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「「あっ」」

「あっ」

「おーう、兄妹じゃないか。久しぶりだなぁ」

 

 ファフニールが降り立ったであろう草原へと走った兄妹。が、そこには目当てのファフニールと、その背中へと乗り込もうとしている父ロキの姿があった。

 

「ファフニールさん、お酒臭い」

「おう、結構飲んできてなぁ。すまんすまん」

 

 ファフニールは首に酒の入った大樽を抱えており、既に顔面が真っ赤に出来あがっている。どうやらここに来るまでに相当飲んだのだろう。よく飛んでいる途中で寝落ちなかったものだ。

 

「ナリ、ナル。どうしたんだよ」

「おう。ファフニールさんに聞きたいことがあったんだけど……」


 本人がいる前で「父の過去を教えてほしい」などと言えるわけがない兄妹は、父の顔をジッと見つめてしまう。突然自分を見つめてくる子供達に、ロキは戸惑いながら首を傾げる。


「なっ、なんだよ」

「……! なんでもないよ!」

「なんでもある顔だろ、それぇ」

「そ、それより! 父さんとファフニールさんは今からどこ行くんだ?」

「話逸らしやがった」


 見るからに怪しい兄妹に、ロキはそれ以上話を聞こうとはしなかった。

 

「さっきまでわいが一緒に飲んでたとこさぁ。飲み相手が連れて来いと仰るから」

「ってなわけで。今日は帰らねぇから。いや、帰れないが正しいのか」

「会うのは久しぶりだしのぅ。定期的に会ってやらんから、そこら国一帯が噴火しっぱなしだ」

「そんな寂しがり屋だったか、アイツは?」

「……その、今から飲む方ってお父さんとはどういった関係なの?」

 

 ナルにそう聞かれたロキは唸りながら「ボクの深い知り合い」と、濁しながら話した。その表情から察するに、どうやらめんどくさい相手のようだ。そんな彼の話を聞き、ナリは少しだけ考えてからナルと顔を見合わせて、「なぁ」と、上機嫌なファフニールの背中へと乗り込もうとしていたロキへと話しかけた。

 

「なんだよ」

「俺/私も行きたい!」

「無理」

 

 兄妹の願いにロキはより一層顔をしかめながら、その「無理」に「頼むから絶対に来ないでくれ」といった強い拒否の姿勢が見えた。

 

「即答かよ!」

「というか。なんで行きたいんだよ。別に楽しくねーぞ」

「……だってよ」

 

 ナリが顔をうつむかせながら、隣にいるナルと目を合わせる。目が合ったナルは微笑みながら縦に頷いた。それを見たナリも同じように微笑みながら頷き、いつのまにかファフニールの上で頬杖をついているロキを見上げる。

 

「俺達さ、さっきホズさんと話してたんだ。なんで父さんが炎の魔法を使えるのかとか……知らないこと沢山だと思って。だから」

「そいつんとこ行ったら、酒の勢いで何か聞けると思ったか?」

 

 ロキの言葉に兄妹は肩をビクリとさせる。どうやら図星であったようだ。そんな彼に「単純馬鹿」と兄妹に笑いかけ、自分の手に炎を浮かべる。日が落ちていき薄暗くなる空間に、その炎はとても幻想的で鮮やかな赤と橙を灯している。

 

「昔話なぁ。それって、巨人族の時とかも含めてだろ? つまんねぇぞ〜。そこまで真剣に聞いたり、探ろうとしなくてもいい価値だ」

「じゃあ、なんで話してくれないの?」

「っ――」

「つまらなくても、私達は聞きたいよ? お父さんは、それ以外に何か理由があって話せないの?」

 

 ナルはじっとロキの目を見る。そんな真っ直ぐに見られ反らせずにいるロキは「ははっ、こりゃまいったなぁ」と苦笑する。

 

「じゃあ、こうしよう。今日は場所が場所だから、流石に連れていけねぇけど……。ナリ!」

「お?」

 

 ロキは手のひらに灯していた炎を握ってつぶし、その手はナリに向かって指さす。そして、ニカッと笑みを浮かべながらこう宣言する。

 

「君が今度のボクとの勝負に勝てたら、ボクの過去を話してやるよ」


 ◇


「って、言ったんだぜ父さん!」

「あらあら」

「それになんかカッコつけてたし。カッコ良かったけど! あの時はそういうのはよくて」

「ふふ、私も見たかったなぁ。カッコつけてたロキ。あの人、私といる時なら甘えん坊さんなのに、貴方達の前ではカッコイイお父さんでいたいみたいだしね」

「「母さん/お母さん、ちゃんと聞いてる!?」」

「聞いてますよ〜」

 

 父とファフニールを見送り、家へと帰った兄妹は用意されていた晩御飯を食べながら、先程の父への文句をたれていた。それをシギュンはニコニコとしながら、ロキの惚気を呟きながら聞いている。

 そんなふわふわとしている彼女に、兄妹はジト目で見つめる。

 

「母さんは、父さんの過去を知ってるのか?」

「うーん。知ってるようで、知らないかな」

 

 シギュンは表情を変えず、ニコニコと答える。

 

「お母さんにも言ってないんだね、お父さん」

 

 母にさえ話さない父の過去。その事実を聞き、ナルは大好きな林檎を齧りながら唸った。

 

「もしかして、私達迷惑だったのかな」

 

 悲しげな声で出した言葉に、ナリも心当たりがあるのか「父さんも、そうなのかな」と少し落ち込んだ表情を見せる。そんな兄妹に、シギュンは「そうかも、ね」と先程のふわふわとした表情は消え、真剣な表情で兄妹を見つめながら話す。

 

「過去ってね、大切な人だからこそ知りたくなるもの。好きな人の事はとことん知りたいじゃない? それは仕方がないこと。なんだけれど、ね。大切な人だからこ知って欲しくないのも過去なの。皆、別に貴方達に意地悪をしているんじゃなくて、貴方達に悲しい顔をしてほしくないから言わないのよ。それだけは、分かっておいてね」

 

 母親の少し影のある笑みを見て、兄妹はもう何も言えず、ただ頷くしか出来なかった。



 夜も更け、明日のために部屋へと入っていたナリ。しかし、彼はいまだに眠りにつけていなかった。それは。

 

「ねぇ、兄さん」

「ん?」

 

 どうやら彼女も同じなようだ。

 

「どうした?」

「あの、一緒に寝てもいい?」

 

 ナルは扉を開け、恥ずかしいのか少しだけ顔を出しながら、そうナリにお願いをした。

 

「あぁ、いいぞ。……おいで」

 

 愛する妹の願いを無下にする兄など何処にいようか。

 ナリは優しい笑みを浮かべながら自分の位置を少し奥に移動し、彼女が入れる場所を作ってやった。

 お願いを聞き入れてくれた事がそんなに嬉しかったのか、ナルの表情は夜だというのに太陽のような明るさになりながら、兄の開けた場所へと身体を潜り込ませる。

 

「ふふふ。ありがとう、兄さん」

「礼なんていいって。……で?」

「ん?」

「ん? じゃなくて。何か話したいから来たんじゃないのか? それとも寂しくなったからか?」

 

 兄からの問にナルは「どっちも、かな」と話す。

 

「お母さんの話を聞いて、お父さんとお母さんの過去を知りたいと思ってたのに、聞くと悲しくなってしまうなら聞きたくない。でも、距離をとられているようで……寂しくなっちゃった」

 

 そう話し終え、ナルは兄の胸へと顔をうずめる。

 

「ねぇ、兄さん。私達は……間違ってるのかな」

「……間違ってなんかねーよ。母さんだって言ってたじゃねーか。過去を知りたくなるのは仕方がないことだって。……でもまぁ、母さんが言った事に反論するならさ」

「うん」

「別に同情とか、そんなんがしたいんじゃなくて。ただ、その相手の全てを受け入れたい。だから、聞きたいんだ。共有したいだけさ。……今のままだと隣に居るのに、居ないみたいな感じがするな、俺は」

 

 ナリは妹の頭を優しく撫でながら、自分の思いも明かした。

 

「まっ。幸か不幸か、今回は父さんからふっかけたんだ。俺が勝って、父さんの事聞き出そうぜ」

 

 気を落とした顔であったナリであるが、すぐにニカッといつもの笑顔で喋った。ナルは「そうだね」と笑顔で頷き返すも、「あー、でも」と何か引っかかることでもあるのか、ボソリと呟く。

 

「なんだか不公平だし、私も父さんと戦おうか」

「えっ!」

「ほら。二対一なら」

「ナールー! 今回の戦いは俺がバルドルさんに勝てたから出来る念願の真剣勝負なんだぞー! お前のそういう生真面目なとこ嫌いじゃねーけどよー」

 

 ナリがぶつくさと不満を垂れ流すと、ナルは「ふふっ」と笑った。

 

「冗談よ、兄さん。兄さんがずっとその日を楽しみにしてたのは知ってるんだから」

「……おう」

「だから。これからは怪我する程鍛錬したらダメだからね? 当日乱入するから」

「結局、昼の話に戻るのかよ……」

 

 そうして互いに大笑いをしながら「おやすみ」と言い合い、二人は寂しさを互いで埋め合わせながら、眠りについたのであった。

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