第17話

 三日目の朝、旅館で朝食を食べ、今日はどこへ行こうかと悩みながら受付を通り過ぎたところで、女将と鉢合わせた。初日から配膳など、女将が直々に世話してくれているため、話す機会は多かった。親しみやすい女将は二人にとって旅館の母だった。


「あんらー、今日はどこ行くだ?」

「まだ決めてないんですけど、美味しいものを食べに行こうかなと」

「食べ物以外にもいいとこあるから、そこさ行ってほしいなぁ」

「昨日は登山に行きましたよ」


 基本的に、村人と会話をするのは流星だった。一華は人見知りもあるが、流星の方が人当たりはいいため、会話は任せていた。


「食べ物以外かぁ、一華ちゃんは何かしたいことある?」

「うーん、よく分からない」

「そうだよねぇ。あぁ、そういえば」


 急に思い出したかのように流星は言葉を続ける。


「友人がネットで知ったらしいんですけど、この村に魔女の何かがあるみたいで。折角だし、その魔女に関わるものを見れたらいいなと思うんですけど、そういうのって何かあるんですか?」


 嘘が上手だな、と一華は感心した。

 翔真は犬のようだけど、流星は猫のようだ。


「魔女?さぁ、知らんね。そんな話は聞かんけど、本当にこの村かい?」

「違いますか?うーん、聞き間違いかな。でも確かにそんな話を聞いたんですけど、他の方なら何か知ってますかね?」

「いんや、知らんだろうなぁ。ここじゃ噂はすぐ広まるからね、皆知ってる話は一緒なんさ。あ、ちょっと、小池さーん!」


 近くを歩いている下膳中の女性に声をかけると、小池と呼ばれた女性は「はい」と返事をしながら三人の傍までやってくる。


「この村で魔女に関わる話を何か知ってるだ?」

「魔女?知りませんねぇ」

「他に知ってる人おるかいや」

「そんな珍しい単語が出てくる話なら、皆知ってるはずですがね」


 魔女について、知っている人はいそうにない。

 一華は落胆した。


 女将は下膳に戻るよう言い、小池という女性は仕事に戻った。


「魔女は知らんが、人魚の話はあるさねぇ」

「あぁ、人魚。もしかしたら人魚の話だったかもしれないです」


 不自然にならないよう取り繕うと、女将は人魚の化石について五分ほど語った。

 女将から解放されると、旅館を出発して特にあてがないまま二人は整備されている道路を歩く。


 村人も知らない魔女の話を一体誰が知っているというのか。

 魔女について知らないだけで、魔女に関わる何かなら知っているかもしれない。

 そもそも何故甲斐丁村に魔女がいると、祖母は確信したのか。風の噂で聞いたというが、その風の噂はどこから吹いたのか。

 考えても仕方がないが、病室にいる翔真を思い出し、気持ちは沈んでいく。


 そんな一華を横目に、流星はちくりと胸の痛みを感じていた。

 魔女について知っている村人はいない。そう聞いてから、一華は目に見えて落胆していた。それは、翔真の足が治らないのではないか、翔真の足はいつになれば治せるのか、翔真のサッカーする姿を見ることができないのではないか、という翔真へのたくさんの想いを抱いているからだと、流星は察していた。察していたからこそ、ちくちくと針で心臓が刺されるようだった。


 痛む胸を押さえたのか、湧き出る想いを押さえたのか、片手を胸に当て、大きく息を吐いた。

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