マスツー

 待ち合わせのコンビニ駐車場に行くと待ってるな。


「専務も御一緒とは・・・」


 そこからインカム調整して出発だ。まず新神戸トンネルを抜け岩谷峠を越え、そのまま直進して吉川ICを目指す。


「専務と部長の夫婦生活ってどんな様子なのですか?」


 ごくごく普通だよ。朝はボクが早く起きる。起きたら洗濯物を干し、部屋の掃除だ。それから朝食の用意を整えてから美玖を起こしに行く。美玖が起きたらシーツを変えてベッドメイキングをして朝食を頂く。食事が済んだら後片付けをし、美玖の支度が整ったら出勤だ。


「えっと、えっと・・・」


 仕事が終われば美玖と帰宅だが、帰りしなにスーパーで夕食の材料や日常品を買う。帰宅したら夕食のボクが出来る範囲の下ごしらえをしたら風呂の用意をし、洗濯物を取り込み、きちんとたたんでしまっておく。


 そうこうしているうちに優しい美玖の美味しい夕食が出来るから、配膳をして二人で食事をする。食事が済めば後片づけだ。その間に美玖にはお風呂に入ってもらって、洗濯をして、もう一度部屋の掃除をする。美玖は綺麗好きなんだ。


 美玖がお風呂から上がるまでに着替えも用意しておいて、ボクもお風呂に入らせてもらう。そこからリラックスタイムなのだけど、美玖も仕事で疲れてるじゃないか。マッサージをさせてもらって、


「マッサージってどれぐらいですか」


 美玖の疲れ方にもよるけど一時間ぐらいかな。マッサージ中も話が出来るから楽しい時間だよ。それから二人でテレビを見たりもあって寝るぐらいかな。


「それって毎日ですか?」


 ああそうだ。そうそう、美玖の求める家事のレベルは、そうだな、仕事の時と変わらないから、仕上がりのチェックだけじゃなく、手際も厳しく求められる。お蔭で専務を失業しても家事代行にいつでも転職できるぐらいになってるぞ。それもこれもすべて美玖のお蔭だ。


「お蔭って・・・」


 最近の自慢は朝食の支度だけじゃなくて、夕食の下ごしらえもさせてもらえるようになったことかな。美玖が求める家事で最高難度は炊事なのだよ。いつの日か夕食も作らせてもらえるようになるのが夢かな。


「それが普通・・・ですか」


 ああ普通だ。ボクはな、美玖と結婚する時に誓ったんだ。美玖を守り、幸せにするのがボクの生きるすべてだって。その誓いを守り、美玖が幸せになるのがボクの生きがいだ。まだまだ、こんなものは序の口だよ。


「愛妻家とは聞いていましたが、そこまでとは・・・」


 愛妻家? あのな、妻って言うけど愛おしくて、愛おしくてたまらない人なんだ。別に妻って女になったのじゃなくて、最愛でこの世で一番大事に、大切な人なんだ。山名君だって彼氏が出来たら気に入ってもらおう、喜んでもらおうと考えるだろ。


「ええ、まあ、そうですけど」


 そんな最愛の人が妻になってるだけの話だよ。強いて言えば、妻になってくれたからもっと、もっと大事に大切にしたくなるのは当たり前だ。すると美玖が、


「剛紀はそういう人なのです。そういう人だから惚れましたし、夫婦にもなっています。もっとも美玖が思っていたより軽く十倍は上回っているのは嬉しい誤算です」

「十倍・・・」

「これはノロケですが、これほどの人が売れ残っていたなんて奇跡でした」


 売れ残りは無いと思ったけど、結果的にボクも美玖も売れ残っていて、お互いを発見したようなところはあるからな。


「部長も幸せですか?」

「剛紀の話を聞いてなかったの。これ以上の幸せがこの世にあるものですか」


 そんな下らない話をしているうちに吉川IC前の信号に着いたからここを右折。すぐに、


「左に入ります」


 ここはちょっとややこしいのだけど、すぐにある次の信号も左折だ。吉川病院の裏を走る道ぐらいだ。中国道を潜って道なりに進んで行くと、突き当たるからここを左折だ。


「加東、天神の方ですね」


 そうだけど、次のところを右折して大川瀬の方に行く。しばらく走るとこの四つ角を右折だ。


「三田の方ですね」


 舞鶴道を潜ったらあそこを左折だ。


「それにしても良く知ってますね。ナビも積んでおられないのに」


 そりゃ、何度もツーリングで走ってるからな。それとナビの威力は否定しないし、ナビに頼るバイク乗りも認める。それとバイクには積んでないけどツーリングの時にナビは使っている。ところでナビの目的ってなんだ。


「道に迷わないようにするため」


 その通りだ。けどな、道に迷うのもまたツーリングの楽しみだと思ってる。とくに今日みたいなご近所ツーリングならな。それこそ、曲がり角で今日はこっちに走ってみようは十分ありなんだ。たとえそれでトンデモないところに行きそうになっても引き返せば済む話だ。


 ツーリングの最大の楽しみは見知らぬ道を走ることだ。それこそ、この道はどこに通じているだろう、どこに出るのだろうはあるし、走ることで新たな風景に出会え、新たに発見ができ、道を覚えることにもなる。


「風を感じて走るとはそういう意味でもあります。もっとも、ロングツーリングでこれをやれば帰れなくなりますから、その日のツーリングの時間と余裕との兼ね合いです」

「お二人はそんな感じでマスツーされてるのですか」

「道に迷うのもツーリングの楽しみと剛紀は言いましたが、やはり迷うと心細くなるものです。ですがそこに仲間がいれば変わります。そんなところもマスツーの良さです」


 もう一度舞鶴道を潜り登っていくと三本峠になり、


「ここを曲がりますよね」


 陶の里って書いてあるものな。


「今日は直進します」


 ここからが今日の難所だけど、あれっ、看板はあったけど、


「停まってターンします」


 あの住宅街みたいな石垣のところを入るみたいだ。引き返して曲がって見ると、


「これは見落としそう」


 だよな。なんて遠慮深い案内看板だ。道を進んでも、


「この奥で良いはずです」


 この辺に案内看板ぐらい出しておいて欲しいな。道は森の中に進むと。ここみたいだ。こんなところ、初見で迷わずにたどりつけるところじゃないぞ。店は古民家改装で良いかな。席に案内されてオーダー。


 人気のある店みたいですぐに満席になったみたいだ。開店時刻を目指して正解だったな。この店は美玖が前から目を付けていた店で蕎麦がまず有名みたいだ。ここの蕎麦の特徴は十割蕎麦なのもあるけど、


「裁ち切り蕎麦です」


 普通の蕎麦とどう違うかだけど、蕎麦って最後は麺になるように切るだろ。その時に蕎麦切り包丁を使うのだけど、それで切ると押し切る感じになるらしい。ここの店主は蕎麦を押し切るのが蕎麦の味を損なうとして、刺身包丁見たいなもので切ってるそうなんだ。


 それと美玖がこの店にこだわったのは。鴨料理もあること。美玖は鴨が好きなんだよな。とはいえ神戸でも鴨料理の店は少ないし、鴨肉を手軽に手に入れられるものでもない。


「いつか野鴨の美味しいのを食べるのが夢です」


 そうなんだよな。この店の鴨も合鴨なんだ。合鴨だって美味しいんだよ。野鴨はジビエだから、どうしたってアタリハズレがある上に値段も高いはず。これに比べたら、合鴨なら品質は安定してる。とはいえだ、


「美味しい野鴨を食べないと比較が出来ません」


 ボクも野鴨は食べたことがないんだよな。

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