怪力ロリ後輩はいつも私の邪魔をする
阿部リア
第1話 魔法の指輪と怪力ロリ後輩①
「俺と付き合って下さい!」
男子生徒が深く頭を下げ、こちらに向かってビシッと手を伸ばしている。
「……え?」
まだ登校してきたばかりで、スクールバッグを肩にかけたまま、ポカンとした表情を浮かべているのは、私、
ストレートヘアということもあってか、私の印象は清楚で落ち着いた雰囲気に見えるらしいが、たぶん、私が控えめな性格だからこそ、みんなにはそう見えているのだと思う。
「……」
そして私は、突然の告白を受け、過去の自分をさらに分析するかのように記憶を辿る。
――クラスで足の速い男の子を好きになるも、遠くから見ているだけの幼い自分。
消しゴムを拾ってくれた男子と廊下ですれ違ったあと、思わずその後ろ姿を見つめていた中学生の自分。
そして、名前も知らない隣のクラスの男子や先輩のことを目で追うだけの最近の自分。
そう、いつも私は気になる相手がいても、格好いいなぁ……と思いながら、ただ遠くから眺めることしか出来ずにいたのだ。
そんな私が今、人生で初めて告白をされている。それも今までに一度も話したことのないイケメンに。
こんな奇跡が起きる理由って――。
(えっ、もしかして……これ?)
訳あって、自分の右手の人差し指に指輪をつけているのだが、私はそれを見つめる。
そして、その指輪についている大きな青いダイヤモンドがキラリと光った。
◇
話はほんの数分前にさかのぼる。
私がその指輪を拾ったのは、登校してすぐのことだった。
(んん? なんだろう、あれ)
教室に行くため、いつものように階段まで向かっていると、階段の下にキラリと光る“何か”が落ちているのを見つけた。
人が通り過ぎるのを待ち、私はその光る何かまで近づき、しゃがみ込んだ。
(う~ん……指輪……だよね)
立ち上がり、つまむように持っている指輪をじっと見つめる。
『どうしてこんなところに指輪が落ちてるんだろ……』
そう呟くが、「まっ、いっか」と気持ちを切り替えた。
(落とし物として届けよう)
◇
職員室まで向かう道中、ふと足が止まり、手に持っている指輪を再び興味深く見つめる。
(やっぱりこれって本物なのかな)
周りに人がいないことを確認し、自分の左手の薬指に指輪をはめて、手をかざす。
(おぉ、結婚した人の手だぁ)
だが、ものの数秒で我に返り、
『はは……何してるんだろ、私……』
若干、自分に呆れつつも、手をかざしていたまま、その指輪を見て「あれ?」と声が出た。
(この指輪どこかで見たような……)
『あっ』
と、何かを思い出したのも束の間、その時の私は、やはり何のためらいも無く、今度は右手の人差し指に指輪をはめていた。
『やっぱりそうだ』
ピストルを撃つジェスチャーをする際の手の形を見て、私は確信していた。
(こうやって子供の頃、おもちゃの指輪をつけてたなぁ。確かアニメではバキュンって撃つと魔法の力が使えて、なんでも望みを叶えられたんだよね。お菓子や可愛いぬいぐるみを出したり、あと好きな男の子を恋に落としちゃう――とかね。それで私もやってみたくなって、親におもちゃの指輪を買ってもらったっけ。……まっ、バキュンってしてもなんにも出なかったんだけどね……)
『そっか、その時のおもちゃの指輪と似てたんだ』
指輪を見つめたまま、そう呟いたあと、「魔法の指輪か……」と、無意識に声が漏れる。
『男の子が……恋に落ちる……』
まるで誰かに操られているかのように、私はピストルを撃つポーズをとる。
数メートル先の廊下には、男子生徒が一人で歩いている。そんな彼に向かって、
『バキュン』
と、呟いた私は、ピストルを撃つ動作をした。
するとその瞬間、指輪をつけている人差し指の先から、シュンッと光が放たれ、そのまま彼の体を射抜いていた。
『っ……』
何かに撃たれたように、彼の体がふらつくが、一連の流れが、ほぼ一瞬だったため、その時の私は何も気がついてはいなかった。
(なんてね。魔法の指輪なんてこの世界にあるわけ……ってあれ? いま光ってなかった? 気のせいかな。それより早くこの指輪を落とし物として届けなきゃ。自分の指につけてる場合じゃ――)
指輪を外そうとした、その瞬間――。
『そこのキミーーー!!』
と、先ほど光で射抜かれた男子生徒が大声を上げる。
『ん?』
顔を上げると、その彼は大きく手を振りながら、すでにこちらに向かって駆け出していた。
『ねえねえキミキミーーー!!』
『えっ?』
『好きだあーーー!!』
『ええっ!?』
なんの前触れもなく、そう叫ぶ彼に、思わず私は今まで出したことがないぐらいの声を上げる。
そして考える時間も与えないほどの早さで、私の前に到着した彼は、さわやかな笑顔で息を切らしていた。
『はあ、はあ。あのさっ、君のことが好きなんだ! 心にズキュンときてるんだよねっ。……だからさ……』
さわやかだった表情は一変し、真剣な眼差しを向けてから、
『俺と付き合って下さい!』
そう、私に告白していた。
◇
――と、いうわけなのだ。
えっ、どういうこと? ちょっと待って、私。えっ、どういう、ん?
振り返ってみたけど、やっぱり意味が分からない。
落ちていた指輪を拾ってそれを自分の指につけて冗談のつもりでバキュンって撃ってみたら即座に告白されるっていう非現実的な流れで合ってるよね……。
「……」
そうそう、今もこうして私の目の前には、頭を下げてまっすぐに手を差し出している彼がいるわけだし……。
「……」
わずかな沈黙のあと、はっとする。
(ってこれずっと告白の返事待ってない!? え、どっどっどっどうしようっ、えっとえとイケメンに告白に付き合うに指輪が、えっ、指輪? お、落ち着け、私っ……)
ふぅ、と小さく息を吐き、冷静さを取り戻してから、自分に差し出されている手を再び見つめる。
(よく分からないけど、とっ…とりあえずこれは告白されているんだよね……? 『好きだ』って言ってたし……)
今度はゴクリと息を呑む。
(こ…この手を取れば、私はこの人と付き合えるってことなんだよね……?)
不安げに自問自答する私の手が、ゆっくりと動く。
(い…いいんだよね……?)
緊張で震えている手が、彼のまっすぐ伸びている手に触れそうになったその時――。
ガシャーン!!と、顔の前で両手をクロスした者が、廊下の窓ガラスをぶち破って現れたのだった。
スローモーションと化した空間では、その飛んできた小柄な女子高生のハーフツインテールの髪が、ゆっくりとなびいている。
その間、割れた窓ガラスの破片が飛び散り、頭を深く下げている彼と、息が止まるほど驚愕している私に、まんべんなく振り注ぐ。
そしてスクールバッグをリュックのように背負っている小柄な女子高生が、私たちの間に割って入るように、そのままドシッと着地した。
「ふぅ……いやぁ~遅刻するんじゃないかなーって思ってたけど、ギリギリセーフッ。危ない危ない。間に合って良かったーっ。ってあれ? 天音先輩じゃないですか〜。こんなところにいたんですねー。みく、ぜーんぜん気がつかなかったー。あっははー」
ガラスの破片まみれの私に気がつくどころか、一人でペラペラと話してから明るく笑い飛ばすのは、私より一つ年下の後輩、
いつからか私はこの子から妙に懐かれている。
「はぁ……一瞬だけ時が止まったかと思った……」
「えー! そんなにびっくりしたんですかぁ!? やっぱりみくが来たからぁ? えっへへ、嬉しいなー。急いで来て良かったぁ~」
「はぁ……違うよ、そうじゃなくて。誰だって驚くよ。あんなダイナミックに登場されたら」
「え~、そうですか~?」
「そうだよ、もう……」
話が通じてる気がしないことより、あっけらかんとしているみくに呆れつつ、私は自分の制服についたガラスの破片を手で払う。
そして「ん?」と、あることに気がつく。
「ねえ、みく」
「はいっ、なんですかっ? 天音先輩っ」
名前を呼ばれただけでも、みくは嬉しそうに目を輝かせている。
「えっと……さっきさ、『急いで来て良かったぁ~』って言ってたよね?」
「はいっ、言いましたよ」
「その前にはさ、遅刻しそうだったけど、ギリギリ間に合って良かった、みたいなことも言ってたよね」
「ん~、まあそんなことも言ってたような気がしますね。えっへへ」
「ということはさ、遅刻しそうな人間が全く関係ない場所まで来て、急いで来て良かったって言うのはちょっと変じゃない?」
「へ?」
矛盾を突かれていることに気がついてない様子のみくは、ポカンと口を開けている。
「あっ、えっとね、たとえ遅刻しそうだったとしても、急いで向かう場所は玄関か教室だと思うんだよね。それで遅刻せず間に合ったなら急いで来て良かったぁってなるんじゃないかな。だけど、さっきみくは遅刻しそうだったけどギリギリセーフって安心してから、私のために急いで来て良かった、みたいなことを言ってたからさ、ちょっと矛盾してるような気がしたんだよね」
みくは目をぐるりと回しながら、「あぁ~」と、間の抜けた声を出した後、私の指摘に理解が追いついたような顔をしていた。
「こ…細かいことは別にいいじゃないですかぁー! みくはそれだけ天音先輩に会いたくて急いで来たってことですよっ。もおー、やだなー、何を言ってるんですか、天音先輩は〜。ほら行きますよぉ〜? ほんとに遅刻しちゃうじゃないですかー」
あたふたしつつも、なんとかその場をやり過ごそうとするみく。
だが、それに促されるどころか、すかさず、後ろから声をかける。
「今もそうだけど、そもそもみくがここに来たときって全然、遅刻しそうな時間じゃなかったよ?」
「ギクッ……」
「やっぱりどこかおかしいんだよね。……もしかしてみくは最初から急いでここに向かって来たんじゃ――」
そう言いかけたとき、私に手を差し出したまま、ガラスの破片まみれだった彼が、「んん、あれ」と、ゆっくり頭を上げた。
その動きと連動して、ザザザーと彼の体からガラスの破片が滑り落ちる。
それに気がついた私は、尋常じゃないほどの早さで、彼のことを三度見ぐらいしていた。
(わわわっ、忘れてたっ……! みくのインパクトある登場で、頭が全部そっちにもっていかれてたけど、私……この人から告白されていたんだった――。)
「なんで俺こんなとこにいるんだ……?」
ややボーッとしている様子の彼は、頭に手をやるが、「ま、いいや」と、考えることを放棄していた。
そんな彼のことを不思議そうに、じっと見つめていると、
「んん……? あっ、すみません……」
その視線に気がつき、少し緊張した様子で私に軽く会釈し、その場から、そそくさと立ち去っていった。
「っ……」
何事もなかったかのように自分の横を通り過ぎていく彼に驚きを隠せず、声にならない声が出る。
(えっ……?)
そして、そのまま追うように、私はその後ろ姿を見つめながら、「……えっ?」という言葉しか出なくなっていた。
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