第2話 イケル


宮前区の自宅

バスに乗った

運転手が終点の溝の口をアナウンスして

停車したバスから降りた


ユーメの住まいに向かう

田園都市線ではなくて南武線の武蔵溝ノ口に向かう


私の実家は少し不便で溝の口駅と宮前平駅または向ヶ丘遊園駅に行くことが可能だけど、どの駅も歩くと30〜40分くらいかかる

一番勝手が良いのは溝の口だから、利用頻度は最も高い

小田急線の方が都合が良い時は、向ヶ丘遊園か登戸を利用する


溝の口に来ると、ハタチになった私は立ち飲み屋街の情緒に惹かれる

しかし一人で行く勇気はないし、今度ユーメが来てくれた時に一緒に行ってみたいと思う


私は実家住まいだから、2人が会うのは専ら一人暮らしのユーメの家だ

関内だから、みなとみらいや中華街も歩いて行けるくらいだし、山下公園で氷川丸を横目に長閑に散歩したりする


ユーメは私と同じ年のハタチの男だから実家の女の家には、宿泊もできるわけなく、寄り付こうとはしない

交際が始まって9ヶ月程になるけど、1度しか東急寄りの川崎市には来ていない


・・・・


武蔵溝ノ口から南武線に乗って京急寄りの川崎市に向かう

川崎駅に到着すると乗換で京浜東北線に向かう

ホームに上がるとshilverにbaby blueの模様を施した車体が具合良く止まっていて、そのまま乗り込んだ

土曜日の15時を回った頃で車内はまばらで席に着くことができた


水色のLINEの電車の長尺のシートの端に座りながら、メッセージアプリを開いた


1通のメッセージが目に留まった

(和食と洋食どっちがいい?)


・・・・


ユーメと付き合う前に、3ヶ月程交際していた男性がいた

彼は36歳で私は19だったからダブルほどに齢は離れていた

彼は商社系の企業に勤めていてエリートの雰囲気を醸し出していた

私のアルバイトの同僚の紹介で知り合った人だった

何度かデートに行き、今このラインが運ぶ方角みなとみらいに行ったりもした

悪い人には感じなかったし、世間的に評価されているタイプの人間だと思った

付き合おう、と決めつけられた未来のような告白をされたが断らなかった


交際が始まると、彼はあるルールを提示した

食事をした時。彼との交際では全てが外食で割と高級なお店に連れて行ってくれた


彼は言った

「俺は女を甘やかさない男だ」


彼は食事代を全額奢るのではなくて、1割を私に支払わせた

彼が会計を済ませるが、そのあと私は彼に1割を支払う

1,000円や2,000円を彼に手渡した


このルール

最初はいいかもしれないと思った

それほど大きな負担にはならないし、毎回奢られるとこちらも気が引ける

一応支払いに加わったという既成事実が、こちら側にも過度の感謝を伝えるという仰々しさを省略させる


彼はある程度の年齢だったから、1割支払わせるというのは、私に気を遣わせすぎないための配慮だったのかもしれないし、

ただでさえ年齢に差があったからこそ、それによる上下関係を少しでも緩和させるための処置だったのかもしれない


二人のルールだった


6回目の食事で私はこのルールが面倒になった

と言うよりも、36歳の商社マンの話しはところどころに自慢が食い込んできて、俺はあの施設の建設に携わったとか、有名企業の社長とゴルフに行ったとか、19の私には煩わしさを感じるようになっていた


それに比例して1割ルールも億劫になった

最初は彼の心配りか交際を長く続けるための秘訣なのかな、と思ったが

1,000円を手渡す時には、


ちいさい男だな、と思ってしまった


「俺ならサファイアが特別価格で手に入る、どうする?1割だけどな」

宝飾品まで1割ルールにするのか

幾らくらいするんだろう

きっとこの男のことだから、見栄を切ってそう安価の宝石などは買わないだろう


10万で1万、20万なら2万、30万なら


19歳の私には結構な痛手だ


「結構です」

この頃には、私の態度も良くないニュアンスの仰々しさを帯びていた


・・・・


会計が11,000円だった

7回目の食事だった


「1,100円な」


野口英世の表情が物憂げに見えた、

100円を取り出す時には、

私の表情も物憂げだったに違いない


コインを彼の手のひらに落としたと同時に

別れを決めた


100円が私の手切金となった


・・・・


そのあとを誘われたが、今日は帰ります、と言い

田園都市線に乗り込んだ


車内である言葉が私に降りてきて

私はメッセージアプリの彼の登録名を


"1割の男"に変更した


・・・・


1割の男の最後のメッセージは

(和食と洋食どっちがいい?)


19の小娘から振られる36の男の心情を

私なりに慮って


私は勝手に男の前から消えた


きっとあの1割ルールは

私にとってかなり優遇された

決まりごとだったんだろう

まだ幼い私には

キマリゴトが私を締め付けたのかもしれない


それから

2ヶ月ほどして

ユーメと出会った

気楽でいい

割り勘にしたり、その時に応じて

ルールなどない


今日もユーメに抱かれたなら

一緒に

あのラーメン店でコッテリを食べよう


今夜は私の奢りだぜ






to be continued

③1割の男

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