第14話 なつきに恋する女の子

 私の前には、真顔で腕を組んでいる保健医の先生が立っている。


『それ……あなたのじゃないわよね』


『えっ……! あっ、あの……ええっと……』


『ねえ、どうしてあなたがその指輪を持っているの?』


『そ、そのぉ、廊下に落ちていたのを拾ったんです……』


『拾った? でもおかしいわね。私がその指輪を落としたのは随分と前なのよ? なぜ、いまだにあなたが持っているのかしら』


『そ、それはそのぉ……』


 彼女に詰め寄られ、動揺している私は目をそらし、言葉に詰まる。


『普通はすぐに落とし物として届けないといけないわよねえ? すぐにそうしなかったのはなぜ? あぁ、もしかしてあなた……それが魔法の指輪だってことが分かっているんじゃない? ねえ、だから今も持っているんでしょ? 自分の都合の良いように使うために。そうじゃない?』


『ご、ごめんなさいっ……! イケメンの彼氏が出来たらすぐに返すつもりだったんですっ……でも、みく――あっ、いや、か、怪力すぎる後輩にいつも邪魔されちゃって中々返せずにいたんですっ……』


 それを聞くと、私から離れ、背中を向けたまま立ち止まり、


『ふーん、そう。……じゃあ、やっぱりあなた……気づいてしまったのね』


 そう言ってから振り向いた。


『えっ……? な、何をですか……?』


『その指輪のことに決まってるじゃない。だからね、魔法の指輪の存在を知られた以上、あなたをそのままにしておくわけにはいかないのよ。仕方ないわよね? それが魔界のルールなんだもの。……だからあなたには消えてもらう』


『えっ……』


 すると、保健医の姿から一瞬にして妖艶な魔女へと変身した。


『ふふふふふ……いいわね、恐怖に震えるその怯えた顔……嫌いじゃないわ。……でもまあ、そうなるわよね。だってあなたの前にいるのは人間じゃなくて魔女――なんだから』


 そうして彼女は、私の頬に手を添える。


『あなたが悪いのよ? 私の秘密を知ってしまった、あなたがね……? さようなら、小野崎天音さん――。』


 そう言い終えると、ゆっくり後ろに下がり、シュッと魔法の杖を一瞬で出した。


 そしてそれを私に向ける。


 すると、杖の先が光り始め、その光は膨大していく。


『っ……』


(か…体が動かないっ……どうしよう、このままじゃ本当に……まずいっ――!)



「っ……!!」


 朝方、私は自分の部屋のベッドで飛び起きた。


「はあっ、はあっ、はあ……ゆ…夢……」



「おはよ~」


 校門を通り過ぎた先で、あきが隣に並ぶ。


「おはよう……」


「おっと? すごい顔だねぇ」


「寝不足なんだ……ちょっと怖い夢を見て、それから眠れなくてさ……あはは……」


「怖い夢?」


「うん……保健医の先生に指輪のことを追求されて、最後は魔女の姿になって私が消されそうになったっていう夢……」


「ほぉ~、それは怖いねぇ。……ふふっ。あっ、ごめん。天音の心理状態がそのまま夢に現れてるのがちょっと面白くて」


「もぉ~、あきが魔女かもしれないねって言うからだよぉ」


「え~、わたしのせいなのぉ~?」


「まあ、半分はね。魔女じゃないよねって言ったのは私の方だし」


「ふふっ。でもさぁ」


「うん」


「正夢になったりしてねぇ」


「……」


 私は、一時停止したかのように固まる。


「あっ、固まっちゃった。ごめん、ごめん、冗談だよ。天音、生きてる~?」


 あきはそう言いながら、私の顔の前で手を振る。


「はっ……」


「ほっ。良かった、息を吹き返したぜ」


「……ねえ、あき」


「うん?」


「来ないよね……本当に来たりしないよねぇっ……?」


「おん?」


「はあ、どうしよう……しばらくバキュンなんて怖くて出来ないよぉ……あの先生に見られたらマズいもん……えっ、でもすでに私が拾ったことを知っていて突然私のことを襲いにきたらどうしよう……あぁ~、怖いぃ……どうしよぉ~……」


「こりゃあ、重症かもしれませんなぁ」


(というより、魔法の指輪を使うときに、バキュンって言うんだね)


 頭を抱える天音を見ながら、あきはそんなことを思っていた。



「ふぁ〜あ、眠ぅ……んん?」


 時を同じく、登校してきたみくが眠そうに上靴を履いていると、靴箱に隠れながら、じーっとどこかを覗き込んでいる小柄な女子生徒を見かける。


 低い位置のツインテールが微動だにしていないほど、その女子生徒はピクリとも動いていない。


 その様子が気になったみくも後ろから一緒に覗き込み、同じ方向を見る。


 すると、3年生が使用している靴箱付近で、なつきが誰かと談笑している様子を見ていたことが分かる。


(げっ……前に天音先輩に絡んでた3年生じゃん……なんであんなやつのことをずっと見て……あっ、そっか、ふーん、なるほどね)


 全てを悟ったみくは、得意顔でニヤリと笑ったあと、


「ねえねえ、話しかけないの?」


 と、後ろから女子生徒に声をかけた。


「えっ……!? わわわっ……び、びっくりした……あっ、赤鬼さん」


 赤い眼鏡の先の瞳が大きく見開いたまま後ろに下がって驚く女子生徒。

 そしてすぐに落ち着きを取り戻し、みくの苗字を口にした。


「えっ? なんでみくのこと知ってるの?」


「ええっ……? だ、だって同じクラスだから……」


「えー、そうなんだ。みく、天音先輩しか興味ないからなぁ。ああ、それで名前なんていうんだっけ」


「み、美波ここあ…です……」


「ほーん。じゃあ、ここちゃんって呼ぶー」


「ここちゃんっ……じゃあ私は、み…みくちゃん……」


「ねえねえ、それよりさ、あいつ――あっ、いや、あのボーイッシュの先輩のこと好きなんでしょ? ここちゃん」


「びゃっ……! べべべべべつにそそそそそそんなことなななないよ……?」


「わかりやす……」


 顔を真っ赤にして否定するここあに、思わずみくの心の声が漏れる。


「あっ、えっとー、ここちゃんは小さくて可愛いから、あの先輩の好みだと思うなー」


「ええっ!? そ、そうかなぁ。えへへ」


 みくが棒読みで言っているにも関わらず、ここあは素直に喜んでいる。


「そうそうー、たぶん~。あっ、それでさっ、あの先輩に告白しちゃえばいいんじゃない?」


「ええっ……!? そ、そんなこと出来ないよっ……だって一度も話したことないし、いつも遠くから見ることしか出来なかったんだよ? さっきみたいに……そ…それにあの先輩には嫁っていわれてる人もいるみたいだし……」


「仕方ないなあ。じゃあみくが協力してあげる」


「協力?」


「そう、ここちゃんがあの先輩と付き合えるようになるまで、みくが協力してあげるの」


「ど、どうしてそこまでしてくれるの? だってただの同じクラスメイトなだけだし、ちゃんと話したのだって今日が初めてなのに……」


「もう、うちら友だちじゃん? だから放っておけないってわけ。にひひ」


(まあ、あの女たらし野郎がこの子を好きになれば、天音先輩にはもう近づかないだろうなって思って、この計画を思いついたんだけどね)


「み…みくちゃん……ありがとう……ありがとう、みくちゃん! 私っ、四津谷先輩のことが好き――。だからみくちゃんが協力してくれるなら心強いし、私、頑張れるような気がする!」


 ここあはみくの手を取り、目を輝かせている。


「う、うんっ……頑張ろうね……!」


(四津谷っていうんだ、あの女たらし野郎。本当にあんなやつでいいのかな……でも好きって言ってたから、まあいっか)



 その日の放課後――。


 校庭に植えられている木の前には、ジャージ姿で頭に、はちまきを巻いているここあが立っている。


 そして竹刀を持ち、体育教師のような格好をしているみくは、見守るように横に立っている。


「よ…四津谷先輩……あの、こ、こんにちは……えっと……お、お元気ですか……」


「声が小さあああい!! 何言ってるか聞こえないよお!? はい、もう一回!!」


 竹刀の先端をバシッと地面に叩きつけるみく。


「は、はいっ……! 四津谷先輩っ……! お元気でしたかっ……!?」


「一度も話したことないのにその台詞はどうなんだいっ!? 合ってるのかいっ!」


 再び竹刀をリズム良く地面に叩きつけるみく。


「はい! 間違えました! で…でも……なんて声をかけたらいいのか分からなくて……」


「んー、そうだな、まずは自分の存在を相手に知ってもらうのが、先生、大事だと思うっ」


「はい、先生!」


「よし! じゃあまずはハキハキと自己紹介の練習からだ! 目の前に四津谷がいると思ってやってみるんだ!」


「はい、先生!」


 そして、この二人のやり取りを下校しようとしていた天音とあきが偶然、その様子を見かけていた。


「あれは何をやっているんだろう……」


「うーん。何か指導しているのかな。でも特訓しているようにも見えるね」


「指導…特訓……はっ!」


「んん?」


「ごめん、あき! 先に帰ってて!」


「ほえ~? これまた突然だなぁ」


「今ならみくに邪魔されないチャンスだと思うから、ちょっとバキュンしてくるー!」


 すでに駆けだしている私は、そう言い残し、学校まで戻ってゆく。


「ああ、うん、なるほどねぇ。いってらっしゃ~い」


 慌ただしく去っていく天音に、あきはのんびりとした様子で手を振っていたが、


(……あれ? そういえば今朝、バキュンなんて怖くてしばらく出来ない~って言ってたような? 気がするような?)


 手の動きが止まったまま、左右に一回ずつ、ゆっくりと首を傾げながら、ふとそんなことを思っていた。

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