第11話 『フレイアの触診』

 俺はフローラのパンツを見てしまった。

 いや、見てしまったって言うか見せてきたんだけど……それでも見てしまった事実は変わらない。

 白い肌に負けないぐらい、綺麗な白いフリルのついた可愛いパンツだった……。


「……駄目だ駄目だ! 変な事を考えるな! まずはちゃんと謝らないと……!」

「ナオツグ、アンタも律儀ね」

「そりゃそうだろレイア。俺はさっき、フローラのパンツうおおおおおっっ!?」

「ハロー、ナオツグ。さっきぶりね?」


 いつの間にか。

 ベッドで座る俺の隣に、フレイアがいた。

 思わず飛び跳ねてベッドから転がり落ちそうになったけど、ギリギリの位置で耐え、て……?


「れ、レイアッ!? 何だその恰好!?」

「え? 本当に今さら気づいたの?」


 驚きにも二段階ある。

 一回目が、フレイアが隣にいた驚き。

 二回目が、フレイアの着ている服を見た驚きだ。

 これがまだ、双子の姉であるフローラと同じチアガールの衣装ならまだ耐えられたかもしれない。

 いやむしろ、そうなんじゃないかって予想していたぐらいだ。


 でも現実は違っていた。

 フレイアの着ていた衣装は薄いピンク色で統一されていて、生地はしっかりしていそうなのにパツパツで少し窮屈そうである。

 それは病院とかでよく見る衣装で……だけど病院じゃ絶対に見ないであろう矛盾を感じるスカートの短さで、首からは聴診器をかけた――。


 ――フレイアが、ナース服を着て俺の隣に座っていたんだ。


「どう? 似合ってるでしょ?」


 しかも、縁の無い丸眼鏡のおまけ付き。

 普段はつり目のフレイアも、丸い眼鏡をかけることでまた違った印象に見えた。

 何だこの双子姉妹は……ギャップで俺を殺す気だろうか?


 っていうか、フローラがカナダで着ていたものって言ってたからフレイアも……。


「……もしかして、本当の医者なのか?」

「オバカ。そんなワケないでしょ。アタシまだ学生よ?」

「そ、そうだよな……」

「でもね、アタシたちのパパとママはどっちも有名なドクターなのよ!」


 座りながら腰に手を当てたフレイアが俺にドヤ顔をする。

 丸眼鏡越しの笑顔の破壊力は凄まじく、胸を張ったせいで強調されたナース服越しの巨乳の殺傷力もとんでもなかった。


「そ、そうなんだ……え? じゃあ、その服は?」

「これ? これはただのコスプレよ?」

「こ、コスプレ……?」

「そう、可愛いでしょ? あ、それともネエサンと同じチアの衣装が良かった?」

「い、いやそんな訳じゃ!」

「あはは! でも残念。チアをやってるのはネエサンだけだから、アタシは持ってないのよね」


 この同居生活で少しずつ見慣れてきていたフレイアの悪戯な笑みも、丸眼鏡越しだと可愛さがとんでもない事になっていた。

 いつもは奇麗な印象を受けるつり目も、丸眼鏡というレンズを通す事によって柔らかい印象に変わる。


 本当に白衣の天使って感じだ。

 ……白衣じゃなくて、薄ピンク色だけど。

 ていうか、チアダンスをフローラしかやっていないのは意外だった。

 どっちかって言うと、フレイアの方がやってそうなんだけどな。


「アタシ、こう見えてインドアなのよねー。だからね、運動とかは……へたっぴ」

「へたっぴ……」


 表情に出ていたのか、俺の心を読んだように教えてくれた。

 でもへたっぴって、完全に日本でしか使わない喋り方だよな……。


「前にも言った気がするけど、レイアって日本語上手いよな……」

「そうでしょう、そうでしょう? パパとママみたいな立派なドクターになる為に、たっくさんたっくさん勉強したからね! 後、ナオミにも教えてもらったわ」

「……母さんに?」


 ナオミとは、俺の母さんの名前だ。

 そう言えば友達の娘って、母さん言ってたっけ……。


「まあそんなのはどうでも良いの。ほらナオツグ、上着脱いで?」

「な、何でっ!?」

「何でって、この格好でする事なんて決まってるでしょ? ほーら、バンザーイ!」

「日本語詳しすぎじゃないか!?」


 バンザイまで知ってる……。双子の姉は、ハラキリセップクとか言ってるのに。

 そんな知的な妹ナースによって、俺は瞬く間にシャツを脱がされていく。

 ランニングで汗をかくだろうと思ってインナーを着ていなかったので、俺は上半身裸にされてしまった。


「……へえ。けっこう、鍛えてるのね」

「ま、マジマジと見るの止めてくれないか!?」

「……さっき、アタシたちの裸も見たじゃない」

「…………すみませんでした」


 必死な俺の抵抗も、最強の反撃札によって無力化されてしまった。

 ベッドの上で二人きり。俺は上半身裸で、フレイアはナース服のコスプレ。

 どう見たって、いかがわしさしか存在していなかった。


「じゃあ気を取り直して。胸の音、聞いていくわね?」

「お、お手柔らかに……って、つめたっ!?」


 流されるままに聴診器を耳につけたフレイアによって俺の診察が始まる。

 俺の胸に当てられた聴診器が想像以上にヒンヤリとしていて、思わず声が出てしまった。


「……ナオツグ、すっごいドキドキしてるわ」

「……さっきまでスクワットしてたからだと思います」


 もちろん嘘だ。

 こんな美人な金髪コスプレナースに上半身裸にさせられたからに決まっている。

 でもこんな二人きりのベッドの上では、口が裂けても言えない。

 だから別の話題で誤魔化す事にした。


「……レイアは、医者になる為に留学を?」

「……そうよ?」


 聴診器の先端が俺の胸元の色々な部分に当てられる。

 あまり喋っちゃ駄目だと思いながらも、この沈黙に耐えられなかった。


「す、凄いな……でも留学しなくても、そっちの方が本場って気がするけどぉ!?」


 俺は、喋ってる途中であまりのくすぐったさに変な声を出してしまった。

 何故かって?

 聴診器だけだったフレイアが、直接自分の手で俺の胸元を触ってきたからだ。


「ななななっ、何してるんだ!?」

「……何って、触診だけど?」

「そ、そこまでしなくて良いんじゃないですかねっ!?」

「何言ってるの? 立派なドクターになるんだから、最初から最後まで練習しなきゃ駄目でしょ? 安心して? パパとママにしっかり教えてもらいながら、ネエサンで何回も試してきたから」


 何も安心できない。

 だってベッドの上で美少女に、上半身とはいえ裸の身体を触られているんだぞ?

 ていうか、フローラが何度も練習の相手してるのか……


「わっ、すご……かたい……本当にちゃんと鍛えてるのね」


 女の子の華奢な手が、俺の胸を、首を、脇腹を触ってくる。

 しかも、意味深な言葉付きで。

 これで変な気分になるなって方が無理だった。


「……よし! 身体に異常はなさそうね。安心したわ」

「あ、ありがとう……」


 そんな天国のような地獄の時間がようやく終わろうとしている。

 俺の身体を触りまくったフレイアが満足そうに頷いていて、邪な気持ちをずっと持っていた自分が恥ずかしくなった。


「じゃあ次は……マッサージしてあげるから、こっちに寝てくれる?」

「次って何!?」


 フレイアが自分の隣を、ベッドの上をポンポンと叩く。

 もう終わると思っていた俺は、当然驚きの声を上げて。


「何って、運動した後のケアは大事でしょ?」

「……うん」


 でもそれも、フレイアの正論によって論破されてしまう。

 ヤバい、完全に流されている、どうにかしなければ……。


 そう思う俺だったけどフレイアのお願いを断り切れず、ベッドの上に上半身裸のまま寝転がるのだった。

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