範囲で鉄壁の警戒網を布いていても、自分から範囲外に出た場合まで対応できない。当たり前だが、それは行先、経由先の管轄になる。それで、気付かない内に三人も日本人が誘拐されていたと。

 海外行くなとも言えないし、これは止めようがねえ。……いや、そもそもの話、こちらで把握していた人数と宣言にあった人質三百人という人数自体に大きな隔たりがあった。こちらはミナミの情報網を使ってですら、その半分も特定できていなかったのだ。


「さっきの電話はクリスの両親からだったのか?」

「え……と、違う。近くにいた日本人の人で、目の前で怪人に攫われた時に落としたのか、それを拾って履歴にあった私の番号に……」


 そういう流れか。つまり、攫われたのは本当についさっきって事だ。


「ど、どうしよう。クリス助かるよね? ……助けて」


 混乱と動揺の中にあって尚、明日香は言葉を選んでいるように感じられる。

 おそらくは余計な事を言って俺の不興を買うのを避けてるのだろう。この後に及んで俺が動かない理由などないし、こいつもそれは分かっているはずだが、だからといって安心できるわけもないって事だ。

 それは俺の思考パターンにも良く似ていて、妙なところで穴熊英雄と血の繋がった兄妹である事を認識させられた。……今のマスカレイドさんと血の繋がりがあるのかは良く分からんが。


「落ち着け」

「だってっ!」


 完全にパニック状態だ。見ているこちらが冷静になるほどに。

 はっきり言ってクリスが無事な可能性は高い。身代金目当てなど、普通の誘拐事件のほうがよっぽど危険だ。一般人である明日香には理解し難いだろうが、怪人の宣言で無事だと言っている以上、それはおそらく真実なのだ。このイベントで救出できなかった場合の保証は一切ないが、少なくとも今現在は。そして、俺の手で直接挽回可能な状況である。


「明日香、お前の目の前にいるのは誰だ? 言ってみろ」


 言っておくが、どこかの三男じゃねーからな。そういうギャグじゃねーから。


「え……お……馬鹿兄貴」

「違う」


 こんな時に何言ってるんだという顔をする明日香。しかし、その場においてそれは不正解だ。

 ちなみに、お兄ちゃんと呼んでほしいという意味でもない。


「今、お前の目の前にいるのは、最強無敵のヒーロー、マスカレイド様だ」


 悪事を働く怪人からすら恐れられている恐怖の化身でもある。この状況で怪人側が最も警戒しているのは俺だ。


「怪人が悪事を働いたというのなら、それを打ち砕くのがヒーローの役目だ」


 そこに何も問題はないし、矛盾もない。水面下では色々と黒いものが渦巻いているようだが、それは怪人をぶん殴って誘拐被害者を救出するという行動とはまったく別のものだ。


「攫われた人がいるなら助けるし、それが知り合いだというのなら少しばかり贔屓して優先度を上げもする。……だからまあ、任せておけ」

「……うん、分かった」


 ヒーローは正義の味方ではない。しかし、正義の味方をやったって構わないはずだ。




-2-




「……さて、情報整理だ」


 明日香を部屋に戻したあと、俺は画面に映るミナミと向かい合う。

 ここから先は俺たちの世界であり、領分だ。聞かせられない話も多い。


「はっきり言って、俺たちが考えてた想定は甘かったな」

『方向性は合ってましたし、内容もほぼ予想通りでしたけど……イベント後まで世界にもたらす影響については抜けてましたね』

「いざこうなってみると狙いは見え見えなんだけどな」


 怪人の目的やそれを実現する手段は予想していたのだから、こういう構図に思い至る事もできたはずなのだ。しかし、頭のどこかで人間社会はヒーローと怪人が戦う舞台でしかないと考えていたのだろう。実害があったわけでも事前に気付いて何かできたわけでもないが、認識の甘さを痛感した。


「運営か怪人か知らんが、これを考えた奴はとことん面倒な状況を作り出したいらしいな」

『面倒ですね。怪人を倒し、人質を無事救出しても凶悪な火種が残る』

「最悪、第三次世界大戦まであるな」

『それはないと言えないのがまた……』


 もし大陸が残り続けるのなら十分に有り得るだろう。そこまでいかなくても、紛争規模の争いなら発生しないほうがおかしい。

 アレは人類史で類を見ないほどに巨大な利権の塊だ。

 世界で人の手が入っていない地域は未だに存在するが、完全に未開拓・未探索の大陸なんて巨大な空白地帯は存在しない。あえていうなら領有の問題が凍結されている南極だが、その南極だって入植のし易い場所にあったらすでにどこかの国が領有しているだろう。

 今回、大陸が出現したのは北大西洋。つまり、北米と西欧の間だ。こんなところにある大陸を無視できるはずがない。

 完全に未知の資源が眠っている可能性も高い。アレ自体がただの土と石の塊で資源がないとしても、元々海中だった部分の資源まで消えてなくなるとも思えない。海底に眠っていた資源が採掘し易くなるというだけでも、争いが起きるには十分過ぎる利権になる。

 こうして明確に煽りを入れてくる以上、それらの利権はおそらく存在する。むしろ、俺たちが想像付かないようなエサまで用意している可能性すらあると考えたほうがいい。

 今回の一件に日本が直接巻き込まれる可能性は高くない。地球の反対側で領有宣言をするには無理があるし、実効支配する戦力もない。せいぜい資源の購入や入植のための物資を販売する先ができて、商社あたりが喜ぶ程度だろう。

 この場合手を出しそうなのは大西洋湾岸にある国家群。資源だけではなく、地政学上あの場所を領有されて困る国はたくさんある。アメリカが近い……というか真横にあるというのも問題だ。世界の警察を自称するあの国は潜在的な敵も多い。その喉元を押さえつけられるような機会を黙って見ているとは思えないし、それを許すとも思えない。


「……すげえ面倒臭え。いっそ大陸丸ごと壊したい」


 考えれば考えれるほどに厄介なシロモノだ。月に拠点が現れるかもなんて考えたりもしたが、そっちのほうがよっぼど面倒がなくていい。ファンタジー感溢れる天空の城や海底都市、地底都市のほうが遥かに楽だ。


『一応聞きますけど、可能なんですか?』

「時間とそれによる被害を考えなければ、全体を海面下まで沈めるくらいは可能だと思う」

『って事はなしですね』

「そうだな」


 その手は取れない。大陸という利権の塊を破壊して文句言われるくらいなら構わないが、それによって起こる被害は無視できない。出現時に影響がなかったのは理解不能な力が働いているからであって、一度出現したものを再度破壊すれば物理法則の影響は免れないだろう。大陸丸ごと破壊する場合の影響なんて想像も付かないが、これだけの巨大質量が消えれば最低でも津波で大西洋沿岸地域は壊滅、世界的に見ても異常気象のオンパレードが待っているはずだ。さすがにそんな地獄を創り出すのは避けたい。世界の敵ってレベルじゃないぞ。ぶっちゃけ、マスカレイドが全力で海面パンチしただけでも似たような事になるような気はしないでもないが。……溶かせば被害はもう少し抑えられるかな。


「イベントのルール次第だが、大陸が残り続けるならそのまま怪人に実効支配してもらってたほうがいいかもな」


 それで文句を言う奴はいるだろうが、紛争が起きるよりはいいし、勝手に怪人に対してケンカを売るならどうぞご自由にというスタンスを貫くだけだ。


『選択肢の一つとしてはアリかもしれないですね。目に見える場所にずっと怪人がいるのはストレス溜まりそうですが、怪人にとって戦略的な価値があるとも思えません』

「怪人のルールを知ってる奴にしか通用しない理屈だがな。橋頭堡とか言ってたが、いきなり現れる連中に戦略的な意味合いでの前線基地なんて必要ない」


 あれは、また別の意図が込められた言葉なのだ。


「クリスの一件、意図的なものだと思うか?」

『マスカレイドさんの関係者って事で狙われたかって話ですか? その線はないと思いますけど』

「まあ、そうだよな」


 あまりに出来過ぎたタイミングと被害者だが、これが狙ったものだというのはちょっと厳しい。対マスカレイド用の演出として、名簿の最後に名前を連ねるために日本人が狙われたという程度の思惑ならまだ分かるが、偶然と考えるのが自然だ。俺に対する人質と考えるには、クリスは関係が希薄過ぎるし、それを運営が"ルール上"許すとも思えないのだ。


「じゃあ、俺……いや、ヒーローの関係者を、"怪人が"故意に直接狙ってくる事は有り得ると思うか?」

『そりゃ……ああ、なさそうですね。偶然巻き込まれたっていうのならともかく、直接狙って来るのはちょっと怪人側に有利過ぎます』

「あくまで推測でしかないし楽観的に考える事もできないが、人間社会にいるヒーローに対して怪人が直接攻撃する事は禁止されてるんじゃないかって思うんだよな」


 運営元が同一である以上やろうと思えばいくらでもできるし、身バレさせる事も容易だ。しかし、ここまで怪人がそういう攻撃を行っていないという事はそういうことなんじゃないだろうか。

 あの少年怪人はこれがゲームだと言った。つまり、お互いに死人は出るし人間の被害も甚大だが、どこかに超えては行けないラインが存在するのではないだろうか。明言されていない以上、それを確かめるチキンレースはしたくないが。


「……ヒーローを殺すのは人間って事なんだろうな」


 人間社会とその世論がヒーローを殺す。それは最初から警戒していて、実際に起きた事でもある。

 実のところ、この戦いはヒーロー、怪人、そして人間の三極構造なのだ。ヒーローは怪人に強く、怪人は人間に強い。そして"人間社会"はヒーローに強いというじゃんけんのような関係というわけだ。今回のイベントはその構造を明確にするための一手でもあるのだろう。


 大陸はただ、怪人という理不尽な暴力に耐えるだけだった人間の前に吊るされたエサ。このエサを望む人間がいれば、手を出してしまうのが社会だ。国民の多数が望んでいなくても政府が強行する可能性はあるし、企業が働きかけるかもしれない。あるいは国ではなくテロリストが実効支配に乗り出すという可能性もある。そんな思惑が国ごとに存在するのなら、完全に止める事など不可能だ。

 世論誘導にしても、いつかの八百長試合くらいが限界。アレだって様々な要素が入り混じった上で奇跡的に実現したもので、最初から狙ってやるのは無理があるだろう。ヒーロー個人で……いや、全員が一致団結しても人間社会を制御するのは不可能だし、世論の誘導すら困難なのが現実だ。

 こうしてバランスが壊された以上、人間とヒーローの関係も変わらざるを得ない。エサを手に入れるためにヒーローを利用する。邪魔をするなら排除するよう世論を動かす。それらが不可能でない事は、過去の事例からも見てとれるのだから。




「いつかみたいに、ヒーローネット側でイベントの詳細は告知されてないのか?」

『ティザーサイトは用意されてるみたいで、ページ上では情報公開のカウントダウン用のカウンターだけが設置されてます。カウント自体はあと一時間ちょっとですね』


 相変わらずふざけた話である。


「大した時間でもないし、それは待つしかないな。……今現在の時点で、他に何か情報はないか?」

『えーと、長谷川さんから今回の件についての情報提供を求められてます。監視している人たちがこのタイミングで接触してくる可能性が高そうなので、マスカレイドさんとしてのスタンスを聞いておきたいと』

「ああ、ありそうだ。詳細はイベントの情報が公開されてからになるが、とりあえず人質の救助は優先して行う方針だって言っておいてもいいぞ」

『そうですね。個人的にはそこが一番気になっているところでしょうし』


 これまで慎重過ぎるほどに接触を避けてきた監視連中だが、ここまで状況が動けばなりふり構っていられないかもしれない。

 個人的にはイベント後の接触のほうが望ましいが、我慢できるかどうかは分からん。


『あと、いくつか他のヒーローからの共闘要請が届いてます。とりあえず話だけでもってところが多いですが』

「それもイベントの内容が分からないと答えられないが、気が進まないな」

『マスカレイドさんをどこかに放り込んで、チームとして機能するはずないですしね』

「言い方は気になるが、そんなところだ」


 一時的な協力くらいならできるかもしれないが、それをして変な前例を作りたくもない。

 あまり他のヒーローと関わりあいになりたくないというのもある。言葉は通じるとはいえ、文化も違えば価値観も違う相手だ。


「大陸の画像とかはまだ見れないか?」

『それがどうも映像に映らないらしいんですよね。肉眼なら見れるらしいですけど写真すら撮れないとか』

「実は幻影って可能性は?」

『巨大質量があるのは確からしいです。ポルトガルのヒーローが直接出向いて上陸まではしたそうなので』


 行動早いな。


『ただ、その内側に見えない障壁のようなものが張られているらしくて、映像化を阻害しているのはそれなんじゃないかって話になってます』

「そこで戦わせる気なら地形の情報は隠蔽して然るべきって事か。他に見せたくないものがあるのかもしれないし」

『ヒーローだけなら、中に転送すればいいわけですからね』


 大陸なんて巨大フィールドを用意するなら、地形情報は重要だ。空撮すれば人質がいる場所も分かる可能性もある。

 ……となると、上陸できた海岸は別にしても、大陸内部は見えているそのままである保証はないって事だ。


「そのバリア壊せたりしねーかな?」

『どうでしょうね。ポルトガルのヒーローが攻撃してみたらしいですが、ビクともしないって話です。……マスカレイドさんの強襲を警戒して、強度をその基準まで上げてるとか?』

「ありそうな話ではあるが、その扱いは釈然としないな」

『元々あの地域を領海内に含んでいた複数の国が偵察を開始しているので、少し経てば情報も入ってくるかと』

「情報公開のほうが早そうだ」


 もう情報公開まで一時間を切っている。フットワークの軽いヒーロー個人ならともかく、国はそこまで迅速に動けないだろう。




-3-




 そうして、イベントの情報が公開された。


[怪人システムバージョン2リリーステスト 怪人たちの王国を制圧せよ!]


 また、相変わらず空気の読めていない表題である。

 新しいシステムの導入試験を行うためにわざわざ大陸を創って、多数の誘拐事件を起こしましたと言っているようなものだ。……ようなものというか、そのままだな。運営側の神々はいい加減にすべきだろう。絶対これ、人間の事をおもちゃか何かにしか見ていないぞ。


「要は、バージョン2で導入されるシステムを大陸で再現するって事だな」

『テストとは言ってますが、どちらかというと新しいルールに慣れさせるのが目的でしょうか』

「まあ、バグの洗い出しが必要とも思えんしな」


 イベントの内容は意外と単純なものだった。大規模イベントとはいっても複雑なルールはない。


< 目的 >

 アトランティス大陸(仮)の制圧。及び中央エリアに囚われた人質の奪還。


< ルール >

・大陸の内部は数百のエリアに分割されている。

・各エリアはバージョン2で導入予定の名声値システムが適用され、そこに出現する怪人を討伐する事で占拠率が上昇する。

 短期間のテストのため、この占拠率は変動し易くなるよう補正されている。

 設置された要塞やそこに配置されたボス怪人を攻略する事で占拠ボーナスが発生する。

・イベント開始直後、大陸沿岸エリアへヒーローの転送が可能になる。

 大陸の各沿岸から見て距離の近い担当エリアのヒーローが優先権を持ち、時間経過で順次遠方のヒーローが転送可能になる。

 同盟を締結している場合、転送優先権はより近い同盟区域に準拠する。

・占拠率が一定の値を超えたエリアはヒーローの直接転送、及び転送以外での直接移動が可能になる。

 外部からの上陸阻害用障壁も占拠エリアに合わせて解除される。

・エリアの完全占拠に成功した場合、以降占拠率の変動は凍結され、イベント後も含め怪人は出現しなくなる。

・人質は中央エリアの拠点に隔離されている。

 この中央エリアのみ複数の内部エリアに分割された特殊構造になっており、この占拠率が一定値に達する事によって順次人質が自動解放される。

 解放された人質の情報は被害者リスト同様、全世界に向けてリアルタイム公開される。

・イベント期間は協定世界時で十二月二十五日の0時から24時まで。

 イベント終了時、エリア内に存在しているヒーローは拠点へ強制帰還される。

 終了時点で未解放の人質は殺害される。『惨たらしく殺す。具体的には0.1マスカレイドくらい』




 あの大陸を数百のエリアに分け、ヒーローによる陣取り合戦を行う。要点だけならそれだけの事だ。つまり、外側から内側に向けてエリアを占拠しつつ進むイベントというわけである。

 イベント詳細ページには簡単に地図も載せられていた。距離感などは参考にならないが、エリアの分布や簡単な地形などは把握可能だ。

 肝心の人質がいるのは中央部。概略図にはなんか円形の建物が記載されているので、塔かドームのような何かがあるって事なんだろう。複数の内部エリアに分かれているって情報から考えれば塔って考えるのが正解だろうか。

 そこへ向かうルートはいくつか考えられるが、大陸というだけあって直線上には山もあれば河もある。森もあるあたり、海から浮上したわけじゃないって事だ。


 あと、場所的にやっぱりアトランティス(笑)なんだな。放っておいてもそう呼ばれそうではあるが。

 簡易地図を見ればバミューダ諸島とかアゾレス諸島をうまーく避けてる。わざわざ周辺の地形に合わせたような形になっていて、特にアゾレス諸島近くの形が歪だ。ポルトガルのヒーローが上陸作戦を決行したのはそういう理由からなんだろう。



『0.1でも十分に恐ろしいですね。どんなひどい目に遭わされてしまうのか……』

「まず最初に言及するのがそこか……」


 いや、なんでわざわざそこだけ注釈が入っているのかも分からんが。なんだよその謎単位。人を勝手に残虐さの単位にするんじゃねーよ。


「転送による制限が露骨だな。俺が転送可能になるまでかなり時間がかかりそうだ」

『やっぱり、地球の裏側にいるマスカレイドさん対策ですかね』


 その線が濃厚である。一斉にヒーローが転送されて訳分からん状態になるのを避けるためとか、そんな理由もあるんだろうが。

 俺が出撃できるようになるまでに、いくつかのエリアは占拠されるだろう。イベント後にわずかでも安全地帯があるなら領土争いの始まりだ。……対岸の国担当のヒーローが優先されるってのもそれを見越しているんだろう。自分の国のヒーローが占拠した場所だと言い張れなくもない。

 一応、同盟を締結すればそれに便乗して出撃も可能なようだが、俺がどこかに手を貸せばそれ自体が火種になりかねないと。考えれば考えるほどに枷が増える仕組みというわけだ。

 良く考えろとは言っていたが、アレは良く考えて動けなくなるがいいって意味かもしれん。


「理想を言うのなら、エリアの占拠を一切行わずに人質を解放したい。人質がいるっていうド真ん中の建物は仕方ないにしても」

『マスカレイドさんだけなら可能でしょうけど……』


 これまでの怪人基準なら、どんな強敵が出て来ても、どれだけの数が出て来てもそれを強行する自信はある。

 生身でも可能だろうし、< マスカレイド・ミラージュ >が使えるなら尚更だ。ついてこれる怪人などいない。

 出現するという怪人の情報は提示されていないが、他のヒーローが参加する手前、俺基準の強さに変更してくるのも考え辛い。

 いくら占拠したエリアが安全地帯になると言っても、周りすべてが危険地帯なら手を出し難いだろう。そこに至る経路すらなければ有効利用しようがない。


 救出された人質は全世界に向けて情報公開される。明確に助けられた人と助けられなかった人が公開されるのは分かり易くていいが、その裏にある悪意も感じ取れる。隠そうともせずに煽りを入れてくるというわけだ。

 しかし、解放さえできれば人質を助けるためという侵攻の口実も封殺できるな。


「初期に転送権が付与される地域で、最も発言権が強いのはどこの同盟だ?」

『そりゃアメリカですね。東海岸側十州に渡る巨大同盟があります』

「そこのリーダーと話できるか?」

『え? ええ、同盟依頼も来てますし、返事すればすぐですけど』

「いや、同盟しようってわけじゃない。ちょっと交渉だ」




-4-




 太平洋上空。真下には海以外何もない場所で< マスカレイド・ミラージュ >に跨り、新大陸がある方向を眺める。

 ここからは見えないが、なんとなく向かう方向を眺めている。イベント開始まで暇なのだ。

 時間は余裕を持たせたほうがいいだろうと、かみさまに言って早めに転送してもらったのだが、ちょっと早過ぎたらしい。良く考えたら日本からここまで数分なのだから十分前行動でも問題なかった。

 というか、かみさまに言えばいつでも外出れるのかよ。なんで今まで知らなかったんだよ。


『イベント開始まであと三十分切りました』


 モニターからミナミが語りかけてくる。


「アメさん側の進捗は?」

『順調のようですが、やはり全ヒーローに同調してもらうのは難しそうですね。湾岸地域の担当ヒーローだけでも、条件付きで六割って見込みのようです』

「いや、十分すごいけどな」


 同盟とはいっても内部には複数のヒーローチームを抱え、完全な意思統一ができているわけでもない。なのにそれをまとめ上げて、かつ周辺国にも顔が利くカリスマは大したものだろう。少なくとも俺には真似できない。


「まだ不安なんだが、本当にこの位置でいいのか? いや、ミナミを疑ってるわけじゃないんだが」

『実証データがあるわけでもないですし、あくまでカタログスペックから算出した理論値なので、自信があるかといえば微妙ですけど……』


 そりゃ< マスカレイド・ミラージュ >の最高速度実験なんてそうそうできないからな。使用実績すらないロケットブースター込みじゃ余計だ。


『そこから北米方面に直進して、大陸中央部あたりで通常の最高速度に達する見込みです。そのタイミングでロケットブースター点火、アトランティスに突入します』

「障壁に取り付いたタイミングで《 マスカレイド・インプロージョン 》発動と。コンマ何秒のタイミングだよって難易度のミッションだな。実にハードだ」

『< マスカレイド・ミラージュ >の速度だけで障壁を抜けるなら、それでもいいんですけどね』

「障壁の強度が分からないんだから、保険は必要だしな」


 《 マスカレイド・インプロージョン 》は保険。ロケットブースターも保険。ついでに気休め程度だがドリル装備である。意味あるのかは知らんし、最高速度で壁に衝突したらぶっ壊れそうだが。


『でも、自信あるんですよね?』

「……五分五分ってところだ」


 普通に考えるなら乱入を避けるために障壁の防御は厚くしてあるはずで、その基準はおそらく俺だ。マスカレイドが全力で攻撃しても破られない程度の強度に設定して来たと思っていいだろう。

 しかし、それはあくまでこれまでの戦闘データ、評価データから見積もったものでしかないはずだ。

 怪人も、おそらく運営もマスカレイドの全力は目の当たりにはしていない。そもそも、俺自身が把握していない。

 もちろん、曖昧な部分を加味して強度を上乗せするくらいはやってくるだろう。その上乗せ分を更に上回れば俺の勝ちだ。つまり、やってみなくちゃ分からん。


 今回のイベントに当たって立てた作戦はそういう博打染みたものだ。

 アメリカを始め初期段階で転送優先度が高い地域のヒーローに出撃を自粛してもらい、そのわずかな時間で俺が外部から強襲をかける。

 大陸を覆う障壁を貫いて内部に侵入したあとはすべてのエリアと怪人を無視して中央に突入し、内部エリアを一つ占拠する。そうすれば、他のヒーローも中央エリアへ直接転送が可能になる。

 そしてそのまま中央エリアをすべて占拠し、人質を解放して終了だ。人質解放を考えるならこれが最も早いプランだろう。

 もちろんその後の動向までは縛れないから各ヒーローに自粛を促すしかないが、人質という最大のネックがクリアできれば、積極的に新大陸の領土を確保しに走るヒーローは少ないだろう。一定数の馬鹿はいるかもしれないが、基本的に国の思惑に盲目的に従っているヒーローは……いても少ないはずだ。

 ……と、ここまでがすべて上手くいった場合の話である。


 障壁攻略が失敗した場合は、その時点で通常のルールに乗っ取って攻略する。この場合でもタイムラグは一分以内に収められる見込みだ。

 そしてその次善案に至った場合、俺は今作戦に限りアメリカ東海岸同盟に参加して攻略を行う。これは本作戦にあたり他のヒーローを抑えてもらう代わりに提案した条件だ。

 それだけでパワーバランスは崩れ、新大陸におけるアメリカ一強を許す事になるだろうが、どう足掻いても動乱が避けられないならどこが有利になろうが関係ない。

 しれっと参加してそのまま中央へダッシュする事も考えたが、どこから攻略を開始したかバレてしまえば同じ事で、俺が共闘したという実績は残ってしまう。なら、無理難題を押し付けてるアメリカ代表に良い目を見てもらっても別にいいだろう。

 そもそも最初の博打を失敗した時点で俺の負けなのだ。その後は……まあ力押しでなんとかなるんじゃないだろうか。


 この提案をしたアメリカ東海岸同盟……というよりもそのリーダーは、俺と同種の懸念を持ち、憂慮していた。国の思惑はどうあれ、ヒーローは人間の動乱など望んでいない。あるいは、そういう意思の持ち主だからこそヒーローなのかもしれないが。

 だからこそこんな無茶な提案に乗ってくれたわけで、失敗するわけにもいかないとも思う。


『カウント始めます。十、九、八……』


 迫るイベント開始に先駆けて、マスカレイド出撃のタイミングが迫る。ここから先はかつてない全力の戦いだ。

 マスカレイドが怪人や運営の思惑すら超えたバグなのかどうか。そういう分の悪い賭けだ。


『七、六、五、四……』


 < マスカレイド・ミラージュ >がかつて無い唸りを上げる。銀の光を放ち、出撃の瞬間を待っている。

 銀光の矢と化し、怪人の拠点を守る障壁を貫くために。


『三、二……』


 真っ直ぐに向かうべき方向を見据えた。……いくぞ。


『一、Go!!』




-5-




 光が弾けた。

 人間の感覚からすれば一瞬で目視不能な速度に達する。

 マスカレイドが如何に超人であろうと、極限まで加速した中でタイミングを見極めるのは困難を極める。その刹那を見失わないよう、感覚を引き伸ばし、研ぎ澄ましていく。

 まるで走馬灯のようにも感じられる世界で、ありとあらゆるものが引き伸ばされているように感じられた。

 ミナミの声はない。もし声をかけられていたとしても気付く事はできない。ここから障壁までのわずかな時間は俺だけで乗り越えるべき戦いなのだ。


 加速する。< マスカレイド・ミラージュ >が超常の力に守られているとはいえ、完全な保護は難しいのか、あるいはその上限すら突破してしまったのか、これまでに感じた事のない重圧が襲って来た。張り詰めていなければ意識を持っていかれるだろう。今、この精神状況でなければ危険な状態だ。

 更に加速する。加速する。加速する。最高速は近い。

 すでに北米大陸には入っている。ここからロケットブースターを起動。機体が爆発するような衝撃を受けて更なる異次元の加速を実現した。

 件の大陸が視界に入る。この速度の中で目に見えない障壁との激突に備えるのは困難極まるな、と今更な事を考えていると意識が遠くなりそうだった。

 なに、見えないのなら感じればいい。心眼の心得などないが、マスカレイドの超感覚ならきっと捉えられるはずさ。

 ……失敗したら粛々と命令に従って大陸の切り取りに励もう。そうしよう。よーし、パパ大陸の怪人皆殺しにしちゃうぞ。


 そういえば、鼻タレクリスはバインバインだという話だった。全然想像は付かないが、ミナミと比べてどうなのだろうか。

 助けるタイミングでどさくさに紛れてお触りしても構わないだろうか。どれくらいなら事故と誤魔化せるだろうか。

 実は意識がなかったりしたらチャンスだ。……いや、何現実逃避しとんねん。


 すでに海上へと出た。目標まではほんのわずか。瞬き一つの間もなく到達する距離だ。

 集中する。見えない障壁の位置を捉え、極限の刹那を掴み取るために。



――《 マスカレイド・インプロージョン 》――


 手応えがあった。完全なタイミングで障壁に突入した。

 しかし足りない。障壁は強度だけではなく軟性を持ち、先端のドリルが埋没して尚壊れない。

 障壁は衝撃を殺しつつ侵入者を阻んでいる。このままでは止められる。一体どれだけのマスカレイド対策をしたというのか。

 突入速度が速過ぎて反応できなかったらしい空飛ぶ怪人たちが今更ながら俺の存在に気付く。数秒後には無数の怪人が纏わり付いてくるだろう。


 だが、まだだ。

 先端部のドリルを無理矢理高速回転させる。地上からおそらく成層圏にまで届く障壁すべてを巻き込み穿つかの如く。

 空間が歪む。未だ破れはしないが、それは確かな綻びだった。

 障壁の位置、強度は完全に捉えている。穿ちはしても貫通は困難。ならば――


――《 マスカレイド・インプロージョン・メルトアウト 》――


 溶かす。物質なのかどうかも分からない。実体があるのかすら定かではない。概念そのものといえる障壁を溶解させる。

 できるはずだ。そもそもヒーローが使う力も未知の超常であるのだから。


「うっらああああっ!!」


 わずかな、ほんのわずかな亀裂が走る。それはドリルの軌道に合わせ、螺旋状に広がり……一瞬だけだが、通過可能な大きさに広がった。

 そのまま中へと侵入する。勢い余って山に激突しそうになったが、確かに突破した。


 振り返れば通り抜けて来た穴はすでに修復が始まっていた。

 ……なんて無茶な強度だ。確実にマスカレイド以外のヒーローでは突破できない。させる気のない壁だ。

 安堵からか、一気に疲れが襲いかかってくる。……それはマスカレイドになってから最も強い疲労感だ。


「ミナミ、障壁は突破した! 東海岸同盟に伝達。俺はこのまま中央エリアの制圧に入る」

『え……あ、はい。……うわ、なんだこの数値』


 < マスカレイド・ミラージュ >の機体情報を観測していたらしいミナミがビビる。どうやら想像以上の数値を計測したらしい。


『中央エリアの位置は分かりますか? 前情報によれば、多分塔か何かだと思うんですが』

「ああ、目の前に塔が……塔?」


 見間違えようもない。障壁を抜ける以前には姿形のなかった巨大構造物がある。

 行く先にあるのは天までそびえ立つ塔……というよりも壁だ。縮尺がおかしい。


「なん……だ、アレは」


 いくら見上げても終わりが見えない。円柱の構造物が文字通り天を貫き、宇宙に達するかの如く伸びている。

 塔じゃない。アレは……。


「……軌道エレベーター」


 ある意味、大陸以上の利権の塊がそこにあった。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る