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記憶にこびりついているのは。
赤と橙が混じり合い、灼熱に燃え盛る炎は街を国を、全てを燃やし尽くす景色。
それは恐怖の記憶。
けれど、それだけではなかった。
「すまなかった」
炎のような瞳に渦巻く哀しみの記憶だ。
◆
「……」
ロキは洞窟の中でまだ気だるげな顔をしながらも、目をこすり大きく伸びをする。
「夢、か。久しぶりに見たなぁ」
彼は頭を抱えながら首を大きく振る。
「呑みすぎたな、頭いった。……まったく、久しぶりだからって容赦がねぇんだから」
洞窟の入口には、ほんの少しだけ朱色に染まる光が差し込んでいる。それを見つめた彼は起き上がり、その入口へと歩いていく。洞窟の外へと出ると暗闇から逃れ、炎の渦に囲まれた空が彼の目覚めを迎える。
「あら。もう起きたの?」
ロキの傍に炎でかたどられた女性が現われる。
「シンモラ」
「もう少し寝てたらどうだい? スルト様に散々飲まされただろう。ファフニールの方はまだいびきをかいて寝ているぞ」
「いいんだよ。どうせすぐ出ていくから。それよりも、ファフニールは起こしておいてくれ。帰る準備をしてもらわないと」
「なんだもう帰るのか。もう少しいてもいいではないか。そうじゃないと、またスルト様が拗ねるぞ」
シンモラの最後の発言に、ロキは眉をひそめる。
「なぁ、シンモラ。父さんってそんな性格だったか?」
「さぁねぇ。アンタが帰ってこないから、スルト様はどんどん性格がねじ曲がってくよ」
「ボクのせいなのかそれは」
「だから、さ。もう少しいてやってくれないかい?」
シンモラは主であるスルトを思って、ロキにそう願うものの。彼は「そうもいかないんだよ」と苦笑する。そんな彼の答えに、シンモラは溜息を吐く。
「神族というのは大変だねぇ。めんどくさがり屋のアンタによく務まるよ」
「正直ボクはなにもしてねぇんだけど。行かないと怒るやつがいるから」
シンモラは「へぇ、そうかい」と言い残し、どこかへと飛んでいってしまう。先程のロキの頼みをきいてくれることを信じ、彼は歩みを進める。ロキが向かう先に、彼はいつもの如く堂々と座っていた。彼はファフニールが持ってきた酒樽を、逆さに高くかかげて最後の一滴まで飲み干した。
「そんなに気に入ったんなら、また持ってこさせるよ」
ロキの声掛けに、スルトは酒樽を置いてそちらへ振り向く。
「ロキ。なんだ、もう帰るのか」
「あぁ。ファフニールが起きたらすぐな」
「もう少しゆっくりしていけば良いだろう。神族なんぞの仕事など、放っておけ」
「行かなきゃうるさい奴がいるんだよ。って、シンモラにも言ったんだけどな。それに、子供達やシギュンには朝には帰るって言っちまったしな」
そうロキが言えば、スルトはムッと表情を曇らせる。
「随分と面倒な奴だ。……はぁ、やはりお前をあの時の戦いへ向かわせなければよかった」
「あー、ハイハイ。それは何度も聞いたからいいよもう」
ロキは降参だと両手を上にあげ、やれやれといった顔をする。
「やれやれはこちらの台詞だぞ」
「悪い悪い。でも……これも何度も言ってるんだけどさ。父さんの代わりにあの戦いに出たから、今があるんだ。だから、全部が悪いわけじゃねぇよ」
「……そういうものなのか」
その時。ロキとスルトに突風が叩きつけられたかと思えば、彼等の頭上にはファフニールが翼をはためかせていた。
「ロキ。寝起きの飛行で快適かは保証しないが、帰る支度は出来たぞ」
どうやら、シンモラはロキの頼みを叶えてくれたようだ。彼女は、いつの間にか姿を現しスルトの傍へと寄り添う。ロキはファフニールの背に乗ると、スルトとシンモラの方へと顔を向ける。
「ロキ。気をつけるんだぞ。……なにやら悪い予感がする」
「はぁ? なんだよ急に」
スルトの突然意味不明な言葉に、ロキは呆れた声を出す。
「真面目に聞け。だからな、ロキ。大切なものがソコにあるのなら……守りぬきなさい」
スルトの力強く言い放たれた言葉に、ロキは幼き頃から迫ていた背筋伸びる感覚に久方ぶりに襲われる。
「あぁ。分かったよ。……忠告どうも」
「あと」
「まだあんのかよ」
今日は随分とお喋りだなと思いながら、ロキはまだ何か言いたげなスルトを見つめる。
「世界樹様に、よろしくな」
彼の口から出た優しい声音で呼んだ名前に驚きながら、そしてほんの少し違和感を覚えながら相槌を打ち、彼等は炎の国を後にした。
◇
そうしてファフニールは無事にロキを家へと送り届け、ゆっくりと地面へと降り立つ。ロキはファフニールの背から降り、彼の顔を撫でる。
「ありがとな、ファフニール」
「スルト様とは話がついたか?」
「話がつくつかないの問題じゃないさコレは」
ロキが苦笑すると、ファフニールも困り顔を見せる。
「向き合うと、決めたんだろ?」
「決めたというか、そうしないと駄目なんだろうなとは思っただけさ」
「まぁ、わいは見守る事しか出来んがな。ゆっくりでいいさ、ゆっくりでな」
そう言い残し、ファフニールは空高く飛んでいってしまった。そんな彼の姿を最後まで見送ったロキは、一度深呼吸をしてから家へと入る。
「ただいま〜」
ロキがそう声を出すも、返事はなかった。彼が首をかしげていると階段から「おかえりなさい、ロキ」とシギュンが小声で顔を出す。そんな彼女の元へとロキは微笑みながら向かう。
「シギュン。ただいま、そんでおはよう」
頬に口付けをしながら挨拶をするも、シギュンは人差し指を口にあて「静かに」と合図をする。そんな彼女の行動に首を傾げるロキだが、シギュンの指すナリの部屋へと移動してみれば彼女の行動の意味がようやく分かった。
「ははっ、なんともまぁ可愛いことを」
それは、ナリとナルが仲良く同じ寝台で仲良く眠っている可愛らしい姿であった。そんな彼等の傍へ座ったシギュンはナルの頭を撫でながら「どうだった?」と話を切り出す。
「スルト様の所、行ってきたんでしょう?」
「あぁ。ボクが全然帰らなかったから拗ねてたよ」
「あら。貴方から話に聞いてるよりは、随分と可愛らしいのね」
「デケェ身体して可愛くねぇよ」
二人でスルトのそんな一面に静かに笑いながら、ロキは「あのな」と話を続ける。
「ナリにさ、今度の勝負に勝てたらボクの事を話すって言ったんだ」
「えぇ、聞いたわ。ふふっ、ナリは責任重大ね」
「あぁ、そうだな。でも、手加減はしてやらねぇ」
「そんなことしたら怒られちゃうわよ」
「それもそうだ」
二人が話に花を咲かせていると、兄妹は「う〜ん?」と唸りながらまだ眠い目をぐりぐりと擦る。そんな兄妹に彼等は声をかける。
「「おはよう、愛しい子」」
「「……おはよう」」
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